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トローチ
2023年12月13日 01:15
向日葵の咲かない夏なんてものはないはずだった。 世界の何処かで向日葵は目障りにも太陽を目指して顔を向けるために咲く。 けれど、死にたがりの猫と約束を交わしたあの向日葵はその夏には咲かなかった。 正確に記すならば、約束の次の夏、枯れた向日葵の後に向日葵はやって来なかった。 まるでこの世界から向日葵という種が消え失せてしまったかのように、いや真実それは消え失せてしまったのだけれど。
2023年12月13日 01:07
死にたがりの猫が向日葵に登っていた。 「このままその太陽で押しつぶしてくれないか」 枯れかけた向日葵はいいました。 「君の体をこの陽射しで押しつぶしたとしても、それは腐敗するだけだ。君を焼きつくすことはできないし、ましてや消し去ることなど到底無理だ」と。 死にたがりの猫は悔しそうに舌打ちをしながら、それでも向日葵にすがりつき、がりがりと葉に歯を立てました。口の中に溢れる苦い香り。
2023年12月9日 19:27
「結婚しようか、ただし僕の髪が肩まで伸びて、君と一緒になったら」 某有名増毛メーカーのチラシを持ちながら、僕は彼女にプロポーズした。 父方母方の両方の禿的遺伝子と、普段のストレスで、すっかり薄くなってしまったオデコを撫でながら、彼女は、目を糸のように細くして笑いながら言った。 「それじゃあ、何年も待つことになっちゃうよー。私が、あなたの髪の代わりになってあげるから、一緒に生きていこう」
2023年12月10日 15:12
「あなたの幸せを実らせてください」 最後の日に彼女が選んだ別離の言葉。それは、二人で果たせなかった、不定形の時間を固めて作る幸せというものの結実を願うものだった。 「祈らせてください・・・・じゃないんだね」 なるべく声が固くならないように、優しい顔を作ろうと心掛けてはいるのだが、それもうまくいかない。 「残念だけど、別れるその瞬間に、その約束は多分できないかな」 「約束が欲しい
2023年12月5日 00:20
「蜂蜜を舐めるのって、なんかこう背徳感あるよね」 彼女はそういって、あざとくも熊のプーさんのプリントされたスプーンで瓶の中の蜂蜜をひとすくいした。黄金色、小判なんて実際には目にしたことはないけれど、おそらくは黄金の色であろうその液体をひとすくいした銀色のスプーン。 じゃあ仮にあのスプーンを泉に落としたら、女神様は何をくれるんだろうか?金のスプーン?色で判定するのか、それとも、物質で判定する
2023年12月3日 02:40
「真夜中にはさ、寂しさを溶かす薬があるらしいよ」 「有機溶剤?ラリって忘れたいって事?」 「いやいや、そういう非合法な薬じゃないし、だいたい今更シンナーって。このご時世ならもっと体に害のないクスリが手に入るでしょ」 「クスリは嫌い。」 安奈は、童話のウシガエルのように、ぷぅっと頬を膨らませた。 そのまま膨らませすぎて、破裂して消えてしまわないかと不安になるくらい。消えたがってい
2023年12月2日 14:28
指きりの代わりに、額を合わせて、キスに満たない約束をしたのは、いったい何歳の頃の記憶なのだろう。志田清は、通勤電車の混雑の中で、何処からやってきたのか分からない追憶に苦しんでいた。いや、喜んでいたのかもしれない。ネクタイを締めて、カバンを持って、あとは会社での作業に追われる。そんなステレオタイプな表現がふさわしいルーティンな日常に疲れていた彼にとって、その妄想は、砂漠でのオアシスとまではいかなくて