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兎がほざく

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ショート•エッセイ、140字以内。毎日投稿、どこまで続く?
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2024年3月の記事一覧

兎がほざく1092

兎がほざく1092

小さい頃はドラマの主人公がつらい目に会う展開に入るとテレビを消していました。

ぼくは情緒が敏感みたいです。

ぶっきらぼうで固い表情になるときは情緒を自分にも他人にも隠そうとしています。

平静をギリギリ保つためです。

たぶん勤め先では冷静な人と思われています。

兎がほざく1091

兎がほざく1091

「盛る」というのは一過性の流行だったみたいです。

読み手はきっと人目を引こうとするフェイクに飽きたのです。

大きく見せるのも小さく見せるのも両方とも。

大量の情報のシャワーを毎日浴びていれば目も肥えます。

正直なかわい気には気持ちを重ねやすいと思います。

兎がほざく1090

兎がほざく1090

地上で可能な限り最大の野心とは人を「し」のおそれから救うということではないでしょうか?

帝王になるよりでかい。

だって帝王はやがて忘れられるからです。

最も愛される人になることと言い換えられます。

並外れた欲張りでないと持てない野心です。

兎がほざく1089

兎がほざく1089

場所が招くからそこに行ける。

たぶんどこかへ行くというのは自分の一存だけではなくて場所の方からの招きがあるということです。

招きがないといくら行きたくても行けないようになっている気がします。

急に都合が変わるとか、電車が動かないとか、予算が合わないとか。

兎がほざく1088

兎がほざく1088

遠くに行って探していたものが実は身近にあったということ、ありませんか?

アマゾンで取り寄せるのは別とします。

すでに持っているものをちょっと工夫すれば用が足りたり。

たとえば観光地に行かなくても近所に絶景があったり。

なにより幸福の青い鳥はきっと身近にいます。

兎がほざく1087

兎がほざく1087

語ることと書くこと。

似ているようでちがいます。

読み上げたものを聞いた時に、字を見なくても解るようにするのが語ることで、字を併せて見て解るようにするのが書くことでしょう。

和歌は語ること、漢詩は書くことに属するみたいです。

ぼくはSNSではたいていは語っています。

兎がほざく1086

兎がほざく1086

少数は多数の犠牲になるのはしかたないことなのでしょうか?

多数決はもともと話し合いがつかずやむを得ない時の手段です。

ましてやそれは議決のためであって少数の命を゙奪うことまで想定されていません。

少数を犠牲にした平和はにせものです。

きっと犠牲を繰り返します。

兎がほざく1085

兎がほざく1085

かねがね貯めすぎと気にかかっていたものを思い切って捨てる。

スマホの写真を大量に削除したらストレージ容量がだいぶ復活しました。

編集の行き届いたコレクションはそれと同じぐらいの量捨てているかもしれません。

心にとって忘却がとても大切なこともよくわかります。

兎がほざく1084

兎がほざく1084

筆名をどうやって決めるか?

以前使っていた宇治キミトキは宇治金時の苦くて甘いというのが自分に合っていると思ってつけた名前でした。

今のところXのニックネームのうたふ兎を使う機会が多いです。

固有名詞は自分の思惑でなく呼ぶ人が決めるのでしょう。

兎がほざく1083

兎がほざく1083

内田百閒先生は背広を着る支度に毎朝二時間ぐらいかけたそうです。

それは時間のない人にとってはとんでもない贅沢です。

みなさま、お金でなくても今余りあるほど持っているものを思い出してみると?

たとえば
若さ。
年輪。
勇気。
腕力。
友達。
恋愛経験。

そして言葉。

兎がほざく1082

兎がほざく1082

文化によって子供の意味は違うようです。

子供はみんなの宝という文化。
子供は未完成な人間という文化。
子供は親の持ち物という文化。

敵の子供が泣いても心が痛むどころかそれを正義と思う人は大勢いるのです。

争いは当事者が疲弊するまで続くのでしょうか?

兎がほざく1081

兎がほざく1081

楽しみは自分にあるものの中で見つかるようになっていると思います。

自分にないもの、たとえば体力や時間やお金や技術は、ないなりにしておくのです。

それがないから楽しめないと思うのでなく。

たぶん楽しみに等級はないです。

以上自分に言い聞かせるつもりで書きました。

兎がほざく1080

兎がほざく1080

自分が本当にやりたいことは自分が夢中になれることでもあります。

夢中とは焦りのないものです。

仕事が頭から離れない会社人間は成果を挙げようという焦りがあるので夢中とは違うと思います。

焦りがないから何度でも同じことを繰り返して飽きないのです。

肩の力は抜いて。

兎がほざく1079

兎がほざく1079

世の中は自分の心の鏡?

たとえば誰かを怖いと思うのは攻撃の欲求をその人の攻撃のように投射しているのかもしれません。

逆に極楽の心を投射すれば世の中は極楽、というふうに。

現実が甘くないのは自分が他人に甘くないからかも。

深く理解しようとすれば世の中は深い。