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【海外生活】バンクーバーに暮らす人々が抱えている問題についてどのくらい知っていますか?【カナダ】

2021年時点でカナダには約68,000人のソーシャルワーカーがおり、2022年から2031年にかけて合計22,600人の新規需要が見込まれています。参考までに、バンクーバーが位置するブリティッシュコロンビア州(BC州)と近い人口の兵庫県では2020年8月時点で1700名ほどの社会福祉士がいるそうですが、BC州は2023年12月31日時点でおよそ6000名のソーシャルワーカーが活躍しています。

日本の「ソーシャルワーカー」が社会活動に根ざした相談員の総称であるのに対し、この記事で出てくるBC州のソーシャルワーカーは認定機関で専門性のある学士号を取得し、実践経験を積み、州規定の試験に合格して専門分野で働いている人のことを指します。

 https://www.jobbank.gc.ca/marketreport/outlook-occupation/23025/ca
https://www2.gov.bc.ca/assets/gov/data/statistics/people-population-community/population/quarterly_population_highlights.pdf
http://www.hacsw.or.jp/admission/
https://bccsw.ca/faq/how-many-social-workers-are-registered-with-the-bccsw/

第32回はソーシャルワーカーになるために学校に通いながら地域のボランティア活動にも従事しているあつえもんさんにお話をお伺いしました。コミュニティの中でお互いが抱えている問題を自分ごととして捉え、連帯していかなければ社会は変わっていかないと話してくれた、そんなあつえもんさんの生き方や想いを少しおすそ分けしてもらった記事がこちらです。


分断された社会構造の中で、私たちは気づかないうちに被害者にも加害者にもなる

写真はイメージです(Pexels)

——まず初めに、あつえもんさんが目指しているソーシャルワーカーがどんな専門家なのかを教えていただいてよろしいですか?

ソーシャルワーカーは個人や家族、コミュニティがより暮らしやすくなるようにするためのサポートをするお仕事です。しばしばソーシャルワーカーは、個人が危機的状況に陥った時に介入し、状況が個人の望むものになるように援助することが期待されています。広い社会問題、個人が向き合う不正義やリソースのアクセスへの障壁を解決するお手伝いをしたり、人種差別や貧困、失業や健康問題、ホームレス問題などに取り組みます。また社会正義や人権問題、医療や福祉リソースへの公平なアクセスについて、コミュニティの声を政府や専門機関などに向けて代弁する役割も担っています。その他にもケースワーカーや政策・行政分析、子どもの福祉、コミュニティ開発、2SLGBTQIA+、高齢者や先住民やニューカマーを対象としたサービスや医療機関でのサポートなど、取り組む課題は多岐に渡ります。

※カナダに住む人々が抱える問題の一部を読者の皆様にもシェアする目的で、あつえもんさんへの事前質問と回答をこちらで紹介したいと思います。

ーバンクーバーはどんな問題や課題を抱えていると考えますか?

バンクーバーに限らないことですが、カナダは根深い植民地主義の問題を抱えています。カナダの歴史はここ200年くらいのものなのに、その間に太古の昔からこの土地にいる先住民の人たちの文化とコミュニティを破壊し、寄宿舎学校では15万人の先住民の子供たちが取り上げられ、抵抗すれば刑務所に入れられ、寄宿舎学校にて言語と文化を破壊し白人文化に同化する教育が行われてきました。そこで3200名以上の子供たちが栄養失調や感染症で亡くなり、生き残った子供も虐待や親の愛情から引き離されたトラウマで薬物やアルコール依存症に陥りました。そうしたトラウマの連鎖は世代を超えて今も起こっており、里親制度を利用する子供の54%、ホームレスの40%は先住民です。こうした植民地の貧困の連鎖から逃れることはとても難しいです。先住民に対する人種差別は医療・刑事司法制度・また日常的に行われています。

これに関連してバンクーバーではホームレス・薬物依存の問題が根深く残っています。私はDTES(※1)でサポートワーカーとして働いていますが、サービスがまだ全然行き届いていないし、政治とDTESの間の緊張関係はSafe Street Act(※2)やSweep the Street運動(※3)、また常日頃の警察の介入によって明らかです。

また、カナダの人口の4分の1はカナダ国外で生まれた移民で、政策として多国籍主義(マルチカルチャリズム)を掲げていますが、制度的人種差別の問題も根深いです。先住民はもちろんブラックカナディアンに対する刑事司法における人種差別はとても問題です。例えばカナダの人口の3%しかいない黒人が、罪に問われた被疑者の6%を占めています。ブラックカナディアンに対する警察の取り締まり、捜索、尋問の割合が高いことが明らかになっています。2020年から2022年にかけて、ブラックカナディアンの殺人被害者の割合は27%増加し、彼らは全殺人被害者の13%を占めます。ブラックカナディアンはヘイトクライム、特に人種差別を動機とする事件の被害者としても過剰な割合を占めています。

(※1):ダウンタウンイーストサイドの略称で、カナダのブリティッシュ コロンビア州バンクーバーにある地区。市内で最も古い地区の 1 つである DTES は、過度に高いレベルの薬物使用、ホームレス、貧困、犯罪、精神疾患、セックス ワークなど、複雑な一連の社会問題の現場になっている
https://vancouver.ca/news-calendar/downtown-eastside.aspx
(※2):https://www.cbc.ca/news/canada/toronto/safe-streets-act-should-be-repealed-says-michael-bryant-1.2873713
(※3):https://www.cbc.ca/news/canada/british-columbia/homeless-advocate-street-sweep-1.6213276

——社会をよくする目的ではボランティアも存在しますが、ソーシャルワーカーはより高い視点で問題を見ている、もしくは問題自体を提起する存在のように感じます。

ボランティアとは明確に違いがあるというか、ソーシャルワーカーにしかできない仕事もいくつかあって、仕事のキャパシティが違いますね。

——恥ずかしながら、私が日本にいた時は社会問題をあまり意識できていなかったんですよね。平均水準の暮らしがあって仕事もできていたし、でもカナダへ来て自分が社会のマイノリティになったことで見え始めたこともあったけど、それでも足りてなかったなということをここまでのお話で感じました。

やっぱり人間は自分の半径5m以内ぐらいしか見えないのかなと思います。社会問題とか言われてもピンとこないと思いますし、でもその半径5m以内もれっきとした社会の一部で、アジア人女性の悩みも社会制度の中の問題になっていたりとかする。例えば、どうやったら差別や偏見はなくなるのかを議論するときに、まず最初にその問題に名前をつけて問題の存在を認識することが大事です。「その問題は”この人”がアジア人女性だから、障害者だから」とあなたが言っていることがそもそも偏見で差別だよと言うこと、そしてこれは”個人”の問題じゃなくて”社会”の問題で、気づかないうちにそれに貢献してしまっているんだという事を言うことが大事なんだという風に考えるんですね。

——COVID-19をきっかけにして新たに浮かび上がった問題などもありましたか?

COVID-19のときはアジア人差別が可視化されましたよね。あとは老人の孤立化が進んで認知症になる人も増えたし、個人がすごく簡単に孤独になってしまう社会や社会制度的な弱者も可視化されました。法や制度が助けてくれない部分で、やっぱりコミュニティはインフォーマルなサポートをし合い、お互いを見守りあうという点で必要なのだと改めて思いました。

力や正義感は使い方によって暴力になり得ることを誰よりも理解しなくてはいけない

写真はイメージです(Pexels)

——今は学校でソーシャルワーカーになるために専門的分野を学んでいらっしゃるということですが、具体的にどのような感じでしょうか?

授業ではソーシャルワーカーとして必要な法律や理論について学んでいます。特にソーシャルワーカーという職業がいかに歴史的に植民地主義に寄与してきたのか、またそれを克服するためにはどうしたらいいのか、decolonization (脱植民地化)の方法を根気よく学んでいます。例えば寄宿舎学校の事件(※4)も、先住民のコミュニティに入って子どもを取り上げた張本人はソーシャルワーカーなんです。この家族の中にいるとその子が危ないから親から引き離す、ということを決定できるのはソーシャルワーカーだけなんですね。

歴史の性質上、ソーシャルワーカーは権力を保持して、何が正しいか、何が正常か、みたいなことを定義する側に居続けていて、それはサポートの形としては歪だし時としてクライアントに対する暴力になります。学校でも、先生から『自分が正しい』と思っているときは絶対に『まちがっている』から、必ずクライエントの声に耳を傾けて彼女らの決定をサポートすること、と言われています。

——さっきの脱植民地化という言葉からも私が想像したのは、ソーシャルワーカーの社会的地位は中立的であり独立もしていて、だからこそ社会構造の中である程度の強い権限が付与されているのかなと。

そうしたPower(決定権や代弁権)をソーシャルワーカーがいかにクライエントに渡していくか、要するに自分が力を持つのではなく、相手を力付けていくか(empowerment エンパワメント)、そして自分がもっている権限をクライエントに渡すことを前提にプロセスの透明性が大事だと学んでいます。

——ソーシャルワークのなかで社会正義(social justice)というワードが出てくることがありますが、私は「正義」って​​恐ろしいものだなと思っていて、自分にとっての正義があなたにとっての正義とは限らないわけで一歩間違うと望まぬ方向への非常に強い動機づけになりうると思うんです。

それは本当にその通りです。すごく大事なポイントで、ソーシャルワーカーの正義がクライアントの正義ではないし、ではどうやって倫理的に仕事をするかを考えるときに、クライアントが抱える問題は彼ら自身がエキスパートなわけですから、例えば意思決定の段階段階でクライアントを入れてコラボレーションする中で方向性やサポートの方法を決めていったり、彼、彼女らがリーダーであり私達は第三者であくまでサポートしているという態度が大事です。

——ソーシャルワーカーには独自の倫理コードがありますよね?

はい。カナダソーシャルワーカー協会倫理規定(Canadian Association of Social Workers Code of Ethics)(※5)といわれるもので、すべての人々の尊厳と価値を尊重すること、社会正義の推進など、全部で7つあります。

——ただ、明確な答えが必ずしも全部のケースに当てはまらない場合は、個人の倫理感が必要で、その一方で自分の考えが必ずしも正しいわけではないというブレーキも必要でしょうし。

そうですね。だから個人の利益や偏った考えに陥らないように、例えば同僚や他のソーシャルワーカーもしくはクライアントにも透明性をもって物事を決めることが大事です。あとはきちんとリサーチすることです。問題やそのリソースに関して十分な根拠があってやっているのかをリサーチする事も大事になってきます。でもソーシャルワーカーとして働く上で一番大事なのは「Empathy」で、共感したり感情的な部分も大事になってくると思います。

他人を気にかける余裕がない現代人。他人を気にかけないことで逆に自分が社会から孤立していく怖さ

写真はイメージです(Pexels)

——あつえもんさんは学ぶのと同時にボランティアとして活動もされていますが、どんなところがモチベーションになっているのでしょうか?

私はバンクーバーのDTESでサポートワーカーとして働いていますが、とても勉強になります。ホームレスの方って本当に難局の中にいて、そんな彼らが言ってることって真実でしかない。でもそういう人たちが私にくれる優しさや、彼らから私が励まされたりすることもあって、そういう時ってすごく勉強になります。また、現行の植民地主義の問題ではクライエントの多くは先住民の方で、彼女らからたくさん人種差別の問題や先住民の方々が培ってきた知恵を学ばせていただいています。

私はホームレスシェルターでご飯を作るんですけど、ご飯作る時に彼らから「あなたが来たときはご飯がとても美味しいからすごく嬉しい」と言われて、私自身も彼らに喜んでもらえているというのが嬉しかったりします。あとは、道端の注射器を拾う仕事ではホームレスの方自身がその活動に参加していて、「政治家は何もしないから自分たちがこの町を良くしなきゃいけない」と言って活動に従事しているんです。DTESでは彼らの友人、恋人、家族が薬物の過剰摂取や暴力で亡くなっていく現実があります。それらを改善するためにコミュニティで取り組んでいて、ボランティアを通じて実際にホームレスの方と一緒に活動することは勉強になります。

——ホームレスの方たちっていうのはさまざまな問題を抱えてらっしゃると思うんですけど、その中でも人に対する優しさというのをすごく敏感に感じ取ることができるのかなと今のお話から想像しています。

私も、私の同僚もこの状況が良いと思って働いてるんじゃなくて、この状況をなんとかしてなくさなきゃいけないという気持ちで働いているんです。そこには彼らのコミュニティがあるし、その中でお互いケアし合っているところもあれば、危ないところもいっぱいあります。

——私たちの多くはホームレスを汚い、臭い、危ない、自業自得だろうと認識するけど、どんな経緯で彼らがホームレスになったのか、白人主義や植民地主義の社会構造の中でにホームレスに追いやられてしまった人たちもいるということを知らなかったり、そこまで想像できない人は実際に多いと思います。私もそうでした。

薬物の感染症で手足がはれ上がっている人たち、孤独と鬱でもう何日もお風呂に入れなくてシラミが背中に這っている人、過去の貧困のトラウマで部屋にものを溜め込んでしまい健康に生活できる状況にない人、そんなサポートを一番必要としている人たちに最低限のサポートすらできない現状があって、政府や政策をつくる人たちがホームレスに対して自己責任だと言ってシェルターへの予算が出なかったりするんです。警察も日常的に介入していますが、彼らが依存症や精神病に苛まれる人たちに寄り添ったサポートをするとは限らず、彼らの差別的な態度や発言も目にしてきました。この活動をしているとホームレスの方々がいかにぞんざいに扱われ、彼らの命が軽んじられているかがよくわかります。

——生きづらい、息苦しい、少しでも社会を良くしたいと考えている人たちが今日からできることって何だと思いますか?

抱え込まずにシェアしていく、問題提起していくことですね。でもそれは今までもずっとやってきたことであって、それだけでは何も解決しないです。例えば私たちアジア人女性が抱える問題はアジア人女性にしか当事者意識がないから、政治家も含め誰も問題にしないんです。大事なのは他人の問題を自分のものにしていくことだと思うんですね。先住民の友達を作ったり、ブラックカナディアンの友達を作ったりして、そういう人たちと話していかにお互いの問題を自分たちのものにして解決していかなきゃいけない。

私たちが本当に連帯して社会を変えていくためには、全ての人を巻き込んだコミュニティを作らなきゃいけないから、自分の顔とは違う人、例えばそのムスリムの人、ブラックの人たちとも一緒にコミュニティを作っていかなきゃいけない。人々が他者の苦しみを無視するのはあまりにも簡単で、同時に自分自身の苦しみも無視されてしまう現実があります。日本人以外の人と友達なら、彼らの苦しみがより自分に関係があるものになる。その逆も然りです。政治家や資本家は、そうした集団が団結して生み出せる力を恐れ、人々を分断することに多くの投資を割いています。私たちはそれに抵抗していかなくてはいけません。私がボランティアをしている人権団体では、まさにこういったコミュニティ作りに着手しているところです。

——「〇〇人がこういう問題を抱えていて」じゃなくて、私の友達が、私の家族がこういう問題を抱えているというような考え方ですね?

そうです。私の大切な人たちが抱える問題は自分の問題でもあって、自分が植民地の先住民差別を受けていなくても、それを私の問題にして先住民の差別をなくそうとすることが大事なんだと思います。

——最後に、あつえもんさんがソーシャルワーカーとして、また社会の一員として目指すのはどんなところでしょうか?

おそらく多くのソーシャルワーカーが、みんなにとって良い・住みやすい社会を目指していると思います。それは植民地主義や人種主義、白人至上主義やジェンダー差別、エイブリズム(※6)、トランス差別、戦争や貧困、ホームレスネス、インフレーション、いろいろな社会問題、偏見や差別、抑圧の構造が無くなった社会です。私は自分と同じような見た目、背景を持つ日本人だけではなく、先住民やブラックカナディアン、ムスリム、多種多様な人たちとのコミュニティを築きたいと思っています。そうした人々が他人ではなく「My people(仲間)」になれば、彼らの遭う不正義や人種差別の解消に向けて共に闘えると思うんです。私はアジア人女性として生きることそのものが社会運動だと思っています。でも社会を良くするためには1人では出来ない。でもそれ以前にコミュニティでは病気の時にご飯やお薬を届けてあげるような、そんな互いを思いやる関係だと思います。

(※6)健常者中心主義

それを目指すには、ソーシャルワーカーだけの力では限界があります。政治家はもちろんですけど、草の根の協同した集団の力が必要だと思います。なぜなら政治家含めて、誰もが他人の問題に関心がないからずっと問題が解決していないんですよね。そうした良い・住みやすい社会を目指すための生きやすさを作るためには、他人の問題を自分のものとして解決に向かわなくてはいけないと思うんです。そういう気持ちも、ソーシャルワーカーになった理由の一つです。

また、いきなり人種を超えたコミュニティを作るのは難しいと思っています。私がボランティアしているNAJC(National Association of Japanese Canadians) は、日系カナダ人のリドレス(※7)、つまり戦時中に行われた日系カナダ人に対する強制収容とそれに伴う不動産や財産の没収に対する不正義を正すことを求める運動をした団体です。そこで今強調されている目標は、私たちのように戦後にカナダに来た日本語話者の日本人へのサポートなんです。委員会の人は私以外がほぼ3世や4世の日系カナダ人なんですが、戦後の新移住者のために投資しようと計画しています。そのためには、日本語話者の日本人の人たちがなにに困っていて、どういったニーズがあるかを学ばなくてはいけません。みんなが困っている半径5mの問題は何なのか。そうした場所からつながるコミュニティ作りも目指してます。

ーバンクーバーに住んでいても、自分から興味を持たない限りきっと知ることがなかっただろうと思う濃い内容のお話でした。あつえもんさん、本日はこのような機会をいただきありがとうございました。

参考:
(※4) https://www.bbc.com/japanese/57606617
(※5) https://www.google.com/url?q=https://www.casw-acts.ca/en/Code-of-Ethics%2520and%2520Scope%2520of%2520Practice&sa=D&source=docs&ust=1714329500986142&usg=AOvVaw0yBwx7OwIi2r7k2YUz0oqw
(※7) https://najc.ca/日系カナダ人の歴史/

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