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すべての花を焼き捨てて(3)
良い時間というのは、あっという間に終わっていた。でなければこんな、名前も知らない灰色の町で、鉄という鉄がすべて錆び切って黒ずんだ公園で、僕は佇んでいない。僕は始めてすらいない。
五十嵐さんと買い物を終えたあと、業務スーパーに行って買い出しをした。道具を選ぶ時は慎重なのに、どう考えてもいらないだろうという食品をバンバンカゴにぶち込む五十嵐さんは、ちょっと面白かった。
店に帰って厨房に並び、夜のお客さんの仕込みをした。仕込みといってもつまみ程度のものしか出さないので、生ハムを大皿に整列させてラップで巻いて、冷蔵庫に入れるとか、オリーブをカクテルグラスに乗せてラップして入れる、とか、五十嵐さんはそんな仕事を完全に僕に任せて、飯を作る。勝手な人だ。
これ、切って皿に並べといて、あと玉ねぎ、昨日のスライスが残ってるから、それを添えて。
そう言って、五十嵐さんは買ってきた鰤の柵を渡した。2人分だから、そんなに大きな柵ではないけど、僕は早速本日デビューの牛刀を出し、丁寧に、なるべく薄く、刃を入れた。刃に脂が噛み、繊維が滑るように切れてゆく。人差し指にかかる微小な力が、はっきりと繊維を捉えてゆく。美しいと思う。
いいじゃん。美味そうだ。
五十嵐さんの作業はもう終わりかけだ。大皿に盛り付け、胡椒を挽く、フライパンとか、鍋とかをシンクに入れ、お湯を流す。僕は没頭していたことに気付き慌てて皿に鰤とスライスを並べて、テーブルに置いた。
五十嵐さんはどうして、料理をメニューにして出さないんですか?
もそもそと二人で賄いを食べながら何気なく僕は五十嵐さんに聞いてみた。煙草の煙を吐き出しながら、五十嵐さんは答える。
店でやる事と、作りたいものを作るって別だよ。
でも、これだけ出来るんなら、ここじゃなくてももっとちゃんとした所でも、やれるんじゃないですか?
売るとか稼ぐとか、そんなことの延長線でやりたくないんだ。遊べないし、何より不純な気がして。
五十嵐さんの言葉に、曇りはなかった。本当に、楽しんでやっているんだなと思った。同時に僕は少し羨ましくなった。そんな事、僕には無くて。姉さんと五十嵐さんといる時だけが幸せで、僕自身には何もないのかなと思った。嫌いな事の方が、僕には多い。
サポートはお任せ致します。とりあえず時々吠えているので、石でも積んでくれたら良い。