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時間が「ない」と感じるママさんは、モモに会いに行ってみてください。

もよ

日曜日。

私は毎週土曜日、夜勤のコンビニアルバイトをしているので、日曜日の午前中の数時間はねむる。

お昼頃に起きて、旦那さんと息子と適当にお昼ごはんを食べて、どこかに出かけるか公園にいくか、というのがだいたいの日曜日の過ごし方だ。

「今日もそんなかんじに過ごすんだろうな」

そう思いながら、日曜日の朝はねむりについた。そして数時間後、目覚めると家には誰もいなかった。


旦那さんからLINEがきていたので見てみると、息子と公園に行ってマクドでお昼ごはんを食べて夕方まで粘るとのこと。


粘る・・・(笑)


何はともあれ、予想外にポッカリと現れた1人時間。ごめんだけど、テンションがじわじわあがってくる。

「何しよっかな♪」と考えながら、1人でカリカリとフルーツグラノラを食べた。

ふとダイニングテーブルに目をやると、もうおそらく2週間近くもそこに置きっぱなしになっている「モモ」の本が目に入った。


ドラマ「30歳の少女」を見ていたときに、この物語の話がたびたび出てきた。私は妙にその物語を読みたくなってしまって、でも今すぐ買うほどでもなくて、図書館で予約をした。ドラマの影響か、10人くらい順番待ちをしている状態だったけれど、別に今すぐ読みたいという感じでもなかったので、気長に待つことにした。

そして、忘れた頃に順番が回ってきた。

もうドラマはとっくの昔に終わっていて熱は冷めてしまっていたし、私は今やらなきゃいけないことと、やりたいことだらけで、時間が足りない状態だ。

「だいぶ昔に見たドラマの中に出てきて気になった」だけのその物語を読む優先順位は限りなく最下位に近かったので、そのまま読まずに返却してしまおうと思っていた。


でも、もともとなかったであろう余白。

「せっかく借りたんだし、やっぱりモモを読もうかな。」

そんな気持ちになった。



読みはじめると、すぐに時間を忘れた。

ふと時計を見ると1時間たっていた。

その次時計を見るとまた1時間たっていた。

3分の2を読み終えた頃、息子と旦那さんが帰ってきた。帰ってきてすぐに思わず旦那さんに伝えた。

「おかげでモモを読めた。ほんとにありがとう。」

今私はこの物語を読まなければならなかったんだと思うほどに、モモは今私にとって最大のテーマであり課題である「時間」について大事なことを伝えてくれていた。





私は「物語」が大好きだった。

「だった」と過去形になっているのは、最近「物語」を読んでいなかったから。

貴重な時間。何の役にも立たない物語を読む時間があるのなら、もっと何か役に立つものを読んだ方がいい。何か役に立つことをやったほうがいい。無意識のうちにそんなことを思っていたような気がする。



モモを読んで、ドキッとした。


私は灰色の男に、時間を盗まれていたのかもしれない、と。


読みたいと思って借りた「モモ」を、しばらく読まなかったこともその証拠だ。



平日に息子が幼稚園に行っている間の約6時間。1時間が30分くらいに感じてしまうような感覚や、時間はたっぷりと「ある」はずなのに「ない」と思ってしまう感覚。

それに比べて、「自分のことは何もしない」と決めて過ごしている、息子とべったりの土日は時間がゆっくりと流れる。時間がたっぷり「ある」。十分すぎるほどに。


同じ「時間」なのに、この違いはなんなんだろう?と最近考えていたのだけれど、物語を通してモモが私にそれを教えにきてくれた。


モモの物語の言葉を借りれば、平日の私は、灰色の男に時間を奪われていた。

私の言葉で言うのなら、平日の私の頭の中は「未来の私」のことでいっぱいだった。「未来の私」のために時間を使っていたから、「今の私」は時間が「ない」と感じていた。



モモの物語の言葉を借りれば、土日の私は、モモのような子供=息子と過ごしていた。モモの近くにいると、なぜかみんな「本当の自分の気持ち」に気づく。なぜかみんな想像力が湧いてくる。なぜかみんな楽しい気持ちになる。

私の言葉で言うのなら、土日の私の頭の中は、今目の前で笑ったりしゃべったり遊んだり食べたりしている息子のことでいっぱいだった。そんな息子のそばで、私も笑ったりしゃべったり遊んだりする。

今息子が笑って、今私が笑う。
今息子がしゃべって、今私はそれに応える。
今息子が遊んでいて、今私もただ一緒に遊ぶ。
今息子が食べていて、今私もその横でただ食べる。

当たり前のことなんだけど、
土日の私はいつも「今」にいる。

「今の自分」がちゃんと「今」時間を使っているから、時間がたっぷり「ある」と感じる。


そのことに気づくだけできっと、
「私の時間」は戻ってきてくれるような気がした。


とはいっても、
平日の私のやることは何も変わらない。


明日の私も、きっとこうやって文章を書いたり、だれかに手を当てたり、本を読んだり、友達とおしゃべりしたりしているだろう。


でも「未来の私」のためにそれらをするのと、「今の私」のためにそれらをするのとではぜんぜんちがう。


私は「未来の私」が自分の本当に好きな仕事をしていてほしい。豊かであってほしい。仲間に恵まれていてほしい。

もちろんその気持ちは本当だけれど、その気持ちだけで今やることを決めるということは、時間を未来に預けてしまうことになる。


文章を書くのが楽しい。
だれかに手を当てる時間が心地よい。
読みたいなと思った本をただ読む。
一緒にいると楽しいから友達に会う。

それ以上に大切なことなんてないんだと、モモに教えてもらったような気がする。




息子が産まれてから、時間が「ない!」「ない!」「ない!」っていつも思っていた。

でも、よくよく考えてみると、
私にはたっぷりと時間がある。

そんな当たり前のことに気づいた。




「モモ」について、「時間」について、もっともっとここで語りたいのだけれど。

まだまだ「時間」については未熟な私。

やっと灰色の男に気づいた段階の私。

私が話すよりも、手っ取り早い方法があると思うので、これで終わりにしようと思う。


「時間がない」と感じているママさんがもしいるのなら、ぜひ「モモ」に会いに行ってみてください。

きっともれなく、時間がたっぷりと戻ってくるはず。

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もよ

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