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出来損ないの穴たち

ドーナツの穴を袋詰めするバイトを始めた

客からは見えないドーナツ屋の端っこで
出来立てのドーナツから穴の部分だけを
取っては詰めて、取っては詰めて
三つ入れたら袋をとじる、そんな仕事

12パックでワンケース、1パック90円
そんな単純作業は嫌いじゃなくて
それをしている時の自分は
何からも解き放されて無心になれた

店内に漂う甘い匂いも気にならず
お腹が空くのもどこへやら
先の見えない未来からも逃避が出来る

ひたすらに手だけは動いてはいるけど
脳はほぼ停止状態で
静かに流れるBGMだけがうっすらと聴こえた

何十個も何百個もそんな事をしていると
ごくたまに、いびつな、失敗したドーナツが
突如として回って来る事がある

目の検査みたいに穴に抜け道が開いていて
それを手に取るたびに思う

この場合、穴はもう穴とは呼べないのだから
これはもうドーナツとも穴とも呼べない何か
出来損ないの揚げパンでしかないのでは?と

周りが塞がっているからこその穴であって
穴に穴が開いていたらそれは
原型を留めていないただの隙間なんだ

例えるなら店内がドーナツで
今自分がいる厨房が穴だとしたなら
裏口の扉が開いている状態なのだろう
いや壁が無いくらいの外か中だかわからない場所
その方がわかりやすいかもしれない

だとしたらその場所は
ドーナツ屋なのかそうじゃないのか

なんて無心の中で手を動かしつつも
そんな答えの無い疑問だけが頭の中で駆け巡った

隙間から逃げた穴は
同じく外に出た仲間の穴と繋がって
新たなドーナツへと進化するのかもしれない

その場合、穴が外側の縁になっていて
中の穴の部分が揚げパンになるのだろうが
いや、もはやそれは小さな揚げパンか

ふと見ると裏口の扉が開いていて
誰かが開けっ放しにしたのか換気のためか
外の風が店内へと吹き込んで粉砂糖を飛ばした

同じ作業をしている数人のバイト仲間は
ひたすらに手を動かしていて気にもしてないようで
だから自分が扉を閉めに行く、
フリをして作業を中断して外に出た

裏の広い駐車場へと続くその先は
一歩出ると太陽の強い日差しに直射され
眩しくて目を細めると、同時に軽く眩暈がした

気づけばちょうど休憩時間だったようで
他のバイト仲間も数人出て来て同じように目を細め
いつもは会話などほとんどしないのに
挨拶からの天気の話、お互いの事もふんわりと
そして少し未来の事までも話していた

その中の一人が面白い事を言った

出来損ないのドーナツは存在しても
出来損ないのドーナツの穴は作れないよね

それを聞いてみんなで笑ったけど
誰もその言葉の意味は理解出来ていないと思う

ただみんなも自分と同じように
穴の事について考えるんだと知れて嬉しくなった

休憩時間が終わり仕事に戻って
またドーナツの穴を袋詰めしながら
各々でその答えを考えては模索した
その時間は十分すぎるくらいにある

店内に戻ると、慣れているはずなのに
甘い匂いに一気に襲われお腹の虫が鳴った

穴に逃げられた出来損ないドーナツをひとつ
まだ休憩時間だし、と言い張って急いで頬張ったら

むせてしまって咳が止まらなくなって
みんなに笑われて涙目になりながらも
笑う自分がいた

カフェで書いたりもするのでコーヒー代とかネタ探しのお散歩費用にさせていただきますね。