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【ショートショート】3兄弟と3姉妹

 4月最後の日曜日のうららかな昼下がり、花子、桃子、桜子の3姉妹は、それぞれ友達との約束に間に合わせるため、バタバタとせわしなく準備をしていた。3人が靴を履いているときに、玄関の上がりかまちの手前で仁王立ちした花子ママが言った。

「ちょっと、あなたたち、ママとパパは今日ディナーだから、夕ご飯は適当に食べてね」

「分かってるよ、行ってきまーす!」

 長女の花子が履き慣れないパンプスを気にしながら出て行った。

「行ってきまーす!」

 次女の桃子がボランティアのタスキを肩に引っかけながら出て行った。

「行ってきまーす!」

 三女の桜子が勉強道具がたんまり入った四角いリュックサックを背負いながら出て行った。

 水族館の前に立っている太郎を遠くから認めて、花子は気づかれないよう後ろにまわり、

「わっ!」

と背中を押して太郎を驚かせた。

「びっくりした〜」

 困ったように微笑む太郎を見て、こういう寛大で穏やかなところが好きなのよね、と花子は思い、慣れない新社会人生活のストレスが霧散していくような心地がした。

「行こっか」

「うん」

 太郎の腕を取ってチケット売り場へ向かった。

 桃子が駅前に着くと、同じボランティアのタスキをかけた学生たちがすでに集まっていた。大学の先輩が立ち上げた"若者の未来党"の駅前演説の手伝いである。遅れて加わった桃子に、

「桃子ちゃん、これ」

と言って、次郎が配布用のフライヤーの束を渡した。

「ありがとう」

 こうやっていつもおっちょこちょいの私のことをフォローしてくれる次郎くんが好き、と桃子はときめきを更新させた。

 桜子が図書館の閲覧室できょろきょろしていると、先に来て隣合った席を押さえていた三郎にこっちこっちと手招きされた。

「三郎くん、ありがとう」

「しっ! 静かに」

と、三郎は少し離れた席に座っているいかにも頑固そうな老人をあごで指し示した。2人は目と目で通じ合い、黙ったまま2、3度小さく頷いた桜子は、いつにも増して頼もしい三郎くん……相変わらずカッコいいな、と気持ちを新たにし、ともに高校での初めての試験勉強に取り組み始めた。

 水族館内をひと通り見て回った太郎と花子は、土産物コーナーに併設されたカフェでひと休みしていた。

「お土産をサクッと見たら、そろそろ始めよう」

 太郎の提案に、最後のタピオカをストローで吸い上げた花子が頷いて同意した。

 若者の未来党党首の演説が終わるのとほぼ同時に、次郎と花子はノルマのフライヤーを配り終えた。

「来週配る分を折りたたんでから、着手しようか」

「うん、そうしよう」

 フライヤーの枚数を数えながら、桃子は次郎の提案を受け入れた。

 勉強の息抜きに図書館の外に出て、空いているベンチを見つけた桜子が先に座ると、水筒のお茶をひと口飲んだ三郎が隣に腰かけた。いつもより距離が近く、腕も腿も触れ合っていた。桜子はドキッとしたが、離れたくなかったのは2人に共通していたようで、お互いに前を向いたまま動かなかった。こんなに近いと、鼓動って伝わるのかな……と桜子が疑問に思い始めたときに、

「あとひと頑張りしたら、取りかかろう」

 このままこうしていたいと思う桜子だったが、そうもいかないと分かっていたので、三郎の提案に力なく頷き、渋々同意した。

 7時5分前、花子ママはひとりでレストランに来て、窓際の予約席に案内された。この地域では1番高いビルの最上階で、夜景が売りの店である。

「あら、花子ちゃんママじゃない!」

 隣のテーブルには太郎ママがひとりで座っていた。

「太郎くんママ! 偶然ね」

「太郎に勧められて来てみたの」

「まあ、私も花子から勧められたのよ」

 そのとき、仲間と海釣りに行っていた太郎パパが「悪りぃ、悪りぃ」と言いながら右からやってきた。続いて、接待ゴルフに行っていた花子パパが「すまん、すまん」と言いながら左からやってきた。
 4人は食事を堪能し、食後酒を楽しんでいるときに、太郎ママの携帯がピロンと鳴った。

「あら、太郎からだわ。『窓の外を見て』ですって」

 続けて花子ママの携帯もピロンと鳴った。

「花子から『窓の外を見て』って来たわ』

 4人同時に夜景に目を移すと、水族館の方からパーンと花火が上がり、夜空に「結婚」の文字が光った。続いて駅の方から上がった花火は「25周年」、さらに図書館の上空には「おめでとう」の文字が踊った。

「まあ……!」

 太郎ママと花子ママが感動に打ち震えていると、

「パパ、ママ」

と窓の逆側から声がかけられた。そこには太郎と花子、次郎と桃子、三郎と桜子が並んで立っていた。

「結婚25周年おめでとう!」

 6人の子どもたちは声を合わせて言った。

「あなたたち……」

「この花火、全てあなたたちが?」

 皆はうんうんと目を輝かせて頷いた。母親2人の目からは涙があふれた。

「ありがとう、最高の記念日だわ」

「お互いに結婚して25年目なのね。知らなかったわ」

 太郎ママと花子ママは2人の夫越しに泣き顔を見合っておかしくなった。

「それと」

 太郎が切り出した。

「僕たち、結婚します」

 花子が隣でもじもじしながら、左手の薬指にはめた指輪を皆に見せた。

「まあ! 素敵」

「僕たちは婚約しました」

と次郎が言いながら、桃子の手を握った。

「僕たちは付き合うことになりました」

 三郎はそう言って桜子の肩に手を回した。桜子の頬が薄紅色に染まった。

「許すわよね? パパ」

 花子ママの言葉に、花子パパがこくんと頷いた。

「認めるわよね? パパ」

 太郎ママの呼びかけに、太郎パパもこくんと頷いた。子どもたちの顔に笑顔の花が咲いた。

「みんな幸せになってね」

「私たちもまだまだこれからよ。みんなで幸せになりましょうよ!」

「花子ちゃんママ、末永くよろしくね」

「太郎くんママ、こちらこそよろしくね」

 5組のカップルに乾杯。

(了)


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