つまずきてんちょう

やっとのことで、生きてます。 一汁一菜、一日一メニューの小さな食堂の店長です。 好きな…

つまずきてんちょう

やっとのことで、生きてます。 一汁一菜、一日一メニューの小さな食堂の店長です。 好きな言葉は「たくみに平凡であること」。

記事一覧

自然農園と種まく人

どこまでも広がる青い空の下、太陽の光を目一杯浴びた植物たちが見渡す限りのびのびと葉を茂らせている。風が吹けば、青々とした稲が波のようにそよぐ。鳥が鳴く、バッタが…

孤独と連帯すること

 通りに面した食堂のガラス窓にネットで見つけた「STOP GENOCIDE」のポスターを貼った。  その後、ジャーナリストの古居みずえさんが自身の作品であるガザの映画の自主…

歩く人

認知症の人は、よく歩く。 どうしてそんなに歩くのか。介護職だったとき、その後ろ姿を追いながらよく考えた。認知症介護を語るとき、この「歩く」ということを抜きにする…

天使たちと食堂外交

時刻はお昼の十二時すぎ。学校や職場で昼休みに入ったお客さんがいっせいに食堂にやってくる。 狭い店内は一気にごった返し、洗いもののお皿で溢れかえる。 「店長!お米…

いのちは関係の中に

ついにこの日が来てしまった。 いつもなら学生たちで溢れ返る食堂前の通りには今朝、人けはない。 誰もいなくなった通りに立ちすくみ、天を見上げている店長のとなりで、ボ…

ミーナの晩餐会

当店では日替わりの一汁一菜の他に、二品のお好きな小鉢を選ぶことができます。本日の小鉢はスコッチドエッグに野菜たっぷりラタトゥユ、海老フライにブドウと生ハムのカル…

やさしさの引き出し

「今日は、小鉢ひとつ追加したので650円です。おつりは350円です」。レジに立つお客さんの声がする。「あっ、自分でスタンプ押しますよ」。老眼のスタッフに代わって、お客…

閉店時間のお客さん

よい物語食堂にはときどき、営業時間以外にもお客さんが来ることがある。  Wさんは早朝に朝ご飯を食べに来る。どうやら彼は、人通りの多い日中には外には出られないらし…

一汁一菜の風景 後編

 ブックオフで運命的な出会いを果たした私は、「一汁一菜」という言葉に取り憑かれたように検索をはじめました。一汁一菜とは「ハレの日、ケの日」のケの日にあたる、つま…

一汁一菜の風景 前編

小学校からの帰り道。 ぐうぐうと鳴るお腹を抱え、アリの行列やノラ猫のお尻、 真っ赤に染まる夕焼け空に、何度も気をとられながら やっとの思いで家に着いたっけ。 家のド…

自然農園と種まく人

自然農園と種まく人

どこまでも広がる青い空の下、太陽の光を目一杯浴びた植物たちが見渡す限りのびのびと葉を茂らせている。風が吹けば、青々とした稲が波のようにそよぐ。鳥が鳴く、バッタが跳ね、トンボが飛びかう。ここは草原?いや、りっぱな農園である。

「ここにある野菜、みーんな持ってっていいからね」

満面の笑みでそう言うのはこの畑の主、ナベさん。ナベさんは定年退職後から、この広大な畑を一人で続けておられる。農薬や肥料を使

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孤独と連帯すること

孤独と連帯すること

 通りに面した食堂のガラス窓にネットで見つけた「STOP GENOCIDE」のポスターを貼った。
 その後、ジャーナリストの古居みずえさんが自身の作品であるガザの映画の自主上映会を呼びかけているのを知った。古居さんには大学時代につながりをいただいた。上映会にかかる費用は無料で、チケットの売り上げはガザに寄付してほしいということだった。
食堂が終わった後、最寄り駅のロータリー前に向かい、近くの教会を

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歩く人

歩く人

認知症の人は、よく歩く。
どうしてそんなに歩くのか。介護職だったとき、その後ろ姿を追いながらよく考えた。認知症介護を語るとき、この「歩く」ということを抜きにすることは難しい。介護の世界ではこの「歩く」には別の言葉が使われる。
「徘徊」という言葉が使われる。「歩く」というさわやかな言葉が、突然かなしい言葉に変わる。

わたしが以前働いていた施設では、10分刻みでスケジュールが決まっていて、一日の中か

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天使たちと食堂外交

天使たちと食堂外交

時刻はお昼の十二時すぎ。学校や職場で昼休みに入ったお客さんがいっせいに食堂にやってくる。

狭い店内は一気にごった返し、洗いもののお皿で溢れかえる。

「店長!お米も、お茶も、お茶碗もなくなったよ!」

スタッフは必死に接客をする。私はというと、完全にパニックに陥り、厨房の奥で空(くう)を見つめてフリーズしている。

店の前にはウエイティングのお客様。

洗い物の山は、シンクからいまにも溢れ出しそ

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いのちは関係の中に

いのちは関係の中に

ついにこの日が来てしまった。
いつもなら学生たちで溢れ返る食堂前の通りには今朝、人けはない。
誰もいなくなった通りに立ちすくみ、天を見上げている店長のとなりで、ボランティアのコバヤシさんがつぶやく。

「あぁ~大学、春休みだね」

「なんだ~ハルマゲドンかと思ったよ~!」というのを飲み込んで、ホッとしたのもつかの間。その直後、新型コロナウイルスが世界的に感染拡大し、開店から三ヶ月後の二〇二〇年四月

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ミーナの晩餐会

ミーナの晩餐会

当店では日替わりの一汁一菜の他に、二品のお好きな小鉢を選ぶことができます。本日の小鉢はスコッチドエッグに野菜たっぷりラタトゥユ、海老フライにブドウと生ハムのカルパッチョ、さらに季節の果物をふんだんに使ったフルーツタルトって……、「一汁一菜はどこ行ったーー!」とツッコミを入れてくださった読者の皆さま、落ち着いてください。確かにうちは和食を基本とした一汁一菜、粗食テイストの店なのですが、今日は違うんで

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やさしさの引き出し

やさしさの引き出し

「今日は、小鉢ひとつ追加したので650円です。おつりは350円です」。レジに立つお客さんの声がする。「あっ、自分でスタンプ押しますよ」。老眼のスタッフに代わって、お客さんがポイントカードに印を押す。"CLOSE"のままの看板に気がついて、「これじゃぁ、お客さん入って来ないんで」とひっくり返して〝OPEN〟にしてくれるのもお客さんである。

この食堂では、不思議な現象が起こる。お客さんが自分でお皿を

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閉店時間のお客さん

閉店時間のお客さん

よい物語食堂にはときどき、営業時間以外にもお客さんが来ることがある。

 Wさんは早朝に朝ご飯を食べに来る。どうやら彼は、人通りの多い日中には外には出られないらしい。朝ご飯といってもまだご飯の支度はできていないわけで、食べるのはまかない用の冷凍ご飯を温めたものと、キムチ納豆である。それでもWさんはご飯を食べ終わると「今日も愛情をありがとう!」と言って帰ってゆく。彼の後ろ姿を見送りながら(「料理はひ

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一汁一菜の風景 後編

一汁一菜の風景 後編

 ブックオフで運命的な出会いを果たした私は、「一汁一菜」という言葉に取り憑かれたように検索をはじめました。一汁一菜とは「ハレの日、ケの日」のケの日にあたる、つまり日常の食事にあたる食のあり方のことで、ご飯と味噌汁と菜の物という非常にシンプルな食事を指します。現代社会はまさに飽食の時代で、私たちのまわりには世界中のご馳走が溢れています。いつのまにか、家庭で食べる食事もご馳走になっていき、ただでさえ忙

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一汁一菜の風景 前編

一汁一菜の風景 前編

小学校からの帰り道。
ぐうぐうと鳴るお腹を抱え、アリの行列やノラ猫のお尻、
真っ赤に染まる夕焼け空に、何度も気をとられながら
やっとの思いで家に着いたっけ。
家のドアを開けるなり、靴をほっぽり出したまま
「今日のごはんなにー⁉︎」
と叫ぶ、赤ら顔ひとつ。

 そんな鼻垂れ娘もあっという間に大人になって、シャカイジンなるものになりました。社会という所はやれ就業時間だ、やれ報告書だ、やれ請求書だと、

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