見出し画像

[気づきの日記帳09]「いい箱をつくる」ブランディングと「価値を箱にためていく」ブランディング

[社会人10〜20年目の気づき]

インターネットが生まれて人々が自ら信じられる情報を探す時代が到来したことで、ブランディングと呼ばれる領域は、とりわけ重要になりました。生活者は、自分にとって価値のある、あるいは意味のある企業なのかどうかを目を凝らして見るようになりました。日頃の活動を通じてブランド価値を高め、選ばれる理由を確実に蓄積していけるかどうかが、企業が生き残れるかの分かれ目になっているのです。

ブランド。あるいはブランディング。
広告やマーケティング、企業経営領域でよく語られる言葉ですから、この言葉を知らない人はいないと思います。ただ、ブランドというとVuittonやCHANELといったラグジュアリーブランドが想起する人も多く、そうしたブランドに象徴される高品質なイメージを作っていくことがブランディングとだと思っている人も多いと思います。企業が選ばれる理由は、「高品質」だけではなく、多種多様です。常に挑戦し進化を続けているという理由で選ばれる企業もあります。卓越した美味しさで選ばれる企業もあります。面白さという軸で選ばれる企業だってあります。

Brand。
もともとの語源は「烙印」。自分が育てた牛が他の生産者の牛と明確に区別できるようにする焼印がその出発点です。

ブランドとは、個別の売り手もしくは売り手集団の商品やサービスを識別させ、競合他社の商品やサービスから差別化するための名称、言葉、記号、シンボル、デザイン、あるいはそれらを組み合わせたもの(アメリカ・マーケティング協会)

ブランドとは信頼や絆を貯めていく『箱』のようなものである。

大学の講義では学生に対して「ブランドとは信頼や絆を貯めていく『箱』のようなもの」として教えていました。

人であれば、その存在そのものが「箱」になりイメージを蓄積していきますが、企業は物質的存在を持たないために、ロゴ/CIという実体をつくり、そこに一貫したイメージを貯めていく必要があるのです。いい商品やサービスを社会に提供し続ければ、その価値は、そのイメージ/箱に蓄積されていきます。一世代だけでなく何代にもわたってお客さまとの信頼と絆を深めれば、その価値は「箱」に蓄積されつづけ、より堅固なものへと成長していきます。

マークが大書された箱に溜めていく感じ

「箱」が、その時の都合で姿かたちを変えてしまったら。と、想像してみてください。「あ、このお和菓子美味しい!」と思ってパッケージを見ても、どこにも固有のブランド名がなかったら、その「美味しい!」の評価はどこにも着地することなく消えていくことになります。ひとりひとりの社員が、日常のビジネス活動でロゴの色をちょっと変えたり形をいじったりしていったら、その改変そのものは小さなものでも、いずれそれは積み重なり連鎖していけば、大きな差を生み、固有のイメージは崩壊していくことになります。そしてブランディングに使われた大きな投資も無に帰していくことになります。

溜めていくための箱がバラバラだったら

ブランディングとは、企業が日々の活動を通じて獲得していく「共感」「信頼」などさまざまなイメージを、固有の箱に入れ、ためていく活動です。Redbullは、時代的なスポーツコンテンツを応援する活動をBullのマークにた溜めていく。BALMUDAは、独特の時代目線で製品を生み出し続ける活動をロゴマークに溜めていく。ブランドの哲学がブレない企業であればあるほど、一貫したイメージをその箱に蓄積していくことになる。世界に誕生する新たな企業たちは、星の数ほどの企業群の中で、数少ない「選ばれる企業」になっていくことで生き残っていく。ブランディングとは、企業がその存続と繁栄をかけた重要活動なのです。

ブランディングとはブレないイメージを地道に溜めていく活動

日本にはCIブームとも言える時代がありました。

90年代、たくさんの企業がCI=Corporate Identityを競うように一新した時代がありました。急激な経済成長の波に乗って走り続けてきた企業がこの時代、次の成長に向けて、「箱の再整備」を真剣に考え始めたタイミングだったのだと思います。自分たち企業のパーソナリティと目指す姿を言語化した言葉とともに、各社、ロゴマークと展開マニュアルの刷新を行います。ロゴだけでなく、そのロゴを使った名刺、封筒、社員証、店頭看板、社用車車体、制服に至るまで、ブレなく統一された「良き箱」が整備されたのでした。

この時代、日本からのCMが海外広告賞にエントリーすると、企業メッセージ付きのCIカットが必ずラストに付いていることが話題になっていました。秒数の短い商品広告CMの限られたラストカットを使ってまで企業スローガンを伝えていることに、海外審査員の多くが違和感を感じていました。しかもこの時代、ブームのように各社がラストカットCIを実践していたので、日本からのCM作品が続くと、呪文のように企業メッセージが繰り返される現象が発生していたのです。ただそのくらい徹底して、「箱の整備」が行われたことは事実。ブランド、およびブランディングを考えていく基礎基盤がこの時代にできていったのだと思います。

デザインが主文脈の改革

主役は、著名なアートディレクターでした。各社、競うように著名なアートディレクターやデザイン事務所をアサインし、CI提案を依頼していました。あうんの呼吸の国、日本では、企業のビジョンやミッションを議論し言語化する習慣がそれほど盛んではなかったため、言葉の検討よりも視覚デザインの刷新が優先的に議論されていたのだと思います。CI=Corporate Identityに対してVI=Visual Identityという言葉があります。企業文化やその個性、独自性を伝えていく活動全体がCI活動とするなら、視覚的統一感にフォーカスしてそのルール規定を徹底していくのがVI活動なのですが、日本におけるこの時代のCI活動は、VI領域に限定されているものも多かった、ということだと思います。

なんにせよ「良き箱」の整備が行われたことには、大きな意味がありました。企業ロゴは決まっていても、地方の販売店に行くとロゴ標記が正しく行われていなかったり、古いロゴが使われていたり、地域の看板屋さんが適当な色でロゴを描いていたり、そもそも統一看板がなかったり、ということが普通でした、それまでは。整備されたCI Manual、VI Manualの運用が徹底されたことによって、どこに行ってもブレない共通イメージが展開されるようになったのです。

そして、CIブームは、ブランド、ブランディング議論に引き継がれます

バブルの崩壊を迎えて、CIブーム的な流れはいったん落ち着きます。CI改革はエネルギーも予算も大きくかかりますから、企業に余裕がない時代にはどうしても下火になっていくのです。

ただ、90年代の末ぐらいから活発になっていくブランドやブランディング議論は、バブル崩壊前のCI議論が良き下地になっていたことは間違いありません。企業が「良き箱」をつくっていく意味が浸透していたことで、その議論は、新商品のブランド議論・ブランディング議論に生きていくことになります。開発された新商品をただ世に送り出すだけでなく、ブランドとして定義し、良きブランドの箱をつくり維持・発展させていくことで、点のヒットが線のヒットになり、面の発展を生み出し、数10年単位の企業の発展を支える資産になる。

ブランドコンセプト、ブランド哲学、ブランド戦略、ブランド展開ルール、ブランドロゴ、VI Manual、サウンドロゴ、商品デザイン、パッケージデザイン、マス広告デザイン、梱包デザイン、紙袋デザイン、アクセサリーデザイン、販促物デザイン、店頭デザイン、店頭POPデザイン、デジタルアイコンデザイン、ファビコンデザイン、ブランドサイトデザイン、、、巧みに設計されたブランドアセットの総体が多層に積み上がっていくことで、ブランドイメージが効果的に醸成されていくという考え方が浸透していきます。

この時代も、デザイナーやアートディレクター、デザイン事務所が重要な役割を果たします。VI Manualで培われたデザイン展開のノウハウは、ブランドが求める多様な接点でのデザインでも生きていくことになりました。

体験の時代のブランド、ブランディング

2000年代に入り、インターネットが広がる流れと沿うように、ブランディングに「体験」という視点が入ってきます。「箱」に入れていく要素が視覚デザイン要素にとどまらない多様なものになっていく、その始まりが2000年代の初頭あたりなのですね。

体験の時代についての記事はこちらをご覧ください。

著名なデザイナー・クリエイティブディレクターの佐藤可士和さんは、デザイン文脈から、その要素拡張を牽引した象徴的存在です。

佐藤可士和さんは、経営者と時間をかけて深く話を聞き、ブランドや企業の特徴、課題、フィロソフィー、Vision、目指す方向を聞き出すと、その要素を咀嚼し、何をすることが効果的なブランディングを実現するのことになるのかを考え、設計していきます。そして、その設計構想図に合わせて、自ら生み出す視覚デザインだけでなく、多様な接点のクリエイターをキュレートし、ディレクションし、ユニークな成果物を生み出していきます。

大きく話題になった立川市のふじようちえんの仕事では、園の独特の教育哲学に沿って、ロゴや制服だけでなく、園の建て替えまでもクリエイティブディレクションします。若手建築家とともにユニークな幼稚園園舎をクリエイトしています。

くら寿司のプロジェクトでは、くら寿司ブランドの世界展開を視野にブランドロゴ・インテリアデザイン・ユニフォームの新デザインだけでなく、旗艦店舗の場所、内装、店内体験など、多様な体験領域をデザインしています。

日清食品の工場見学施設のクリエイティブディレクションでは、ユニークな工場見学体験だけでなく、工場そのものが体験対象となるデザインも実施しています。

佐藤可士和さんが切り開いた道筋には偉大なものがあります。ブランドおよびブランディング業務のあり方を、体験の時代の文脈に沿って、大きく拡張し、デザイナーが関わる領域を広げる道筋をつくったわけですから。さらに言えば、「良き箱」を多様な要素でつくっていくだけでなく、継続的価値を生む装置を生み出して、継続的に価値をためていく意義も示したのです。

大切なのは、溜める活動を地道に継続すること。

選ばれるブランドになるためには、「良き箱」を作るだけではなく、多様な要素を「箱にためていく」ことが重要であること。それがわかってくるにつれて、ブランディング議論は、ためる活動の議論へも広がっていきます。
そして、ためていく体験はもっと自由であっていいという議論が盛んに行われます。

ブランド価値の蓄積に資するなら、、、
健康のためのアプリを作ることもブランディングの重要施策になる。
ミュージアムを作ることもブランディングの重要施策になる。
リサイクル商品を開発することもブランディングの重要施策になる。
工場を地域に開放することもブランディングの重要施策になる。
ファンコミュニティを作ることもブランディングの重要施策になる。
ユニークな会社をM&Aすることもブランディングの重要施策になる。
宇宙開発に参画することもブランディングの重要施策になる。
地域の花火大会を主催することもブランディングの重要施策になる。
特定領域の研究に大金を寄付することもブランディングの重要施策になる。

かつてイメージ醸成のためにメディア露出に予算を割いてきたように、ブランド価値高めていくために、どんな活動、どんな体験提供に投資をしていくのか、そのセンスと柔軟さが問われる時代が訪れています。

ブランドマネージャーはどんなミルフィーユ設計をするのか?

体験の時代の回で紹介した体験のミルフィーユモデル、ありましたね。

ブランド体験のミルフィーユ

今の時代、ブランドの行末を預かるブランドマネージャーは、自分たちの限られたブランド原資を、どういう時間軸で、どんな体験提供に投資し、どんなバランスの体験ミルフィーユをつくっていくのか。多様な領域の多様なパートナーと連携し、そのユニークなあり方をデザインする力が問われようとしています。そして、僕たちクリエーターは、そのニーズに応えるべく、大胆にして効果的な体験提案をどう生み出せるのか、そこが問われることになります。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?