見出し画像

【1-①】名もなき魔法が世界をかえる

 昔々あるところに、それはそれは大層立派な国がありました。国の名を『アンデルセン』。
 その名を知らぬ者はいない――。

 大国アンデルセンには三人の王子がいた。眉目秀麗、センスも抜群、文句のつけようがない完璧長男と、頭は足りないが見た目だけはパーフェクト、黙っていればいい男の次男。そして……
「あ、いた」
「『いた』、じゃねーよ! どんだけ待たせんだよ! 王子だぞオレは!」
 リュックを背負ったネコの足元で憤慨する小さなカエルこそ、この国の第三王子だ。
「ごめんなさ~い」
 およそ謝る気の感じられないネコの謝罪に、王子は更にイラッとした。
 ただでさえ不機嫌だと言うのに、ネコは呑気にリュックをガサゴソ。
 取りだしたのは一冊のノート。表紙には『旅のしおり』と書かれている。
「お后様から色々持たされちゃって。ホント親バカ」
「人の親をバカ呼ばわりするんじゃねえよ」
「それより見て見て、長靴ブーツもらっちゃった!」
 と、ネコは自分の足元を指さした。アンデルセンのマークが入った新品の革製ブーツだ。
「ああそう、良かったな。出発すんぞ」
「見てくれたっていいジャン! ケチンボ!」
 かくして、カエルの王子と長靴をはいたネコの旅が始まった。

「良い天気だね、王子様」
 城を出てからしばらく、ネコは前を歩く王子にニコニコと声をかけた。しかし、カエルの王子は仏頂面で無言のまま。
「ンフ、ポカポカお散歩日和」
「バーカ、なにがお散歩日和だ」
 カエルの王子は更に不機嫌そうな顔をした。
オレを愛してくれる奇特なハニーを見つけないといけない死出の旅なんだぞ。行って戻ってくる散歩とは訳が違うんじゃ、ボケが」
「反論できにゃい……。でもほら、世界は広いんだし、一人くらい――って、王子!」
「疲れた」
 地面に寝そべり鼻をほじるその姿は、まかり間違っても一国の王子とは思えない。いや、思いたくない。
「人気投票ワースト1なのも頷けるよね」
「おい」

 事の始まりは数日前。いつもと変わらない日常だった。人々は柔らかな日差しのもと、それぞれの仕事をこなしつつの~んびり過ごしていた。が、その時、轟く雷鳴と共に一つの閃光が空を引き裂いた。
 緑に波打つ不気味な光が空を覆うと、瞬く間に彼らの体を変化させた。
 あるものは動物に、あるものは怪物に、あるものは混沌の眠りに――。
 こうして世界は魔法にかけられた……のだった。

 大国アンデルセンも例外ではなく、城の外にいた第三王子はこの奇妙な光をもろに浴び、カエルの姿となってしまった。
 王はすぐさま宰相と相談し、ある高名な魔法使いを呼び寄せた。しかし、魔法使いはこう言った。
「私がかけた魔法ではないから、王子を元に戻す事はできない」――と。
 これのどこが高名なのか。周りにいた誰もがそう思ったであろう。
 両手で顔を覆う后は、
「では、どうすれば息子は元の姿に戻るのです」
 と、涙声で魔法使いに尋ねた。
 魔法使いは静かに答えた。
「魔法で王子を元の姿に『変える』事はできますが、それは魔法を二重にかける事になります。元に戻るわけではない。おまけに、現時点での姿のまま成長する事になる。つまり、見た目が変わらないという事です。極端に言えば、年齢は100歳なのに外見だけは20代のまま、という事になります」
「え、めっちゃいいじゃん」
 第三王子が話の腰を折る。
「不老になるって事だろ? むしろ大歓迎だわ」
 と、魔法をかけてくれと言わんばかりに万歳した。
「それでも構わないと言うのであれば、そうしましょう? ですが、魔法の二重がけはあまり良い方法とは私には思えません。その場しのぎで現状を元に戻そうとしたところで、後でひずみが生まれる。心身に余計な負荷をかける事になる。それに、あの緑の光が何なのか解明されない内は、どのような副作用があるかも分からないのです」
「副作用? 魔法にそんなもんあんのかよ」
 王子の質問に魔法使いは短く「はい」と答えた。
「薬と同じです。副作用のない薬などこの世にはない。魔法もまた然り。それに、今の王子は緑色――青と黄色が混ざってしまって、元の二色に戻すのは困難な状態。その上、更に魔法をかける事はすなわち、訳の分からない色になってしまう可能性があるという事です」
「……」
 王子も、王と后もその場にいた誰もが言葉を失った。

「ご理解いただけましたでしょうか」
「では、どうすれば!?」
 后が叫ぶ。
「王子を愛する者が現れれば、あるいは……。どんな魔法も、どんな呪いも、愛の前には無力となりますから」
 と、これを聞いた王子は
「つまり、オレを愛してくれるハニーを見つければいいんだな! 超☆ 楽☆ 勝☆」
 自信満々だった。
 魔法使いは半ば呆れながらも、一匹のネコを差し出した。
 魔法使いの元でお手伝いとして暮らしていた、ほんの子供の魔法猫マジックニャンコだ。
「ぼくカラバ。毛玉吐くけどよろしくね王子様」
 礼儀もへったくれもない猫だった。

 城を後にしてどれくらい経っただろうか。振り返れば、木々の天辺から城の屋根がのぞいている。そのくらいには進んだ。小さな歩幅で随分と歩いた。……カラバが。
 カエルの王子は早々に歩き疲れたと言って、カラバの頭上に移動したのだ。
「――それにしてもあれだね」
「ああ?」
「城から出て大分経つけど、全然人に会わないね」
「まあな~」
「ほんとに大国なの?」
「ケンカ売ってんのか。――ここら辺はまだ城の敷地内なの。民間人が許可なく入っちゃいけないんだよ。このまま真っ直ぐ降りていけばデッカイ門があるから、そこを通り抜ければイヤでも人間様にお会いできるっつーの」
「ふ~ん……ん?」
 と、カラバはピタッと足を止めた。
「なんだよ、急に止まって」
「静かに」
 神経質そうに耳をピクピクとさせる。
「ん~、どこからか声が聞こえるような……」
「――ッチコッチ!」
「ん~~?」
「コッチだってば!!」
「! 下だ!」
 と、地面に顔を向けるが……
「あれ~?」
「誰もいねえじゃん」
「おかしいな、確かに声が――ンギャァ!!」
「!?」
 いきなり飛び上がるカラバに王子は驚いた。
「なんだよ急に!?」
「うしろよ、おバカ!」
「ああ? ――あ」
 王子の目に飛び込んできたのは、カラバの尻尾を両手で掴む、小さな小さな女の子だった。

「まったく、どこに目ぇつけてんのかしら」
 身長は何センチだろうか。大人の手の平に収まるほど本当に小さな少女だ。
 ぱっちりとした丸い目と、ふっくらとした柔らかそうな頬。腰まで届くウェーブのかかったブロンドの髪は、太陽の光を受けると所々ピンクに輝いて見えるのだ。
「はわぁ、ちっちゃ~い」
「めんこ~い❤」
 その愛らしさに、ひねくれものの王子もデレデレのご様子。
「あんたらねぇ! どういう神経してんの!?」
 少女は王子とカラバを見上げ、指を差した。
「こ~んな可愛い子が声かけてんのよ? 気づかないなんてありえないんですけど!」
「……可愛いけど、高飛車タカビーだな」
「タカミー?」
 王子の言葉に、カラバは首をかしげた。


つづく

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?