【ショートショート】増設階段
卒業式の1週間前に、高校の校舎の西側に階段が増設された。もの珍しさに学校中から生徒が押しよせ、意味もなく上下運動をくり広げる。
卒業を間近に控える美波も例外ではない。運の良いことに美波の教室から階段はすぐ隣なので、休み時間になると仲の良いクラスメイトたちに誘われて、ピストンの一部となるべく足を運ぶ。普段はノリの悪い美波だったが、受験が終わってから急に学校に対する愛着がわき、このような誘いを「まあ、いっか」と受けてしまう自分の変化は驚くほどだ。
混み合う階段は夏祭りでにぎわう神社の境内さながらである。こんなに知らない顔がいるんだ……私、今まで学校で何を見てきたんだろう……あ、結衣と同じ弓道部の後輩の雅くんだ。久しぶりに見た。相変わらずカッコいいな……。すれ違いざま、2人の目が合った。
卒業式前日、美波が所属している園芸委員最後の仕事は、明日届く花をのせる台を会場に運び込む手伝いだった。設営が終わり、教室に置いてある荷物を取って、帰るために例の階段を降りていると、後ろから声をかけられた。
「美波」
「秀弥くん」
秀弥は2年のときのクラスメイトだ。窓から差し込む夕日に照らされたその姿に、校庭の隅の花壇の手入れ中、同じような光の中で秀弥がサッカーボールを追いかける姿を見つめていたときのことを思い出して、胸がキュッと鳴った。秀弥は美波のとろこまでかけ足で降りてきた。
「なあ、卒業間近にこんな新しい階段ができて、何年かたったら覚えてると思う?」
「うーん、どうだろう……ここで何か印象的なことが起これば、忘れないんじゃないかな」
「じゃあ、思い出作らせて」
秀弥は美波に近づき、いきなり唇を奪った。
「好きだよ、美波」
とささやいて、その場で動けなくなった美波を置いて行ってしまった。
「私も……好き」
次の日、涙なみだの卒業式が終わり、教室での担任との別れも済んでから、生徒たちは他のクラスに入ったり出たりして、写真を撮り合いながらわいわい騒いでいた。美波も教室を出ると、階段の踊り場に雅がいることに気がついた。あれ? 雅くんだ。何やってるんだろう……
「美波、こっち来て!」
言われるままに隣の教室に入り、皆と写真を撮った。自分のクラスに戻ろうとすると、雅がまだ同じ場所にいた。また目が合ったが、そのまま教室に入った。帰り支度を整えて廊下に出ると、まだ雅がいる。あれ? もしかして、私、見られてる……? 雅から送られる熱い視線が自分をとらえているのかもしれないと気づいたとき、驚きとともに思考の一切を奪われて、互いから目を離せない永遠とも思える数秒間……
「美波、帰ろう」
結衣の声にぱっと振り返った。
「あ、うん。帰ろう」
と答えながら雅へ視線を戻すと、そこにはもう雅の姿はなかった。
「あれ? 結衣、さっきまで階段のところに雅くんがいなかった?」
「いや、見てないけど。今日は他の学年はお休みのはずだよ。っていうか、階段って何? こっちに階段なんてないじゃん」
「え?」
美波が再び階段の方へ目を向けると、さっきまであったはずの踊り場と階段が消えていた。
「うそ、信じられない……結衣、ちょっと待ってて!」
美波は向こうの方で廊下を歩いている秀弥を見つけ、走っていって声をかけた。
「ねえ、秀弥くん、私たち昨日、階段でお話したよね?」
「え? 何を」
「ほ、ほら、あの〜、思い出作りについて? みたいな……」
美波は赤面しながらしどろもどろに言った。
「えーっと……ごめん美波、俺たち昨日どっかで会ったっけ? 覚えてねえんだけど」
美波の目をのぞきこんで真摯に答える秀弥が嘘を言っているとは思えなかった。本当に何も覚えていないのだ。そもそも昨日の出来事は存在しない……? 階段の消失とともに、美波の恋も消え去った。
(了)
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