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短編小説集

84
短編小説を挙げています。
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2020年4月の記事一覧

まっすぐに純粋に

まっすぐに純粋に

 アスファルトに陽炎が出来ている。夏らしい風景ではあるが、連日のように続くと嫌気が差す。だからと言って梅雨のように雨が降り続けたとしたら、それはそれで暑さと同じように嫌気が差す。人間という生物はない物ねだりだ。そんなことが不意に頭に浮かび、苦笑してしまう。
「人は後悔する生き物です。だからこそ、後悔の無い人生を歩んでほしい」
 高校生活最後の日、学生服を着て受ける最後のホームルームで担任の教師が言

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再会

再会

「だから今回の企画だと、演者が乗り気にならないんだ」
 深夜未明のファミレスには相応しくない五十嵐の怒気の入った声が聴覚を刺激した。夜の過ごし方に迷う数少ない客の視線が、一同に僕達の座る席へと集まる。
「それを仕切るのが、お前の仕事だろ」
 極めて落ち着いた声で応対した僕は、ドリンクバーの冷めたコーヒーが入ったカップを飲んだ。冷めたことで、さっきよりも苦みが増している。眠気覚ましには丁度良かったが

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横顔

横顔

 教室の視線は、前方で演説のように語る教授に向いている。経営についての知識がない下級生にも伝わる分かりやすい説明は、基礎を取り損ねた身としては復習の役割を果たしていた。けれど二回目の講義を真面目に聞くほど優秀じゃない僕は、ルーズリーフにシャーペンを走らせ、何本の線を紡いでいた。
「何書いてるの?」
 友人が尋ねる。単位を落とした仲間は僕と同じような姿勢を貫き、彼女とのLINEに勤しんでいる。
「線

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給食

給食

 12時の鐘が鳴る。工場に流れていた機械音が、徐々に小さくなっていく。何人かの作業員は、汚れた軍手を外して出口に向かって歩き始めている。目の前のベルトコンベアは完全に停止して、長かったような短かったような午前中の業務が終わる。50分業務の10分休憩のサイクルを3セット。なんだか筋トレのメニューに準じているスケジュールは、義務教育や高校時代の予定表と被る。あの頃は部活がメインで、授業なんてろくに聞い

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本の香り、偽りの想い

本の香り、偽りの想い

 本の香りが嗅覚を刺激する。綺麗に陳列された本の背表紙が視覚を刺激する。お客さんが捲るページの音が聴覚を刺激する。そしてこの場所は、僕にとってのディズニーランドだと改めて自覚する。本の入れ替えは、そのことをハッキリと感じる大好きな時間。ただ、今日は少し印象が異なる。多分、社員が口にした暢気な一言のせいだ。
 棚卸しのために手に持った新品の小説を本棚に収めながら、社員に課された宿題について考えを巡ら

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蚊帳の外

蚊帳の外

 LINEの通知音が鳴り、僕は条件反射でスマホに手を伸ばした。
 携帯電話を高校生から持つようになってから、着信音にはひどく敏感で、その悪習は今でも健在だ。
 スマホを操作して画面を確認する。文章の代わりに届いていた人気漫画のスタンプが踊っていて、思わず落胆してしまったのもまた悪習の為せる技だった。スタンプは句読点。そんな考え方のせいだ。
 LINEが浸透する前、今では肩肘張る文章しか送らないメー

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恋の記憶

恋の記憶

 部屋の掃除も中盤になって手が止まった。部屋に差し込む日差しは眩しくて、外にでも出たいという欲求が溢れ出そうになったけれど、外出自粛という紋所をチラつかせて、我慢した結果だったのかも知れない。クローゼットの奥に閉まった高校時代の記憶を詰め込んだ箱、その横には大学時代の記憶を詰め込んだ箱があって、かつての僕はやけに几帳面だったことに思わず笑ってしまった。どうするか、少し迷ってから、二つの箱を引っ張り

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青春ラジオ

青春ラジオ

 キーンコーン、カーンコーン。
 聞き慣れたチャイムが、スピーカーを通して狭い教室内に鳴り響く。
 三上教諭が教室を出ると同時に、僕は机に掛けたカバンを持って、ダッシュで校舎を移動する。週二回のルーチンが染みついた身体は、空腹でエネルギー不足なのによく動く。燃料切れ間近、軽さを感じる脚力がグラウンドでも発揮できればいいのに、なんて自嘲しながら、一気に階段を降る。階段ダッシュの成果が顕著に表れる瞬間

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