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脳内フィクション

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頭の中に数多く思い浮かんだ「小説ほど長くないけどちょっとしたお話」を紹介していきます。 ちなみに全てフィクションです。 面白いかもしれないし面白くないかもしれないけど 読んでいた… もっと読む
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記事一覧

砕いてしまえ、サクサクと。

誰が悪いを決めつけるのは、第三者の仕事ではないだろうか。私は彼を見ていて、そう思った。

中峰君は今勤めている広告会社で新卒入社の頃からの同期で、私たちと同期の社員は誰も残っていない。うちの会社が特別ブラックというわけではなく、私と中峰君が10年を超える古株になっているだけだ。でも私は、今彼の置かれている環境がブラックと化しているように見えてならない。

「水野さん、聞きました?中峰さんまたミスし

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先生、僕たちは。

道徳の授業というのは、何の為になるのか分からなかった。4年生の夏、少し成長期を迎えた僕は時間割を見る度に毎週水曜日の4時間目「道徳」の文字の必要性を考えていた。別に道徳の授業を受けたところで頭が良くなるわけでも、身体が鍛えられるわけでも無い。僕の周りには塾に通っている友達も多く、中学受験を考えている子もいてそういう意見は多かった。そんな疑問を抱えていたある日、先生がこの間教室の後ろに「目安箱」とい

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ティファニーブルーはやめておきなさい

「ママ、ママ。この紙袋、いっぱいあるの、なんで?」

妃美子は娘の紗南の声に手を止めた。振り返ると、瞳を輝かせて紙袋の山を漁っている。妃美子が溜めに溜めたハイブランドのショップバッグだ。何に使うでもないけれど、1つ何かを購入する度に大切にしまっていたらクローゼットの隅に収まらなくなり、いくつか処分しようと出しておいた山だ。紗南はその中からティファニーのショップバッグを束で出していた。

「これ、な

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雨の中、屋根の外

頭が痛いと感じた数分後には、雨の音が聞こえた。低気圧に弱くて得をした人間がこの世に1人でもいるのだろうかと洋子は考えた。経理事務という仕事はこういう時に相性が悪い。頭痛と数字なんて一番組み合わせてはいけないものだろう。

「足立先輩、頭痛大丈夫ですか?薬ありますよ」

後輩の吉沢みくに声を掛けられて我に返る。天然で仕事は決して早くないが、ひとつひとつ丁寧にこなし、周りへの気配りも出来るみくは、社内

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文月、黄昏。

梅雨のうざったい湿度を帯びた空気を全身に纏いながら隆弘が仕事帰りに商店街を歩いていると、七夕の飾りつけをしていた。生まれてから26年間この街に住んでいる隆弘と顔なじみのおじさん達が汗を流しながら大きな笹を固定している。

「おぉ、古賀さんちのぼっちゃんじゃねぇか」
「なんだ隆弘君、仕事帰りか」
「隆弘、手伝っていけよ、お菓子やるから」

とっくにこの街を出て上京した同級生の父親たちに次々と声を掛け

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僕の左のアイデンティティ

どうしてうちの息子がこんな目にと泣いていた両親も、3日も過ぎると周りと同じことを言った。

見舞いに来た親戚も、学校の友達も、彼女も

皆が同じことを言った。

事故に遭って意識を失っていたけれど、逆に言うと事故の瞬間まではしっかりと覚えている。高校から2駅のところで電車を降りて、そこから徒歩5分の帰り道に事故に遭った。白い乗用車が僕に向かってきて、咄嗟に逃げようとしたけれど間に合わず、左腕の肘か

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レ点の前みたいに

ショーケースの前で、2人の女の子が楽しそうに次々とケーキを選んでいく。

「うち、チョコのやつがいい!」

黒髪のボブヘアで活発そうな方が元気よく言う。もう1人は茶髪のロングヘアで、いかにも「女の子」な雰囲気だ。

「私はモンブラン!先輩もモンブラン好きって言ってたから、2個かな」

「舞子は絶対フルーツ乗ってるやつにしないとね」

何の集まりをするのかは知らないが、お互いのケーキの好みを把握して

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ケーキを食べればいいじゃない。

土曜日の朝、始発で帰宅した私は世界中を嫌ってしまいそうなほど疲弊していた。

全ての原因は昨日の金曜日にある。恋人の裕也と食事の約束をしていたので、定時で上がれるように上手く計画して仕事を片付けていた私に、16時50分に上司の羽成さんが仕事を持ってきた。

「舞子ちゃん、この資料悪いんだけど、修正書いてあるところ直して先方にメールしておいてもらえる?」

羽成さんは他の社員が近くにいない時、私のこ

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ちっぽけで贅沢なフルコース

帰宅した頃、僕はひどく疲れていた。今日はランチを食べる時間がなく、ビスケット2枚で済ませてしまった。疲労と同じ割合で空腹も感じていた。スーパーもとっくに閉店していて、食材の買い出しもままならない時間帯だ。自宅の最寄のコンビニに寄ってみたけれど、夜の納品前で弁当もほとんど置いていなかった。仕方なくビールと炭酸水だけを買って、ぬるくなってしまわないうちになんとか帰宅できたというわけだ。

数年暮らして

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傘とサンセット

18時を過ぎ、いつもなら空が赤く染まる頃、会社を出るとひどく曇っていた。SF映画だと、何かが起きる直前だ。浩太は公開日をかなり過ぎて最近初めてDVDで観た映画を思い出していた。
「天気、やばいっすね。」
一緒に出てきた後輩の仁志が言う。彼のボキャブラリーに浩太は時々ため息が出そうになる。"やばい"と"マジで"を多用する仁志は26歳だが、見た目はどこからみても大学生だ。年齢だけが前に出すぎたのだろう

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ちゃんとさよならして

インクを刷り込む音が一定のテンポで流れていく。職員室のコピー機は調子が悪くて、1枚印刷するのに1分くらいかかってしまうらしい。そのリズムはだんだんと僕の身体に入り込み、僕は慣れ、そして目を閉じた。思い出すのは、あの何もない、ただ白いだけの寂しい世界だ。

狂ってしまいそうになる、エタノールの臭い。エタノールという言葉は、最近覚えた。今まではずっと、病院の臭いだった。3人で、怒られるまで夜更かしして

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痛みと寒気と、そして熱。

解熱剤が切れ始めると、次第に寂しくなった。
軋むような痛みが関節を刺激し、こんなにも厚着をしているのにどうしようもなく寒い。
それなのに顔周りだけはボーっと熱を帯びている。
痛みと寒さと熱を同時に感じた時、私は自分の無力さや孤独さに寂しさを覚える。
処方された解熱剤は、今となっては薬局でも手に入る大衆的なものだ。
しかし薬剤師がいないと購入できない。便利なのか不便なのか曖昧なところだ。
そしてそれ

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ぶどうを描くなら

母は、真剣な表情でクレヨンを走らせる次女に訊ねる。
「何を描いているの?」
次女は母の方を向かず、クレヨンを走らせながら答える。
「ぶどうだよ。昨日の夜、食べたでしょう。」
5歳になった次女は、昨夜初めてぶどうを食べた。小粒のぶどうを一生懸命剥いて何粒も食べていた。そのまま食べて皮だけ吐き出すのだと長女が説明しても、目をキラキラさせてぶどうを剥いていた。
「そうね、美味しかったね。」
母は歩み寄っ

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