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平和を回復する戦略を考察した『すべての戦争は終わらなければならない』の紹介

戦争を終わらせることは、始めることよりもはるかに難しい仕事です。交戦国の間で繰り広げられる軍事的衝突は、多大な犠牲を出しながら、次第にエスカレートする傾向があり、周辺諸国を巻き込む大規模な戦争へ移行することもあります。もし核保有国が参戦すれば、世界は核戦争の危険に晒されることになるため、戦争を早期に終結させる戦略を研究することは重要な課題の一つであり続けてきました。

核戦略の専門家であるフレッド・イクレ(Fred Iklé)の小著である『すべての戦争は終わらなければならない(Every War Must End)』は、開戦した後でいかに終戦を実現すべきかを研究した成果であり、初版は1971年ですが、1991年、2005年に再版された古典的な業績です。致命的な損失を避けるために可能な限り早期に終戦を迎える戦略を分析しています。

Iklé, F. (2005). Every War Must End, Colombia University Press.邦訳『紛争終結の理論』桃井真訳、日本国際問題研究所、1974年

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著者は、戦争をめぐって国家が必ずしも合理的に行動することができない場合があることを説明しています。指導者が敵と味方の軍事力のバランスを誤認するかもしれません。また、開戦後に思い通りの戦果が得られない場合、無謀なエスカレーションを選択するかもしれません。国内政治の制約や外交交渉の失敗も平和を回復する大きな障害となります。

現代の研究水準から見ても、著者の議論はほとんど陳腐化しておらず、示唆に富んでおり、第一次世界大戦第二次世界大戦朝鮮戦争第二次中東戦争アルジェリア戦争の事例研究で自説を裏付けています。例えば、第2章の中で著者はクラウゼヴィッツが「戦争の霧」と呼んだ情報の不完全さが合理的な意思決定を妨げ続けることを指摘しています。

確かに、過去の戦争では首脳部が開戦を決める際に、終戦を可能にする具体的な戦略を十分に考慮していないことが珍しくありませんでした。アドルフ・ヒトラーのような指導者は自分が始める戦争の結果を驚くほど楽観的に予測しており、交渉によらずとも武力で無条件降伏に追い込めばよいと想定してように推定されます。

著者の分析で特に興味深いのは、第4章から第5章の分析であり(第4章「内部での争い:「裏切者」に対する愛国者」;第5章「内部での争い:出口を探し求める」)、そこでは交戦国が終戦に合意できるようになるためには、交戦国の国内政治の動向が決定的に重要であるという見解が導き出されています。

いったん戦争が始まると、交戦国の内部ではどのような条件であれば講和してもよいのかをめぐって路線の対立が生じますが、注意を要するのは愛国者として振舞う強硬派であり、彼らは戦争を続けることに反対する人々を裏切者と見なして攻撃します。このような集団は敵国の利益を軽視し、あくまでも戦い続けることで見込める利益を重視するため、彼らが政権の中枢を占めると、終戦に向けて交渉を進めることは難しくなります。

実際、第一次世界大戦が終結する前にドイツ革命によって帝政が打倒される事件が起き、その後のワイマール共和制の下で和平が実現しました。第二次世界大戦が終結する前にもヒトラーは自決し、その後で設立された臨時政府が和平交渉を推進しています。著者は穏健派が強硬派を圧倒できるだけの体制変動、政権変動が起こらなければ和平合意を形成することが困難な場合があることに注意を促しています。

また、戦争を終わらせることで最も重要なことは、それぞれの交戦国間で穏健派が交渉を指導するだけでなく、積極的に情報を開示し、交渉の出発点となる共通の認識を持つことであるとも著者は強調しています。そもそも戦争を始める原因は、政策決定者が不完全な情報に基づいて意思決定を下しているためであると考えられるので、早期に平和を回復するためには、速やかに両国の間で共通の認識を形成しなければなりません。

戦争の原因を情報の不備に求める説は、現代の研究者からも支持されており、交渉を推進するための基本的な原則として理解すべきでしょう。戦争において双方の意図や能力に関する情報を出せば、もちろん逆手にとられる危険もあるのですが、その努力を怠るといつまでも両者の戦争の先行きに対する期待が収束しないため、平和を回復する可能性が狭まってしまいます。

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