2024年 6月19日 水曜日 徒然日記 つらつらと…母の苦労…

皆さん、おはようございます。徒然日記のお時間です。今日もここから、じっくり、ゆっくり、つれづれなるままに、丁寧に綴っていきたいと思います。どうぞ最後までお付き合い下さい…

今日は昨日の雨とはうって変わって、暑くなるみたいですね。身体がついてけません…水分補給をしっかりしましょう。

さて、今日は何書こうかなぁ…

ウチの母親なんですが、ちょっと腰を痛めてまして、ちょっと長い間、仕事休んでいるんですよね。清掃のパートをやっているんですが、結構重たいものを、ちょっと無理して持ち上げたら、腰が半ぎっくり腰みたいな感じになってしまいまして…心配です…
だから、重たいものとか持ってあげたり、自分でできる範囲のことは、自分でやるようにしています。

母親には世話になってばかりです。
少し重たい話になりますが、自分が薬とアルコールの大量服用で、意識不明の心肺停止状態になったときも、毎日お見舞いに来てくれました…
でも、その時、さすがに母親は老けてしまいました…なんだかほうれい線が深く刻まれてしまったというか…

あとになって言っていましたが、自分が亡くなったら、あとを追うつもりだったと言っていました…それだけ自分のことを大切に思ってくれていたみたいです…自分無しでは生きていけないと…

母親とは、どういった生き物なのでしょうか。
自分は子供を産むことすらできませんが、出産のときってどうだったのだろうとか、漠然と考えたりもしました。自分の産声を聞いたとき、やはりうれしかったのかなぁとか…

母は強しとはよく言ったものです。
兄貴のお嫁さんが、不妊治療をしたときも、莫大な費用を援助しました。
誇張なしに500万は、援助したと思います…
でも、お嫁さんは精神的に病んでいて、特に訳もあまりわからないんですが、母親のことを毛嫌いしているんですね。だから、母親は孫にもロクに会わせてもらってないです…

あれだけ莫大な費用を援助したのに、母親が不憫で仕方ありません…
お金を工面するために、保健も解約しました。とにかく身を削っていました…

その他にも、生活の面でも、とにかくたくさんのお金を、兄に援助しました。なのにロクに感謝の気持ちを兄やお嫁さんは、示してくれません…

お宮参りのときも、ほとんど孫を抱かせてくれなかったと、家に帰ってから泣いていました…恩に着せるつもりはないけれど、あんまりです…

今は母親と自分とネコの3人暮らしで良くやっていきたいものです。そして母親を少しでも安心させてあげたい、力になってあげたい、そんなことを思う今日この頃でした…

追伸
今日の一曲…Every Little Thing nostalgia


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