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論文紹介 敵国の首都を占領すれば、戦争を終わらせることができるのか?

19世紀のプロイセン軍人カール・フォン・クラウゼヴィッツは、敵の勢力の根源を「重心」と呼び、これに決定的な打撃を加えることが戦略的な成功を収める上で非常に優位に立てると考えていました(軍事学の世界で重心は何を意味する用語なのか?)。それ以来、軍事学の文献では、重心という概念の解釈をめぐってさまざまな議論が繰り広げられましたが、それを打撃することが有効である理由は十分に説明されないままでした。

しかし、近年の研究でクラウゼヴィッツが論じた重心に対する理解は大きく前進しました。特にQuackenbush(2016)はクラウゼヴィッツの重心概念の妥当性を実証的に検証し、重心を打撃することが戦略的優位に直結することを説明した研究成果として価値があります。

Quackenbush, S. L. (2016). Centers of gravity and war outcomes. Conflict Management and Peace Science, 33(4), 361-380. https://doi.org/10.1177/0738894215570430

まず、著者はクラウゼヴィッツの理論における重心が何を意味しているのかを確認するところから議論を始めています。クラウゼヴィッツは戦争において成功を収めるためには、軍隊の運用では兵力の集中を何よりも重視すべきであり、その際の目標として重心を判断すべきと論じています。重心の判断では、以下の3つの考慮事項が重要とされています。

(1)状況から見て重要であれば、敵の軍を撃滅すること、(2)敵国の政治的、経済的、社会的な中心である首都を奪取すること、あるいは(3)敵国がより強大な同盟国に依存しているならば、その同盟国に打撃を加えること、です。クラウゼヴィッツの議論では、敵の重心がどこにあるかについては状況によるところが大きいとされていましたが、基本的に軍、首都、同盟国という3つのパターンを想定していたことは確認できます。

著者は、現代の研究成果と照らし合わせても、クラウゼヴィッツが首都の奪取によって優位に立てると考えていたことには十分な根拠があると考えています。首都にはその国の政治、経済の機能が集約されており、それを敵に奪われることの心理的な衝撃は非常に大きなものになります。味方が自国の首都を速やかに奪回できず、また別の場所に政府を移動させることにも失敗し、来援の見込みもないとすれば、戦争を継続しても優劣を逆転させることができないと予測するでしょう。

別の重心に関する議論でも著者はある程度の妥当性があると考えています。クラウゼヴィッツが論じている軍隊の撃滅とは、その軍隊が二度と有効な戦闘力を発揮することができなくなることを意味しています。著者は敵の軍隊の総兵力に占める死傷者の割合が増加すれば、敵は戦争の継続を断念し、勝利を収める公算が高まるでしょう。また、同盟国の軍に打撃を加えることは、来援の期待を低下させるため、やはり利用できる戦闘力は減少します。ただ、これらの点に関して著者はクラウゼヴィッツとは異なる見解も打ち出しています。例えば、クラウゼヴィッツは最も強大な同盟国を重心と考えましたが、著者はあらゆる同盟国を排除すればするほど、勝利の公算は高まるはずだと説明しています。

著者は、重心概念を踏まえた兵力の運用が戦略的な成功にどれほど寄与しているのかを統計的に調べました。分析では1816年から2007年までの歴史上の戦争を網羅したCorrelates of Warが提供するデータセットを使っています。要因として注目しているのは、敵の首都を奪取しているかどうか、敵軍を撃滅しているかどうかです。その影響として注目しているのは戦争の結果が引分け、敗北に終わる公算は減少しているのか、反対に勝利に終わる公算が増加しているのかどうかです。

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