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「Excelごときで心折れないでください」という言葉を飲み込んだ就労移行支援のリアル(投げ銭・無料で読めます)

失われた20年、ロスジェネ世代、就職氷河期、非正規雇用。

わたしの世代とセットで表現されるキーワードである。無論、明るい意味では無い。暗く塗炭の意味を持つ。

こられは、戦後の奇跡的な復興、高度経済成長、バブル景気と幾多の経済的成長の結果である繁栄の終焉を意味し、総中流階層の崩壊、格差拡大と貧困化、社会保障の破綻などとセットで語られる。

語る側は常に上から視点で饒舌で、語られる側は声すらあげずにもがいている。

「Excel、早くてスゴいっすね」

『今はスキャニングで一発すよ』

Excelデータ入力の訓練プログラムの時に不意に声をかけられ、わたしは恐縮したつもりだった。OCRを使えば、と言おうとしたが、意味が分からないだろうと咄嗟に思いスキャニングと言い換えた。おそらく意図は伝わらなかった。

その2週間前。

わたしは、見学体験に来た同じ世代であろう体格の良い訓練生に軽作業を教えるのが与えられた課題だった。

リワークや就労移行支援では軽作業のプログラムが必ず存在する。木工作業や封入のような純然たる手を使った軽作業や、パソコンを使用する軽作業。リハビリやチームでの動きに慣れるなど、病症や障害特性に合わせた課題が課せられる。

結果、時間内に軽作業の手順を伝える課題はまったく達成出来なかった。

見学体験の彼はほとんどパソコンを使用したことがなく、それこそダブルクリックとシングルクリックの違いから教える必要があった。右クリックからのメニュー、ファイルが置かれているフォルダまでたどり着くやり方。作業以前だった。

彼はWindowsを、いや、パソコン自体を仕事で使ったことが無いのだ。大学を出て20年も、だ。

新卒で入った会社を1年で辞めた彼は、アルバイトを転々としてきた。彼曰く、肉体ワーカー。実態は軽労働のアルバイト。イオンになる前のジャスコでアルバイトしたことがあると話していた。

「マスの中で、こう、2行にするには」
「半角と全角を、どう切り替えますか」

彼は時折質問をしてきた。
子どもや若者のような屈託さは無い。

話を2週間後に戻す。

「誰にも聞かずに自分の力で取り組みましたが、自分の出来なさに心折れました。パソコンは苦手意識が…強過ぎます…」

Excelデータ入力のプログラムの振り返りで彼は白旗をあげたように、諦めたように、訓練生や支援員の前で話した。自己嫌悪、自信喪失、就労出来るかの不安、それらが滲み出ていた。

『Excelごときに心折れないでください』

わたしは、脊髄反射的に口から出そうになった言葉を飲み込んだ。

たかがExcelである。Excelごときである。
ハサミやドライバーのような道具に過ぎない。
インターネットで検索すれば優しく使い方を教えてくれるサイトがゴマンとある。悩む類ではない。

彼はパソコンに心折れたのではない。
パソコンを使う仕事、つまり正規雇用なら当たり前のことを経験してこなかった境遇を直視して心折れたのだ。

就職氷河期世代は正規雇用から外れると、正規雇用に戻るのは簡単ではない。そもそも、失策による不景気で初めから非正規雇用という人たちも多い。そして、この国では、正規雇用と非正規雇用の違いはあらゆる面で非情である。

賃金。
スキル。
安定。
社会的地位。
預貯金。
結婚。
出産と育児。

双方の差は、もはや階級が違うと言わざるを得ない状況にある。知能労働、頭脳労働は正規雇用の既得権になった。非正規雇用は貧困層に近い人たちを増やした。

貧困は心を壊す。

誰にも実感の無い、国が言う景気上昇期に、当時の自民党政権は就職氷河期世代の雇用を増やすと大風呂敷を広げた。それに呼応して自治体や省庁では就職氷河期世代の中途採用を実施した。

応募者が殺到し倍率はどこも2桁から3桁と報道された。

非情が可視化されただけだった。

敢えて厳しく表現する。
パソコンも使えない中年を雇いたい企業があるか?
スキルも知識もない中年を雇いたい企業があるか?

無いであろう。

加えて精神疾患や精神障害を抱えている中年だ。

絶望的だ。

この国は、大量にこのような中年を量産した。
就職氷河期世代の非正規雇用は400万人を超える。

この国のフツーの人は、少しでもフツーでない人たちを区別し、フツーの既得権を恥ずかしいまでに拡大解釈して、フツーでない人々を貶めた。結果、近い将来、増税と社会保障負担増でフツーの人もフツーから蹴落されるのも知らずに。

訓練所で、わたしと同世代の彼はパソコンを使用しない作業やプログラムしか取り組まないようになった。その先には、また軽作業のアルバイトのような仕事しか行き先が無いという現実を達観して悟っているかのように。

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