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便りの先に(その六)

 夏を前にして、あれ? と思った。
 
 普段だと僕がはがきを送ってから四、五日程度で返信が来るのだけど、上総さんからの返信が届かなかったのだ。

 戦局はそれほど複雑ではなく、ほぼ一本道の手順だ。郵便碁でなければ、五秒で着手しても同じところに打つのではないかと思うような場面。それはつまり、碁が原因で返信が滞ってる訳では無いということだった。
 
 一週間、十日と時間が過ぎ、今日こそはとポストを覗く日々が続く。直接の顔見知りでもなく、ただはがきを使って碁を打つだけの関係だ。本名と住所は知っているものの、つながりは細い。
 
 現代でも江戸時代の碁の棋譜が多数残されているが、何日もかけて打ち継ぐものもある一方、途中で打ち掛けになっている碁もかなりの数残されている。
 
 この碁の行く末と、上総さん自身を心配する日々が続く。ポストに一通のはがきが届いたのは、僕の着手から十八日後のことだった。

『拝啓 上村優吾《かみむらゆうご》さま
突然のご連絡になり申し訳ありません。わたしは上総伸一の孫で上総美咲みさきです。
 実は数日前に祖父は体調を崩し、今は市内の病院に入院しています。
 優吾さんと囲碁の対局中だということは祖父から聞きました。神戸の大学生と囲碁を打ってるんだよ、と祖父は嬉しそうに話していました。また、すぐに優吾さんにご連絡できなかったことを申し訳ないとも。
 今回の着手についてはわたしが聞いていますが、祖父の入院はもう少し続きそうとのことです。そこでお願いなのですが、このあとわたしが代って打ち進めても良いでしょうか?
 囲碁は祖父から教えてもらいました。祖父ほど強くはないですが……。
 ご検討ください。
 上総美咲

 白 138手 4の十一』

 
 美咲さんからのはがきを読んだ時、僕は正直ホッとした。僕自身が祖父から打ち継いだ経緯を思えば、もっと悪い内容も想像した中にあったからだ。

 上総さんの見事な絵手紙が読めないのは残念なことだけれど、美咲さんが打ち継ぐことにはなんの不満も無い。ここに来て両対局者ともに代理になるのが少し面白く感じたりもする。

『美咲さん
 お便りありがとう。伸一さんの回復をお祈りしています。早く退院できると良いですね。対局を続けてもらえるのは嬉しいです。よろしくお願いします。
黒 百三十九手 5の十一』

『優吾さん
 お返事ありがとうございます。
 碁の続きについても快くお引き受けいただきありがとうございます。よろしくお願いします。
 一手ずつはがきでやり取りするのはなんだかじれったい気もしますが、こうやってはがきを書いたり、返事を待ったりするのもまた楽しいのですね。
白 140手 5の十』

 同じ碁を打っているのに、これまでとは違ったやり取りになるのがなんだかくすぐったかった。

(その七へ続く)


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