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便りの先に(その八)

 夏の気候がやっと落ち着いてきたと思ったらもう十月だった。祖父が亡くなってからおよそ一年。つまりこの対局も僕が打ち継いで一年になる。
 
 そういえば伸一さんは八月に退院したらしい。
 郵便碁とは別に、暑中見舞いの絵手紙をもらったのだけど、みずみずしい真っ赤な西瓜の絵を見てちょっと泣きそうになったのは内緒だ。

 対局はそのまま美咲さんが続けることになり、今の盤面はやや白番の美咲さんの方が有利な状況。昨日届いたはがきで、美咲さんが百七十二手目を打ったところだ。
 
 かなり踏み込んだ一着だった。
 
 形勢は彼女の方が良いのだから、無理をせずに安全な手を打つという選択肢もある。だが、優勢を意識するあまりに手が伸びずに、逆転を許してしまうということもまた勝負の常だ。
 
 勝敗が決するまでは、何が起こるかわからない。そのため、どんな心構えで向き合うのかが重要ということだ。美咲さんは消極的な打ち方ではなく、更に優勢を確たる物にしようという気持ちの現れた手を選んできたということだった。
 
 相手をする僕は当然、それは踏み込みすぎだよと咎める手を選ぶ事になる。そうなると戦いになり、うまくやれば差を縮めるチャンスだ。僕にとってもこの展開は望むところだった。

『この間教えてもらった映画観てみました。最後の二人が再会するシーン、とても感動したよ。僕は涙脆いので大変だった。
 黒 百七十三手 17の十三』
 
『優吾さん涙もろいんだ。
なんとなく想像つきますよ。今度わたしも優吾さんのおすすめ観てみますね! ヒューマンドラマ好きなので楽しみだなぁ~♪ この作品もやっぱり泣いたんですか?
 白 174手 18の十三』
 
『なんでも泣くと思われてるな?
 まあだいたいその通りなんだけどね。どうも「ここが泣かせるポイントだぞ」というところはだいたいダメです。泣きます。それ以外でも、ちょっと感動するところでも要注意かも。写真は近所のスーパーで買った焼き芋。シルクスイート。甘くて美味しかった。
 黒 百七十五手 18の十』

 添えられている話題はのんびりとした趣味の話だったりなんだけど、対局は佳境を迎えている。美咲さんは狙いすましてパンチを繰り出してくる。僕は必死でそれを躱す。そんな鋭い手の連続だったけれど、光明は見えてきた。なんとか躱し切る事ができそうだ。
 
 これも郵便碁でたっぷりと考えることができるお陰だった。数秒で着手しなければいけないリアルの対局なら、ここでやられていてもおかしくはなかった。
 
 美咲さんの狙いは空振りに終わったけれど、このまま進めば負けてしまうことに変わりはない。

 今度はこちらから戦いを仕掛けなければ。
 僕も勝負をかける時がやって来たようだ。

(その九へ続く)


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