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出来損ないの穴たち (B-side)

ドーナツが大好物な私は
栄養が偏るのも承知の上で
朝昼晩と三食ドーナツ生活を
もう何か月も続けていた

友達からは「よく飽きないね」と言われるけど
美味しいし腹持ちもいいし種類も豊富だし
なにより自分が満足なのだから仕方がない

小さい頃はドーナツは
たまにしか食べられないご褒美で
母が気まぐれに買って来るドーナツを見つけては
学校帰りの私は飛び跳ねて喜んだっけ

口の周りを汚しながらかぶりつく私に母は
「ちゃんと穴まで食べるのよ」
よくそう言われて怒られていたっけ

おそらくここまでドーナツが好きな人も珍しいだろう

「変わってるね」ともよく言われるけど
それが私の主食がドーナツだからなのか
私自身が変わっているのかはよくわからない

と言うのも友達と話が噛み合わない事もよくあって
私が見つけて来たバンドは誰の趣味とも合わず
可愛いと思って着た服も共感を得られなかったり
同じ映画を見ても感想が食い違ったりで
笑いのツボが違って一人で笑っていたりもする

友達が言うには、簡単に言うと私は天然らしいのだ
だからと言って人とズレているとは思わないけれど

「いつも人の見てない所を見てるよね」

と、誉めているのかどうなのか
まぁ悪い気分ではなけれど

今日も会社帰りにいつも行くドーナツ屋で
沢山のドーナツを買い込んで帰宅をした
たぶんこの店一番のお得意様に違いない

最近は仕事の方が忙しくなって来て
でも前はよくしていた簡単なミスも少なくなって
周りとの協調性も取れて来て
それが成長なのか慣れなのかはわからない

でも充実している反面
仕事以外の出来事に目を配れなくなっていた

ニュースも見ないし流行りもわからない
無難な服を着て聴き倒した曲を聴く
小さなコミュニティの中だけで生きている感じ

昼食を取る時間さえもあまり持てなくなっていて
ドーナツもゆっくりと味わう事も出来ずに
最近は牛乳やコーヒーで流し込んでいた

「ドーナツばかりでよく太らないよね」

確かにこれだけ食べていたら普通なら
お腹ぽっこりの体重増加一直線にもなりそうなのに
逆にへっこんで来ているような気もしていて
それは日に日に目立ち始めている気がして

その違和感は日に日に進み
何日かしたある日、朝目覚めると
おへそを囲んでお腹が円状に穴が開いていた

さすがに怖くなって仕事を休み病院へと行く

私のお腹を見るなり医者は
「これはドーナツ病だね」と病名を告げた

「何ですかそれ?」と思わず聞き返す
「ドーナツばかり食べてるでしょ?」
「はい、大好物なので」
「よく噛まないで食べてるでしょ?」
「はぁ、そうかもです」

「穴の部分もちゃんと食べないとこうなるんだよ」
医者は淡々とそう言ってカルテを書いた

ちなみに血液や血圧などなども見てもらったけど
健康には何ら問題は無いらしい

お風呂に入る前、鏡の前で裸で自分の姿を眺めた
おへそ当たりに直径20㎝ほどの穴が開いている
指を入れれば反対側へと通じている、不思議だ

確かに最近は穴までちゃんと食べていなかったけど
いやむしろ穴まで食べようと思う人はいるのか?

あ、いたか
「ちゃんと穴まで食べなさい」と

母が言っていた事は正しかったんだと
今になって思い知らされた

お腹に穴が開いていても
日常生活には別に影響は無くて
でもやっぱり見栄えは悪くて

もし今、そんな人なんて何年もいないけど
急に色恋沙汰の何かが起こったなら?
どんなに好きな人がいたとしても
目の前で服を脱ぐのに躊躇してしまうだろう

もらったお薬を飲みながら
そう言えばと、何年か前に一度訪れた事のある
郊外にあるドーナツ屋が頭によぎった

広い敷地の大きな駐車場
その真ん中にぽつんと建っている
チェーン店では無い自家製のお店

久しぶりに車を飛ばして
頭の地図を頼りにその場所へと行ってみる

車もあまり通らない大通りを曲がり暫くすると
見覚えのある看板が現れた
駐車場に入るとちょうど休憩時間なのか
裏口から店員が何人か外に出て談笑をしていた

「来れる人と来れない人がいるお店らしいよ」
前に一緒に来た友達はそう言ってたっけ

地図にもGPSにも写らないドーナツ屋
木造の重たい扉を開けて店に入る

私がわざわざ車を飛ばしてここに来たのは
他では売ってないドーナツを売っていたから

前に来た時は買う気さえ起きなかったけど
今はまさにそれだけを欲している

レジ横に並べられた小さな袋を手に取る
3つ入り90円を5つ買ってみた
空気だけで何も入っていないように見えた
袋には「ドーナツの穴だけ」と書かれていた

他にも美味しそうなドーナツも沢山あったけど
こんなお腹だしと我慢して車へと戻る

家に帰ってから食べようと思っていたけど
少し小腹が空いたのと、口が寂しかったのもあって
ひとつ袋から取り出して食べてみた

ほんのりと甘い味が口の中に広がって
その小さなひと粒で、少しお腹が膨れた気がした

穴を単体で食べたのは初めてだけど
ちゃんとドーナツの一部だったんだと知る

帰りの道は軽く渋滞していて
でも道は広く空は高く、のどかな景色の中に
行きには見えなかったお店や建物が
面白そうな雑貨屋や由緒のありそうな神社が
この辺りには沢山点在していて興味をそそられた

良い場所を見つけた
この辺をゆっくりと散策したいと思った
今日はもう陽が落ちかけていたから
今度誰かを連れてまた来ようと誓った

その時は穴だけじゃなくドーナツも沢山買おう
そしてこれからはしっかりとよく噛んで味わって

見えない穴までもちゃんと食べようと思う

カフェで書いたりもするのでコーヒー代とかネタ探しのお散歩費用にさせていただきますね。