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短編小説

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2023年11月の記事一覧

【短編小説】沙也加

【短編小説】沙也加

 日曜日はよく晴れたが、さほど気温は上がらなかった。私は空色のセーターを着ていくことに決めた。
 喫茶店は空いていた。私ほどの年齢のものは誰もいない。入って沙也加が見渡せば、なんなく私がわかると思った。それでも目につきやすいように、入り口から近い席を選んだ。コーヒーを注文して、沙也加を待つ。11時までには、まだ15分あった。私は何度も冷水を口に運んだ。
「あの、失礼ですが香山さんでしょうか」
 言

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【短編小説】画鋲

【短編小説】画鋲

「突然ですが、今日は悲しいお知らせがあります」
 帰り学活の終わりに、先生が言った。みんな早く帰りたくて準備万端だったのに。後は机の上のランドセルを背負って駆け出すだけだったのに。"悲しいお知らせ"ってなんだ。興味半分イラつき半分で、先生の言葉を待つ。
「西野くんと、今日でお別れなんです」
 みんな一斉に西野を見る。西野は固くなって下を向いている。
 転校か。察しがついて、急激に興味は薄れていく。

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【短編小説】演歌道(青雲立志編)

【短編小説】演歌道(青雲立志編)

 世に怪しい商売は山ほどあるが、怪しいは怪しいなりに場所柄をわきまえて欲しい。シャッターが多く降りてる暗いアーケード街の奥に、ぼんやり灯りがついている。そういう場所に、例えばタロット占いの婆さんが、ひっそりと店をやってて欲しい。ギイっとドアを開けると、ジプシーの格好をした婆さんが、こっちを暗い目をして見ていて欲しい。
そう、そんな場所を、駅裏の、通りから外れた雑居ビルの三階に、僕はやっと見つけたの

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【短編小説】結婚相談所

【短編小説】結婚相談所

 34になった。私が34と言うと、係の女性は含み笑いで、「34ですか」と言った。
「何か」
「いえ、何も」
わかってる。34でくる女が多いのは。またか、と思われたに違いない。
「34じゃダメですか」
「いいえ、とんでもない。お客様くらいの方、よくいらっしゃいます」
「だって笑ってらっしゃいましたよね」
「笑顔で接客するのは、我が社のルールです」
 黙った。でも、そういう笑い方じゃなかった。人を嗤う

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【短編小説】ほっとライン

【短編小説】ほっとライン

ーーはい。心と命の〇〇ほっとラインです。
ーー・・・
ーーもしもし。どうされましたか。
ーー・・・
ーーもしもし。
ーー・・・あの。
ーーはい。どうなさいましたか。
ーー・・・。
ーー大丈夫ですよ。わたし、板倉と言います。あなた、女の子ですよね。
ーー・・・はい。
ーーどうしたの。
ーーうまく言えなくて。
ーーいいのよ。思いついたことからで。
ーーあの、お金、かかりますか。
ーーああ、この電話はお

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【短編小説】ズル

【短編小説】ズル

 昼休憩の声がかかると、やれやれと道具を1箇所に集め、座り込む。
「弁当、買ってきます。いる人、手を挙げてください」
 高校生の田中くんが、注文を取る。五人中僕を含めた四人が手を挙げた。吉田さんは、俺は弁当、と言う。他はみんな同じ物を食うので、何弁かは聞かない。毎日"のり弁大盛り"である。ない時は、それ相当のもの。班長の片山さんが田中くんに2000円渡す。後でレシートを見て昼食代は、アルバイト代か

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