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論文紹介 戦争において国家は敵国とどのように外交を進めるのか?

戦争は他の手段をもって行われる政治的交渉の継続であるといわれていますが、実際に交戦国がどのような交渉を行っているのかを体系的に調査することは難しい状況が続いてきました。戦時中の交渉行動は興味深い研究テーマであり、理論的な分析は行われてきましたが、実証的な分析を進めるためのデータが欠けていました。

Eric Min氏の「戦いながらも、話し続ける:戦時交渉の役割を理解する(Talking While Fighting: Understanding the Role of Wartime Negotiation)」(2020)は戦時中の外交交渉の実態をデータ分析で明らかにしようとしている意欲的な研究であり、戦争を交渉モデルで捉える研究に新しい可能性を示しています。

Min, E. (2020). Talking while fighting: Understanding the role of wartime negotiation. International Organization, 74(3), 610-632.

著者は1816年から現代にかけて発生した世界各地の戦争を調査の対象とし、それぞれの戦争でどのような交渉が行われていたのかを日次でコード化し、データセットを構築しました。コーディングに関して詳細を説明することはひかえますが、この種の研究で難しいのは情報源を揃える方法です。著者は355点の情報源を用いて、交渉の背景、日付、出来事を調べ上げています。情報源は英語に限定されていますが、定期刊行物としてNew York Times、AP通信などのメディアが含まれています。

戦争の最中に交渉を行う場合、その時期や期間をどのように設定すべきかが外交上の課題となりますが、著者の分析によれば大部分の戦争では交渉を行う回数は2回から3回程度であり、交渉に費やす期間は長くても3週間というのが一般的であるようです。戦争における交渉は敵対行為を素早く終結させる活動であり、戦争の全期間を通じて実施されるのが当たり前であるという見方は著者の分析で裏付けられません。

この研究で示された分析結果は他にも多岐にわたりますが、特に興味深いのは、戦時下における交戦国の交渉行動のパターンが第二次世界大戦が終結する1945年の前後で変化しているという点です。著者は全部で92件の戦争を取り上げましたが、1945年より後に起きた戦争では、交戦国が交渉を実施する頻度が高まっています。ただし、具体的な合意形成に繋がるとは限らず、むしろ戦争の終結との関連性が低くなっていく傾向が見出されています。データからは、1945年を境に交戦国は外交的に見れば非効率な交渉を好むようになったといえるでしょう。著者は、1945年に国際連合が設立されるなど、国際紛争の平和的解決を促進する制度が整えられたことや、核兵器が開発されたことによって、戦争を全面戦争にエスカレートさせることを注意深く避けるようになったことが要因として関連しているのではないかと考察しています。

また、平和と安定を求める国際社会からの圧力のために、戦争の当事国は交渉のための交渉を行うことを強いられるという事情についても論じています。1982年にフォークランド紛争が勃発したとき、フォークランド諸島を占領したアルゼンチンと、この領土を奪回しようとするイギリスが軍事的に対決する事態になりました。このとき、国際連合の安全保障理事会は敵対行為の即時停止を求める決議を可決し、アメリカの国務長官がアルゼンチンとイギリスを往復し、積極的に和平の仲介を試みたことがあります。この動きにペルー大統領や国連事務総長も同調し、まだ戦闘が続いていた5月5日から両国の間で交渉に応じることで合意が成立しています。著者が引用しているイギリス首相マーガレット・サッチャーの回顧録では、このときの外交状況に関して「交渉のための交渉を行うように、ほとんど耐え難い圧力を受けていた」と述べており、いかに国際社会の圧力が強いものであったのかが伺われます。結局、戦闘はイギリス軍がアルゼンチン軍からフォークランド諸島を奪回する6月13日まで続き、6月15日に現地の司令官が独断で降伏したことによって終戦を迎えました。これは戦争の当事国が国際社会の圧力に押される形で、実質的な効果を伴わない交渉を続けた事例と見なすことができるでしょう。

この研究は、国家の指導者が戦争を遂行する際に、外交的手段を軍事的手段と総合して運用する方法を考察する上で参考になるものだと思います。個人的に興味深いのは、調査の対象期間となった19世紀から1945年にかけて、戦時における外交交渉のレベルが低くなっていくトレンドがあったにもかかわらず、1945年以降に一点して外交交渉のレベルが高くなっていくトレンドに変わったという点です。これは調査対象の時期をさらに長くすることで変化するかもしれません。また著者は英語の情報源に頼っているため、特に非ヨーロッパ地域の戦争の事例が十分に考慮されていないという傾向も著者自身認めています。こうした点を今後の研究で改善すれば、戦争における外交交渉の特性への理解をさらに深めることができるでしょう。

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