見出し画像

歴史における戦争目的の変化を辿る:Why Nations Fight(2010)の紹介

キングス・カレッジ・ロンドンの教授リチャード・リーボウ(Richard Ned Lebow)は対外政策、特に戦争を専門とする政治学者です。彼の著作『なぜ国家は戦うのか:戦争に至る動機の過去と未来(Why Nations Fight: Past and Future Motives for War)』(2010)は歴史上の国家が戦争を引き起こすときに、安全の確保や利益の追求を政治的目的としているケースは必ずしも多くなかったことを指摘しています。

むしろ、国際社会における地位を向上させることや、過去に自国の領土を奪い取った国に報復することが目的である場合の方が歴史的には多かったのです。

Richard Ned Lebow, Why Nations Fight: Past and Future Motives for War, Cambridge University Press, 2010.

画像1

政治学の研究者の多くは国家の対外行動を説明するため、各国の政策決定者は自国にとって利益が最も大きくなる戦略を選択するだけの合理性を備えているはずだと想定しています。しかし、著者の調査はこの想定の妥当性に疑問を投げかけるものです。

1648年から2008年までに発生が確認できる94件の戦争を定性的に調査してみると、その戦争目的が利害得失で捉え難いものであるケースが少なくなかったと著者は報告しています。分析によれば、70%以上のケースで地位、名誉、復讐が戦争目的であったと評価されており、戦争に関わる国家の意思決定には利害得失で捉えきることができない要素があると考えられています。

著者の説によれば、特に「地位を確立すること」は、歴史的に最も重要な戦争目的の一つでした。18世紀に確認された16件の戦争のうち11件がこの地位の確立を目的としたものでした。19世紀には24件のうちの21件、20世紀には31件のうちの17件の戦争が地位の確立を目的として遂行されています。意外なことですが、戦争目的として国家の安全保障が重視されるようになるのは20世紀以降であり、現代の戦争のうち11件の戦争が安全保障のために遂行されています。19世紀以前だと全部を合計してもわずか9件しか確認できません。

著者は、戦争目的の歴史的パターンが変化している背景には、国内政治における貴族階級の没落と中産階級の台頭が関係している可能性が高いと説明しています。封建的社会で特権的地位を与えられ、政権にも近かった貴族社会では名誉を重んじる文化がありました。彼らは政策決定に参加するときにも、国家の名誉という観点から判断を下す傾向があり、それが国家の威信や地位のための戦争を引き起こす動機になっていたと考えられます。

しかし、20世紀以降になると先進国を中心に民主化が進み、貴族が没落していきました。国民から選挙によって選ばれた政治家が政策決定に参加するようになり、彼らの判断は世論によって制約されるようになりました。このため、彼らは国民の生命と財産を守れるかどうかという安全保障の観点から国防政策、外交政策を選択するようになったと考えられています。

関連記事


調査研究をサポートして頂ける場合は、ご希望の研究領域をご指定ください。その分野の図書費として使わせて頂きます。