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「戦時の嘘」に描かれた戦争プロパガンダ⑫~結び

前回はこちら。

 イギリスがプロパガンダを流していたのが事実としても、イギリスが一方的な加害者で、ドイツが一方的な被害者であることにはならない。


双方から見たルシタニア号事件

 1915年5月7日、英国の客船ルシタニア号がドイツの潜水艦に撃沈され、約1200人の犠牲者を出した。128人のアメリカ人も死亡したことから、アメリカが参戦に傾くきっかけとなった事件として有名である。連合国側では、非武装の船を攻撃して罪のない民間人を殺したとして、ドイツの野蛮さを非難する宣伝を繰り返した。一方、ドイツは「ルシタニア号はカナダ兵と5400箱の弾薬を積んでおり、ドイツ兵の命を守るために撃沈した」と主張した。実際のところ、ルシタニア号は武装せず兵士も載せていなかったが、戦時禁輸品である弾薬は輸送していた(高橋2012)。

「カウンター・プロパガンダ」の怖さ

 対立関係にある国民は、双方が都合のいいことを主張するものであり、白か黒かで決着はつけられない。だが、第一次世界大戦後にポンソンビーらが行った連合国プロパガンダへの批判は、「イギリスをはじめ連合国の言うことは信用できない」とする主張の説得力を増し、ナチスにも利用されることになった。対立する相手の主張を一方的に虚偽だとする「カウンター・プロパガンダ」を有効化してしまったのである。
 第二次世界大戦中、ナチスによるユダヤ人への虐殺が報じられた時、第一次世界大戦時のプロパガンダの記憶がある英国民たちは、当初その話を信用しなかったという(佐藤1998)。

「戦時の嘘」から学ぶべきもの

 現代人は「嘘(フェイク)」への耐性をつけなければならない。だが、嘘に警戒しすぎるとカウンター・プロパガンダに飲まれる危険性が高まる。アメリカのトランプ元大統領は、自分に批判的な報道を「フェイクニュース」とレッテル貼りすることで、既存メディアに不信感のあった支持者の熱狂を受けた。
 戦争や選挙戦など、種々の嘘はあらゆる機会に流される。これは現代社会において常識であろう。だが、単に片方の嘘を暴くことに熱中すると、もう片方のカウンター・プロパガンダに加担する結果になりかねない。人間社会は善悪二元論に収斂するほど単純ではなく、対立する双方に言い分があるものだ。月並みな結論だが、このようなバランス感覚を失わないことが重要なのではないだろうか。この「月並み」を実行するのが、人間には難しいのであるが……

《了》

【主要参考文献(再掲)】
Arthur Ponsonby ; Falsehood In War Time ,1928,Kessinger Publishing
佐藤卓己「現代メディア史」岩波書店、1998
小林恭子「英国メディア史」中央公論新社、2011
庄司智「第一次大戦期イギリスにおける兵士の志願―募兵プロパガンダの分析を通じて」2004
高橋章夫「戦争の『最初の犠牲者』―第一次世界大戦時のドイツ軍の残虐行為に関するイギリスのプロパガンダ」2012
木村靖二「第一次世界大戦」ちくま新書、2014
竹中亨「ヴィルヘルム2世」中公新書、2018

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