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すべての花を焼き捨てて(4)

軽んじられる経験はいつだって僕には重くのしかかる。それは、働くようになってからもずっとそう。割り切って軽くしている風を装っても、全身が毛羽立っている感覚は拭えない。

なあ!次、ジントニック3つ、追加!

早くねぇー。

横柄なおっさんの声と嬌声が入り混じる。アルコールと煙草の煙が混じる。昼間に僕等が作ったオリーブや、生ハム、カプレーゼは全て水浸しだ。
僕は苛立ちを気取られないよう敢えて事務的な返事をして、黙々とステアを続ける五十嵐さんの所へ戻る。

五十嵐さん、本当いつもすいません。

五十嵐さんはこちらに一瞬、視線を向けてまた作業に戻る。おっさんの方はこの店の取引先、女の方は僕の大学の同期、ただ僕がここで働いている事を知っていいように使っている奴。たまに喋る相手ではあるけど、こんな風に金を持ってそうな男にしな垂れかかるその性根ははっきり言って不快だ。店内はぐずぐずした雰囲気が続く、正確には取引先と僕の知り合いの2組だけだが、ごった煮状態になってもうよくわからない。

カウンターに置かれた3つのグラスを持ってテーブルに戻ると、女がその一つを取って僕の方に差し出す。おっさんは女の肩に手を回しながら僕にマウントを取ったとでも言いたげな視線を投げる。僕は差し出されたグラスを一息で飲み干す。嬌声が飛び交う。僕は空になったグラスから、ライムを一片、取り出して噛み付く。渋みが口一杯に広がって、飛びそうな意識を取り戻してくれた。五十嵐さんのカウンターには、たどり着けないような気がした。避けるべき障害物など何もないけど、浮ついた僕の足取りははっきりいって危うい。水浸しになった、クラッカーやチーズ、ミニピザ、僕と、五十嵐さんとの冷ややかであり、澄んだ時間が、金と、どこにでもあるミネラルウォーターと、たっぷりのアルコールで、汚されてゆく。僕は、移ろいゆく意識の中で、ああ、これが五十嵐さんの言う"不純"なのか、と悟った。女の鞄からだらしなくはみ出た、花弁のついた香水瓶が一瞬、僕の眼をかすめた。

サポートはお任せ致します。とりあえず時々吠えているので、石でも積んでくれたら良い。