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2024年5月12日 「あなたの知らない脳 意識は傍観者である」感想

「あなたの知らない脳 意識は傍観者である」早川書房 ディヴィッド・イーグルマン 訳:大田直子
をAudibleで聞き終えたので、その感想です。
この本は、「意識は傍観者である」というタイトルで出版され、改題して文庫化されたものです。
この本は、タイトルにもあるように、
人間はどこまで意識して行動を行っているのか、
もし、人間の行動が意識したものでないなら、その責任の所在はどこにあるのか、
というような、脳と意識についてを様々に掘り下げる、
サイエンス・ノンフィクションです。
ですから、ネタバレも何もありません。
ちなみに、この本を選んだのはカバーイラストが印象的だったからです。


多才で精力的な著者

ディヴィッド・イーグルマンは、アメリカの神経科学者です。
論文だけでなく、「脳科学者の語る40の死後のものがたり」「脳の地図を書き換える 神経科学の冒険」「あなたの脳のはなし 神経科学者が解き明かす意識の謎」など、一般向けの本をいていくつも出版しています。
ドキュメンタリシリーズのプレゼンターや企業のCEOを務めるなど、
かなり精力的に活動されている神経科学者の著作です。
難しい話を平易に語るために、たくさんの事例や研究、そして身近な現象にたとえた話が取り上げられますが、
どれもわかりやすいのがこの著者の特長です。
わかりやすく、イメージしやすいたとえ話が多く、
科学、生物学が苦手な人間でもわかりやすいように説明してくれます。
語りかけるような文体であり、サイエンスノンフィクションとしては
かなり読みやすいほうだと思われます。
日本での初版は2016年9月発行なので、今から8年前に出版された本ということになります。
アメリカでの出版はよりはやいはずですから出版されて10年程は経っていると考えてよいでしょう。
この10年で、ここに書かれていた仮設や研究がどれだけ進んだのか、
新しいことがわかってきたのかは
かなり気になるところです。
10年あれば、もう少し進んでいそうです。

秦なおきさんの読みがすごくよかった


実はこの本の前に別の本を聞き始めたのですが、
内容はともかく、読み手の女性の声が
どうしても受け入れられず、聴くのを断念しました。
書き手の思いと全く違うであろう感情の込め方、
すかした、声の出し方が
非常に鼻についてしまったのです。
その点、この本の読み手、秦なおきさんはとてもよかったです。
著者のちょっと皮肉っぽいところ、
それでも脳科学によって、社会を変えていきたいという崇高な理想があるところを
嫌味っぽくなく、湿っぽくなく、
落ち着いた乾いた感じで読んでおり、とても聴きやすかったです。
中身についてもしっかり理解された上で、読まれている、と感じました。
Audibleは読み手によっても、読書体験の良し悪しがかなり左右されます。
良い読み手を見つけられて嬉しいです。

我々の行動は大部分ゾンビ化されている


さて、ここからは本の内容に少し入ります。
この本によれば、
人間は様々な行動をとりますが、
その大部分は、何度か繰り返して,習得ができると
「自動化」されていくということです。
(著者はゾンビ化と書いていた気がしますが、より穏当な表現は自動化だと思われるので、そちらの表現にしました。)
新しい行動は習得するまでは緊張したり、戸惑ったりしますが、すぐに慣れ、ほとんど意識しなくても、やれる、ということらしいです。
具体的な例としては、
知らない場所に行くのに運転するのは緊張するが、
繰り返しそこへ車で行くようになれば、
ほとんど考えずに、行けるようになるというようなことです。
この部分を聞いていて、
「お!」と思ったのは、自分はこの自動化に至る部分がひどく下手だからです。
とにかく何でも、意識して、詳細について考えて取り組む期間が非常に長いのです。
自転車に乗れるようになるとか、縄跳びができるようになるとか
そういうことにもひどく時間がかかりました。
あれは、意識で何とかしようとしていたからかもしれません。
「わかって(つまり意識して)やれるようにならないといけない」と思っていたのですが、
その意識が邪魔だったのです。
自転車の練習をする時、
どうして、倒れずに走れるんだろう…などとぶつぶつ考えていたところ、
「仕組みがわからなくても、いいからこぎなさい!」
というようなことを母に言われて
喧嘩になった長い思い出が、浮かんできます。
でも、母は正しかったわけです。
「仕組みがわからなくても、意識しなくても、やれるようになったらそれでいい」のです。
これから苦手なことに取り組む時は、意識に注意を向けすぎないようにしよう、と思います。
そのせいでかえって緊張して上手くいかなかった気がするのです。

脳は二大政党政


これも、この本の中で面白かった部分です。
基本的に、人間の脳というものは、目的は同じだがアプローチは違う右脳と左脳という、2大政党でできているようなものだというわけです。
そして、そのこと、つまり、一党独裁体制でないことが、さらなる新しい展開をうむようなのです。
AIなどでも、ひとつで完璧に判断できるように作る方法より、2つ、それ以上で、検討した方が良いらしいのです。
(エヴァのマギシステム…は正しかった!)
やはり、違うアプローチの存在がある方がよりよくなっていくようなのです。
そういう意味で言うと、日本の政治はもっと野党が強くならないとかなり心配ですね…。

人間の意識は葛藤を超えていく時に出る

著者は、動物や虫に意識はあるのか?、
人間が人間らしいと言われる所以、
人間の意識とは何なのかについても示唆しています。
1人の人間の中に二つ以上の、異なる判断があった場合、
そうした場合に、これまでやってきた経験や行動を応用して、
その葛藤を越えていけることこそが人間らしい意識ではないかというのです。
これは面白い…。
動物は、それぞれ特化した技能「蜜を集める」とか「松ぼっくりから種を取る」を自動化していますが、
それを応用して、葛藤状況を突破することには使えないというのです。
著者のこの論が正しいか正しくないかはわかりませんが、なかなか興味深い考え方だと思います。

人間の行動の責任は本人に問えるものなのか


また、著者は、「人間の行動のほとんどは意識によるものではない。またそのうちの激しい行動を起こした人の大部分には、遺伝子、脳損傷、生育環境の悪さが見られる。だとしたら、犯罪の責任を個人に問うべきなのか?」という考えを持っています。
この話、アガサ・クリスティの「牧師館の殺人」に出てきた、ヘイドック医師の話とそっくりなのです…。
2010年代にこの本が出版されたので、アガサ・クリスティの方が断然、世に出るのは早いわけなのですが、
著者はもしかして、クリスティのファンだったりするのだろうか…と考えてしまいました。
ちなみに、著者は、「遺伝子が存在しても、損傷した脳でも、生育環境が悪くても、脳を訓練することはできる」と考えており、
刑罰よりも、そういった脳の訓練が必要だと訴えています。
実際にそういった分野とも関わりがあるようなので、少しずつ実現していくつもりのようです。
2024年現在、著者の研究はどうなっているのでしょう…。

還元主義に飲み込まれるな

この本を読み進めていくと、
恋愛、推し活、仕事、好きな食べ物、好きなキャラクター、嫌いな音楽、嫌いな色に至るまで、ありとあらゆる自分の選択が、
無意識下の遺伝子、もしくは生物学的な何かで決められており、
人間には魂なんてないのではないだろうか、と思って、少しゾッとするような気持ちになりました。
結局人間は、子孫を作ろうとする生物学的な望みを繋げていくだけの存在で、魂などないのか?と思ってしまったのです。
しかし、最終章まで、聴くと、著者はそういう考えではないということがわかります。
遺伝子や生物学的な何かに全て還元してもまだわからない部分はある、と力強く著者が語ってくれてかなりホッとしました。

紙の本を買おうとしています


著者は、たくさんの資料をつけてくれているのですが、
聴きながら走ったら筋トレをしていたりする人間にはそれを眺められまへんでした。(PDFはついているが非常に重たい)
また、今書いている感想も、聞いた言葉をうろ覚えで書いたものなのではなはだ心持たないのです。
目で資料や文章の細かい点を確認したいと思っています。
古本であるなら、ぜひ買おうと、今日古本屋に覗きに行ってしまったほどです。置いてなくて残念でした。
新品を買うしかないかなぁと思っていますが、
この著者、たくさん本を出しているので、最近の本を購入したほうがいいかもとも考えています。
やはり、最新の研究について知りたいので…。
とはいえ、audibleでさっと聴き始めることができるので、
脳と意識について考えてみたい人の第一歩に、まずは、おすすめの本です。




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