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(小説集) 剣鬼悪辣

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よく分からん奇行短編小説と、連載長編小説です。 暴挙とも思われる事を書いてしまうが、それすら誰かの救いになるのなら、我悪辣の名の下に、太刀を振るう事鬼の如し、そういう事です。
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#短編小説

【アロン】

【アロン】

朝焼けが始まる。
俺にとってそれは、見慣れた光景で、景色がブルーに染まってゆくその姿を。
何の、感慨もなく、見ていたんだ。
昨夜の事は、朧げで。消えなかった事を後悔した。

A moment of silence...

「寝てるの?」
顔を上げるのが余りにも面倒で、眼だけ動かして、声の主を探した。女。記憶を辿って見たが、思いつかない。
先刻までの事は、思い出したくない。
確か、そう、カラオケ屋

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薄情屋蹂躙録・終曲

かの男、とある北の諸藩にて、古くから伝承されし剣術を使い、腕は立つが何かにつけてすぐ何処かへ行ってしまう風来坊のような気質により、郷里を出奔してはや十年と十月が経つ。
江戸の吉原近くの破れ堂にて、投宿していた所、懇意にしておった鴨そば屋の店主、美濃吉の話を聞くところより、物語は始まる。吉原に跋扈する女衒、鶴屋蔦二郎の話を行きずりの遊女と美濃吉より聞き覚え、成敗致すと一肌脱ぐ事になった男は、名刀、油

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薄情屋蹂躙録・参

かの男、とある北の諸藩にて、古くから伝承されし剣術を使い、腕は立つが何かにつけてすぐ何処かへ行ってしまう風来坊のような気質により、郷里を出奔してはや十年と十月が経つ。
江戸の吉原近くの破れ堂にて、投宿していた所、懇意にしておった鴨そば屋の店主、美濃吉の話を聞くところより、物語は始まる。吉原に跋扈する女衒、鶴屋蔦二郎の話を行きずりの遊女と美濃吉より聞き覚え、成敗致すと一肌脱ぐ事になった男は、名刀、油

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薄情屋蹂躙録・弐

かの男、とある北の諸藩にて、古くから伝承されし剣術を使い、腕は立つが何かにつけてすぐ何処かへ行ってしまう風来坊のような気質により、郷里を出奔してはや十年と十月が経つ。
江戸の吉原近くの破れ堂にて、投宿していた所、懇意にしておった鴨そば屋の店主、美濃吉の話を聞くところより、物語は始まる。吉原に跋扈する女衒、鶴屋蔦二郎の話を行きずりの遊女と美濃吉より聞き覚え、成敗致すと一肌脱ぐ事になった男、さて、いか

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薄情屋蹂躙録

かの男、とある北の諸藩にて、古くから伝承されし剣術を使い、腕は立つが何かにつけてすぐ何処かへ行ってしまう風来坊のような気質により、郷里を出奔してはや十年と十月が経つ。
江戸の吉原近くの破れ堂にて、投宿していた所、懇意にしておった鴨そば屋の店主、美濃吉の話を聞くところより、物語は始まる。

1幕.華の吉原、暗夜に嗤う「親父、ってこたぁ。借銭の型に女衒に娘のお菊を取られ、尚のことこの店まで抵当に入れら

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あんたの本能、買わせてくれる?

あんたの本能、買わせてくれる?

午前2時の待ち合わせで、こんなにテンションが上がらないのはなんでだろう。
感情が高ぶって何度も画面を見返す数、視野に入ってくる人をわざわざじっくり見つめる回数。全てにおいて足りない。そりゃそうだ。今日、この時間に待ち合わせしている相手は、同期の女子でもなく、バイト先の同僚の女子でもなく、生徒。トオルくんとだからだ。
ちょうど煙草に火を付けた所で先生、と声をかけられた。
間抜け面で煙草を加えた俺は、

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すべての花を焼き捨てて(5)

すべての花を焼き捨てて(5)

6畳間、ワンルーム。玄関を入ってすぐに、洗濯機。
キッチンには無造作に置かれた、ペットボトルの緑茶。食器は何もない。
部屋の真ん中に置かれたテーブルの上には、100円ショップにあるような鏡、名前も知らないブランドのアイシャドウ、ネイルのトップコート、また緑茶、ヘアアイロン。
僕はベッドまで彼女を運び、身を横たえた。普通、が何なのか知らないが、僕はピンときていない。彼女の部屋のどこを見ても、作り手の

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すべての花を焼き捨てて(4)

すべての花を焼き捨てて(4)

軽んじられる経験はいつだって僕には重くのしかかる。それは、働くようになってからもずっとそう。割り切って軽くしている風を装っても、全身が毛羽立っている感覚は拭えない。

なあ!次、ジントニック3つ、追加!

早くねぇー。

横柄なおっさんの声と嬌声が入り混じる。アルコールと煙草の煙が混じる。昼間に僕等が作ったオリーブや、生ハム、カプレーゼは全て水浸しだ。
僕は苛立ちを気取られないよう敢えて事務的な返

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すべての花を焼き捨てて(3)

すべての花を焼き捨てて(3)

良い時間というのは、あっという間に終わっていた。でなければこんな、名前も知らない灰色の町で、鉄という鉄がすべて錆び切って黒ずんだ公園で、僕は佇んでいない。僕は始めてすらいない。

五十嵐さんと買い物を終えたあと、業務スーパーに行って買い出しをした。道具を選ぶ時は慎重なのに、どう考えてもいらないだろうという食品をバンバンカゴにぶち込む五十嵐さんは、ちょっと面白かった。
店に帰って厨房に並び、夜のお客

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すべての花を焼き捨てて(2)

すべての花を焼き捨てて(2)

ディオール、シャネル、グッチ、あとはよく分からないし知りたくもない。僕はむせ返りそうな匂いに押し込められて、息を殺してエレベーターの壁に寄りかかった。
僕は女性が嫌いだ。男性が好きとか、そういう意味じゃない。とにかく、この空間から一刻も早く逃げたかった。小花柄のワンピース、大きく肩を出した知らない服、どぎつい色のリップ、パフスリーブ。彼女たちはこちらに聞こえるように響く声で下卑た話をしている。僕の

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すべての花を焼き捨てて(1)

すべての花を焼き捨てて(1)

無心になって小葱を刻む、玉ねぎをスライスする、ざるをかませたボールに刻んだ玉ねぎを投入、シンクに置いて冷水でさらす。
五十嵐さんは横で何種類かのソースのボトルを並べ、それぞれの味を確かめる。
僕は割合ここが好きで、給料が出るわけではないけど、学校が休みの日は昼の12時からここに来て、五十嵐さんの手伝いをする。
普段五十嵐さんは滅多に喋らない人で、僕も最初は怖かった。顔立ちは面長で、くっきりした目鼻

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全ての黒を打ち据えて 下

康樹はそれから何度かうちに来た。大体はバイトで遅くなって、終電で止まる時に泊まりにくるパターンだが、最近は多くなった。
「姉ちゃん、棒でも拳でも、足でもそうなんだけどさ、突きって難しいんだ。こういうのがあればそれなりに分かるんだけど、型とか、シャドーとかじゃ、感覚が分からない。抵抗のないものだと、すり抜けてる感じだし、逆に凄い抵抗があるものだと、こっちが壊れてる、多分ね、刃物とかだともっと分からな

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全ての黒を打ち据えて 上

「男と別れたからって、これはないよ姉ちゃん」
康樹は首から下げたタオルで額を拭いながら言う。私は傍に甘い缶コーヒーを置いた。
「形から入るのは姉ちゃんの悪い癖だよ。絶対使わなくなるから、こんなの」
「お駄賃あげるから、ぐちぐち言わないでよ。助かった、ありがとう」
エアコンのない部屋で、朝の10時から作業を始め、16時になってようやく終わった。窓を全部開け放って風を通して、ようやく部屋の中の鬱屈した

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