見出し画像

畑ノ沢鉱泉たまご湯|住民の手でつくられ、住民の手で幕を下ろす20年以上続いた手づくりの温泉|散策記

一関市で営業している畑ノ沢鉱泉たまご湯が、2024年3月末日をもって閉業すると知り、足を運んだ。ミーハーにも思えるが、以前から行こうと思いつつも行けていなかっただけである。さすがに今月で閉業すると聞いては、重い足を上げずにはいられない。

畑ノ沢鉱泉たまご湯
住所:岩手県一関市千厩町小梨小林334-1
定休日:水曜日
営業時間:10時〜17時(最終受付:16時30分)
料金:大人600円
※現金決済

Googleマップ

閉業する畑ノ沢鉱泉たまご湯にこれまで訪れなかった理由

どうしてこれまで畑ノ沢鉱泉たまご湯に行こうと思いながら行けずにいたかというと、地図を見てもらうと分かるかもしれない。地図上は、あたかも険しい山の中にあるように見え、相応の心積もりがなければ行けないと思っていたためである。

そんなわけはないと思われるかもしれないが、実のところ観光地だと考えて気軽に車を走らせた結果、思わぬオフロードに出くわして走行に難儀した前例がある。

徳仙丈山である。まして地図の見かけだけで言えば、畑ノ沢鉱泉たまご湯のある場所は、徳仙丈山と大きく離れているわけでない。となると似た状況に遭遇する可能性がゼロでないと考えるのは、自然な話だと思われる。

しかしながら、先日上記記事でも触れているくるくる喫茶うつみのオーナーにその話をしたところ、畑ノ沢鉱泉たまご湯のある場所までは、さほど険しい山道があるわけでないと教えていただいた。今回、重い足を上げたのは、閉業が迫るからというだけでなく、事前に道路情報を得ていたからというのも大きい。

「2024年3月末日で閉業する」終わりを告げる畑ノ沢鉱泉たまご湯の様子

気仙沼市から一関市へと向かう途中、ヤマザキショップを目印に左折し、道なりに進むと畑ノ沢鉱泉たまご湯までの道を案内する看板に出会う。看板の指示に従い右折し、更に道のりに進むと畑ノ沢鉱泉たまご湯の入り口を示す看板が見えた。

畑ノ沢鉱泉たまご湯近くの看板
入口を示す看板には、閉業を知らせる貼り紙が貼られていた
斜面には大きくたまごと示されている

当初イメージしていたような酷い道はなく、ある程度整備された道路を普段通りに走っているだけで畑ノ沢鉱泉たまご湯に辿り着けた。適度に看板が立っていたので、迷う余地もなかった。一点危うかった点があるとすれば、入口を通り過ぎそうになった点くらいだろうか。

住民の手造りが窺える建物

畑ノ沢鉱泉たまご湯は、住民の手造りで営業を開始した温泉で知られる。それだけに建物や内部は、どこか集会場のような趣で、旧き良き田舎の溜まり場といった雰囲気を感じられた。若者にとっては馴染みがないかもしれない。一方で、中高年にとっては落ち着ける空間でないかと感じられる。

入口に貼られた閉業のお知らせ

建物の入口へと行くとここにも閉業のお知らせが貼られている。お知らせを一読し、畑ノ沢鉱泉たまご湯が自治会によって運営されてきた特殊性を持っており、その体制で20年以上も続けてきた点が伝わり、敬意のような気持ちが湧いてくる。

中に入り、番頭を務めている方にお金を渡し、脱衣所へと向かう。中に入ると手造りとは思えないしっかりとした浴槽とそこに流れ込む湯が目に入る。一般家庭の風呂場を想起させる広さであるが、それでも3人程度は入れそうな湯船である。

鉱泉をガスで沸かした湯であるが、心地よい熱さが感じられる。ゆっくり浸かっていられる。そう心から感じられた。来訪時は自分以外に一人がいただけで、湯船には自分一人という状況だった。おかげで足を伸ばせ、じっくりと湯を堪能できた。

湯から上がった後、集会場を彷彿とさせる休憩所で少し休み、畑ノ沢鉱泉たまご湯を後にする。前評判で知っていたが、確かに湯を出た後にも体内に温かさを感じられる。体の芯から温まれた実感があった。来月以降、このホッとできる場がなくなる事実に、惜しさを感じずにいられない。

終わりに|続けることばかりが良いことではない

畑ノ沢鉱泉たまご湯の閉業理由には、昨今の燃料高や利用者の減少が挙げられているが、今後同様の理由から閉業していく事業所は数が増えていくと見られる。とりわけ東北6県は、その傾向が顕著になっていくのではなかろうか。

以前、稼ぎさえあれば少子高齢化が進もうと地方自治体は維持できるといった話を書いた。逆を言えば、稼げなければ少子高齢化の進展に伴い、地方自治体は消滅するよりなくなる。事業所も同様である。むしろ事業所の方が地方自治体より先に消滅していく。

畑ノ沢鉱泉たまご湯がどうという話ではなく、すべての事業所が迫られている話であり、すべての事業所にとってこの視点が今後ますます重要になってくる。なぜならば、人口は今後も減っていくし、燃料高を筆頭に今後も物価は上がれども下がる見通しは立っていない。

物価は多少落ち着くかもしれないが、パンデミック以前の水準まで下がる可能性は低いと考える方が好ましい(可能性はゼロでない)。いわゆるインフレーションは、様々な要素から生じているものの、中でも人手不足の影響は目立って見えてきている。

国内において東北は例外になっているが、たとえば建設業や運輸業は労務単価が向上している。どこも人手が足りず、賃金を上げる必要に迫られているためだ。人手不足どころか倒産さえしているのは、東北の他、冴えない田舎くらいなものである。都市部の他、少なくない地方では人手が足りずに困っている。

筆者は、IT企業での仕事にも従事しているが、IT企業の人手不足による賃上げの勢いも驚異的である。最低賃金の上昇でようやく時給が上がるような世界とは全く異なる。毎年積極的に賃上げが行われている。そうしなければ、人手を確保できないためである。

そもそも技術職ではない筆者でさえ、1年間で15%〜20%程度の昇給が行われている。IT企業というのもそうだが、東京都内の企業にとって、働く人々を確保するには、賃金を上げるのが半ば常識になっているためだ。

そんな世界にあって、物価が下がっていく可能性は低いと見る方が適切である。賃上げしていくためには、稼ぎを増やす必要があり、稼ぎを増やすためには値上げが必要だからである(もっとも物価高は、それ以外にも様々な要因によって生じている)

つまり事業を続けるには、物価高を超えるだけの稼ぎを生んでいかなければならない。残念なことに、それができる企業は東北6県だと少ない。稼ぐという点において力を持たない企業が多く、それゆえに低所得者が多い。おまけに老人も多い。結果として値上げができず、稼ぎを増やせない。悪循環ができている。

どれか一つでも問題を打破しない限り、状況は悪化していく一方であろう。とはいえ個人レベルならば、こうした状況から脱するのは容易である。都市部に引っ越して、給与をしっかりと出してくれる企業に勤めれば良い。それだけだ。

実際にそうした動きはあるだろうし、同じことは現在大学在学中の学生にも言えるため、地域から稼ぎに出られる若者は去って行き、学生は戻ってこない。誤解して欲しくないのは、こうした状況は地域にとって良くないかもしれないが、国から見れば良いことである。

国を支える税収を確保する上で、地域において低賃金で働く若者が増えるよりも都市部で高い賃金を貰いながら働く若者が増える方が、国にとって最善である。だからこそ、国は賃上げを声高に叫ぶのだ。低賃金の企業は、誰一人として幸せにしないのである。

つまるところ物価高に加えて人口の流出は、今後も避けようがないし、それを前提に事業、そして地域について考えていく必要がある。恐らく内需型企業(地元住民をお客様とする事業)の多くは、事業が成立しなくなっていく。畑ノ沢鉱泉たまご湯の閉業は惜しいと思ったが、同時に英断だとも思った。続けることばかりが良いことではない。

20年以上にわたる自治会の人々の苦労を思えば、頑張って続けて貰うのが良いとは、決して言えない。生者必滅といった言葉がある通り、始まったものはいつか終わるものだし、それこそが自然の摂理である。無理に続けることほど苦しいことはない。

20年以上も温泉を提供していただきありがとうございました。その一言である。地方ほど、続けられないものを無理に続けさせようとして不幸な人々を増やす傾向がある。確かに続けた方が良いものはある。だが、そうしたものはほんの一握りである。

何かを終わらせなければ、何かを始められない。畑ノ沢鉱泉たまご湯の終わりによって、これまで関わっていた人々は何かを始められる機会を手にしたとも考えられる。苦渋の選択に違いないが、だからこそその選択をしたすべての人々に新たな幸福が訪れることを願ってやまない。


以下、広告です。ぜひ読んでみてください。


この記事が参加している募集

ふるさとを語ろう

皆様のサポートのお陰で運営を続けられております。今後もぜひサポートをいただけますようお願い申し上げます。