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次の旅で読みたい本 ジャック・ケルアック『オン・ザ・ロード』とアップル・パイ
旅に連れていくのにこれ以上ぴったりな本があるだろうか。まず本のタイトルがいい。『オン・ザ・ロード』、かっこよすぎる。
訳者の青山南氏によると、この「オン・ザ・ロード」という熟語には、この本の邦題にもなっていた「路上」のほかに、「旅行中」とか「放浪している」とか「途上にある」という意味もあるらしい。路上、放浪、途上…、どれもかっこいい。
ありふれた言葉のはずなのに、旅へと駆り立てられる。訳者によるとジャック・ケルアックは、単純な言葉を拾いあげてきて、その言葉の向こうにある景色をぐっと広げてしまう作家なのだという。うんうん、広がる。
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『オン・ザ・ロード』とは
『オン・ザ・ロード』はアメリカの作家ジャック・ケルアックが、自身のアメリカ大陸横断のヒッチハイクの旅をもとにして書いた小説だ。
『On the Road(オン・ザ・ロード)』(1957)
ケルアックの代表作 On the Road は、戦後アメリカの若者たちを鮮やかに映し出している。語り手サル・パラダイスは、アメリカの雄大な風景の中を旅し、路上で出会った人々やできごととの関係に思いを巡らす。どのように人生を生きるべきなのか。
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ビート・ジェネレーションに憧れて
かねてから「ビート・ジェネレーション」「ビートニク」という響きに憧れていた。旅、放浪、アメリカ、詩の朗読会(ポエトリー・リーディング!)、ロードムービー、ヴィム・ヴェンダースの映画。ぼんやりとそんなイメージだが、はっきりとした意味はわかっていなかった。せっかく通信制大学で文芸を学び直しているのだから、ちゃんと調べてみようと思って、昨年ジャック・ケルアック『オン・ザ・ロード』とビート・ジェネレーション展(神戸BBプラザ美術館)に行ってきた。
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ビート・ジェネレーションとは
第二次世界大戦後のアメリカの文学界で活躍したグループのことで、代表的な作家としてジャック・ケルアック、ウィリアム・バロウズ、アレン・ギンズバーグなどがいる。また、この文学運動の思想やライフスタイルに影響を受けた若者たちを「ビートニク」と呼んだ。
どうやら「ビート・ジェネレーション」という言葉そのものも、ケルアック自身が名付けたらしい。
ケルアックやギンズバーグやバロウズやホームズはビート・ジェネレーションの作家や詩人として知られるが、そもそも、この「ビート・ジェネレーション」という言葉そのものもケルアックが思いついた。自分たちのことを小説に書いていたホームズが、あるとき、おれたちのことはなんて名付けたらいいんだろうか、と言うと、「ビート・ジェネレーションだろ」とケルアックがつぶやいたのである。
「ビート・ジェネレーションだろ」って、いちいちかっこいいなあ。
さて、「ビート」はジャズや音楽の「ビート」を連想させる言葉だ。「躍動」というイメージもある。しかし「ビート」には「だまされる・ふんだくられる・消耗する」という意味もあるらしい。つまり「ビート・ジェネレーション」には、「だまされてふんだくられて精神的肉体的に消耗している世代」という意味も含まれているのだ。これはちょっと意外だった。日本で「ビート」といえば、音楽的なイメージの方が強いから。
またケルアックは、ぽつんと佇むバス停や田舎沿いの誰も気に留めないような町、タバコの煙に包まれたジャズクラブや狂気じみたパーティー、そして揺るぎない友情へと導いてくれます。
Matthew Theado(神戸市外国語大学英米学科教授)
「ジャック・ケルアック『オン・ザ・ロード』とビート・ジェネレーション展」で書き留めた言葉
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ことばはいつも「路上」にある。
旅をすれば、ことばをノートに綴り、人と話をする。大事なことは路上で話して生まれる。
失敗ばかりする私は、いつも路上にいる。
旅の途中だからこそ沁みる言葉たち
ケルアックは7年に渡る長い旅を終えた後、猛然とタイプライターを打ち、たった21日間でこの小説を書きあげたという。(伝説)
その臨場感とスピード感が旅の読書にピタッとはまる。移動中に『オン・ザ・ロード』を読むと、そのなにげない言葉が沁みてきて、ちょっと泣きそうになったりする。ただ不思議なことに、これは旅のときだけの現象なのだ。同じ箇所を日常で読んでもいいなあとは思うけど、そこまでではない。だからわたしは『オン・ザ・ロード』を旅のときだけに読むことに決めた。なかなか読み進められないのだけど、それでいいと思った。この本を読んでいる間はずっと旅を続けていられるような気がして。
旅で読んで響いた言葉たち
ニーチェについてぜんぶ、それとおまえの知っているすごい知識をぜんぶ教えろ、とチャドに頼んでいるナイーブでかわいらしい文面に、だんぜん興味をそそられた。
これは冒頭近くの、ディーン・モリアーティという登場人物についての記述だ。なんと魅力的な。この一文で「ディーン」という人物にぐっと惹きつけられてしまう。
(略)ぼくにとってかけがえのない人間とは、なによりも狂ったやつら、狂ったように生き、狂ったようにしゃべり、狂ったように救われたがっている、なんでも欲しがるやつら、あくびはぜったいしない、ありふれたことは言わない、燃えて燃えて燃えて、あざやかな黄色の乱玉の花火のごとく、爆発するとクモのように星々のあいだに広がり、真ん中でポッと青く光って、みんなに「ああ!」と溜め息をつかせる、そんなやつらなのだ。
長い文章なのにこの疾走感。ビートだぜ!
ロックアイランドー鉄道の線路と小屋のような家々と小さなダウンタウンがあるだけの町。
もうこの一節だけで映画みたいだ。ヴィム・ヴェンダースやジム・ジャームッシュなどのロードムービーの映画監督たちに影響を与えたというのもうなずける。
ほんの冒頭だけで、こんな言葉がごろごろある。いいなあと思ってじっくり読み返しているとちっとも進まないし、そうこうしているうちに乗り物は目的地についてしまう。旅が動く。実際に旅が始まると、こんどは物語が旅とリンクしてきてもう大変なことになる。
実際の旅との奇妙なかさなり
今回『オン・ザ・ロード』を持って出かけた旅先は、青森県の弘前市。津軽地方と呼ばれる青森県の西側の地域だ。
津軽とアメリカの『オン・ザ・ロード』、全然リンクしないのでは、と思われそうだが、そうではないのだ。なんと『オン・ザ・ロード』の主人公サルは、旅のなかでアップルパイばかり食べているではないか。(たまにチェリーパイも食べていたけど)
例えばこんな風に。
午後の三時あたり、道路沿いの売店でアップルパイとアイスクリームを食べ終えたときに、小さなクーペに乗った女が停まった。
食べたのはアップルパイとアイスクリームーアイオワ州は奥に行くにつれて色々よくなって、アップルパイはでかくなるし、アイスクリームもこってりしてくる。
わたしも『オン・ザ・ロード』のサルと同じく、この旅で3個のアップルパイを食べた。そう、弘前はりんごと「アップルパイの街」なのだ。
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オン・ザ・ロード でアップルパイ
ところで弘前に来たのは、津軽の「こぎん刺し」について調べるためだった。衣服とことばについて(自主)研究しているわたしの、服と布にまつわる「いとへんの旅」だ。
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弘前に入ってすぐ、お会いする予定のこぎん作家さんに事前のお電話をすると、「どこかでアップルパイは食べてね」と言われた。そうか、そんなにおすすめなのかと思ってパンフレットを見ていた。
バスに乗って弘前駅前から「こぎん刺し」の私設資料館へ向かった。しばらくすると町はどんどんのどかになり、美しい岩木山が姿を現わす。
「こぎん」は美しかった。美しいだけではなく、生き方とか美学とか、そういったことまでも学ぶことができた。お話を聞いているとあっという間に時間が過ぎた。夢中になり過ぎて時を忘れ、その結果1時間に1本しかない帰りのバスを逃してしまった。
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次のバスまで約50分。またやってしまった。そこはケルアックに言わせると「ぽつんと佇むバス停」といった感じのバス停。でもまあしかたがない。ただ待っていてもしかたがないので、岩木山がきれいに見えるところまで歩いて行ってみた。
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11月の津軽は風が冷たかった。わたしはいつも旅先でこうやって、知らない場所をウロウロ歩いてはただ何かを待っている。そういえばアイスランドの小さな港町でも出航する船を待って数日間うろうろしていたっけ。あの時も風が冷たいフィヨルドの麓をただ歩いた。わたしはいつまでたっても変わらないなあと思う。でも、その「膨大な待ち時間」こそが、旅そのものだという気もする。
美しい岩木山の姿を見てうろうろしたあと、おとなしくバス停に戻った。バス停に戻る前の道で、見覚えのあるポスターを貼ったお菓子屋さんを見つけた。アップルパイのお店だ!
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おなかが空いていたわたしはそこでアップルパイをひとつ買って、バス停で齧りついた。
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いい歳をして、好きなことに夢中になって時間を忘れ、路上でアップル・パイを齧るだなんて。いくつになっても失敗ばかりして、ちっとも変わらない自分が情けないような、でもちょっと頼もしいような気もしてきた。もうわたしはこのままこの感じで路上にいたらいいんじゃないかと。オン・ザ・ロードでアップルパイ、うん、それもいいさ。
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バス乗り場に行って腰をおろし、じっくり考えた。またアップルパイとアイスクリームを食べた。じつは栄養もあってだんぜんおいしいので移動中はずっとこればかり食べていたのだ。
『オン・ザ・ロード』のアメリカ
わたしがアルバイトでお金を貯めて初めて行った外国はアメリカだった。理由は単純。ヴィム・ヴェンダースの映画に出てくるようなアメリカの景色を見てみたかったから。ロード・ムービーの映画監督たちは、「オン・ザ・ロード」から多くの影響を受けたという。
つまり、わたしが最初の旅で見たかったのは、「オン・ザ・ロード」で描かれたアメリカのイメージだったのだとも言える。
初めて訪れた夜のニューヨーク。ホテルに着いた時間が遅くて夕食を食べそこね、あわてて通りの向こうの小さな食品店まで走った。11月のサンクスギビングの頃だからもう十分寒くて吐く息が白かった。消火栓からプシューと吹き出る湯気がいつか見た映画みたいで、街そのものがまるで映画のセットみたいだなと思った。その時の興奮と、ほんの少しの不安と心細さを覚えている。わたしはその旅のニューヨークで20歳の誕生日を迎えた。
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あれからもう何十年もたった。そして今日がわたしの誕生日。47歳で亡くなったジャック・ケルアックの歳はこえてしまったけれど、いくつになってもわたしは旅の途中にいたい。好きなことに夢中になりすぎて失敗し、バス停で「やれやれ」とため息をつきながら路上でアップル・パイを齧っていたい。
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「失敗ばかりする私はいつも路上にいる」ジャック・ケルアック
まさにその通り。
でもそれが旅ってものじゃない?
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▼関連note
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