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(3) モリ ノートに書かれている内容を、想像する。

「軍事的な覇権に成功し栄誉を極めたアメリカも、他国が辿った史実通りに衰退しています。スペイン、英国、そして平成までの日本に代表される国家興亡プロセスを再現してしまいました。             強い軍事力を後ろ盾にして、国際関係をゴリ押しする傾向が強かった共和党政権が、軍事の優位性を失うのと同時に機能しなくなり、袋小路に陥っているような現状です。単独では立ち行かなくなった米軍が、同盟国との連携に乗り出しましたが、友軍同士で部隊を組織しても機能しない状況にあります。
第二次大戦時の悪の枢軸国、日独伊三国軍事同盟が共同戦線を結ぶこともないまま連合国に個別に攻略されて後退を続けた構図に、実に良く似ています。米英仏の同盟関係も共同戦線を張る機会もないまま、3カ国がそれぞれ孤立した状態にあります。          
日本の旧軍部が本土での徹底交戦を主張していた頃、ヒトラーは自決しています。自分に疚しい気持ちがあったからこそ、連合国から自らが裁かれたくは無かったのかもしれません。
学徒兵に特攻を強制し、自国民には自決を強いて置きながら、日本軍の幹部は誰一人として自決することもなく東京裁判にしれっと居並び、生き恥を晒します。後に不公平な裁判だったと右派が指摘しますが、旧日本軍人であり、神国日本を疑わなかったのですから、裁判どころか玉音放送と同時に自決しているのがセオリーなはずで、裁判は被疑者不在のまま審議されてしかるべきでした。死にたくないので、可能性が僅かでも有れば掛けてみよう、死んでは元も子もないとダブスタモードで考えていたのでしょう。               古今東西、失敗を認めない国のチャンピオンは日本でしたが、思い返せば朝鮮戦争ベトナム戦争と、後退・敗退慣れしたアメリカも、自己批判を全くしない国に既に成長していました。大量破壊兵器をイラクが製造していると嘘を言って、発見できずに終わっても謝罪すら出来ないアメリカ。アフガニスタンからの撤退ではなく、逃亡だった事実を隠蔽し続けるアメリカ・・威信低下していたのは明白です。  

ここで時代を更に戻してみたいと思います。産業革命を資本主義の確立期だったと仮定します。栄華を極めたパックス・ブリタニカ前後の帝国主義、植民地所有前提の資本主義社会が、今回のアメリカの凋落劇を含めて考察すると、共通する箇所が幾つも見つかります。更に分析していたら、資本主義システム自体を見直す必要がある、と考えるようになりました。 
我がベネズエラは憲法上は社会主義ですが、個人的には資本主義だと捉えて、国家運営をしてきたつもりです。国営企業といっても、国が所有しながら私も経営に携わっているので、事業形態は市場経済に即したものになっていると考えております。             資本主義の修正点、見直し箇所に話は戻ります。急激な経済成長が社会と政治に齎す弊害を、今日は取り上げたいと思います。人々に貧富の差が生まれ、階級的な社会が産業革命以降、恒常化します。階級の上位のポジションを得た人々が営利を求め、次第に事の善悪の見分けが出来なくなってゆきます。ヒトがものの分別を失い、判断能力を見失うのは万国共通、世の常でもあります。勿論、ヒトとしての器の違いや文化の違いなども大きく作用します。

資本主義、社会主義を問わず、国家が覇権国家のポジションを得ると、産業界に於ける軍事産業の比率が自然と高くなり、他国に負けぬように軍事力を高めようと前のめりになり、軍事開発に企業が集ってゆきます。最強の軍隊を作るイコール兵器開発に勝利する事が、恰もミッションのようになり、巨額の軍事予算が組まれ、兵器の開発資金が投じられていきます。軍事技術が齎す、民間技術への波及効果も多少はあるのでしょうが、軍事開発の優先が状態化すると次第に衰退の要因となり・・」

日本では年度始めとなる4月、ベネズエラの大統領が日本人と言えども4月開始とはならず、1月始まりが基準となり、既に1クォーターが経過した。再登板となったモリを支える政府のメンバー構成もモリと杏以外の日本人は居なくなり、多様な国の出身者で構成される体制へと改編された。
元国連職員、世銀、IMFのスタッフが、ベネズエラ国籍を第二国籍として大臣や大使、各省庁の職員として配置された。3ヶ月経たずして本格的稼働し始めると、大胆な人材登用をマスコミが高く評価する。各組織の有能な人材を引き抜いたのだから、当然とも言えるのだが。
国連、世銀、IMFの十八番である役割と機能を奪いつつあるベネズエラ政府の方が、よほど世界政府的な要素を持ち、将来性も給与も申し分ないと称される。そんな先を見据えた判断も伴って、ベネズエラに率先して集まってきていた。

「前国連事務総長が国連関連施設のある、ニューヨークとチューリッヒで如何に慕われていたか、ベネズエラ政府のスタッフの有能さが端的に示している。中南米軍は世界中に駐留し、ベネズエラ国防省が軍全体を一手に引き受ける。財務省、産業省、国土交通省、エネルギー省、厚生労働省はベネズエラ国内に留まらず、南太平洋を含む中南米諸国と、アフリカ諸国まで掌握している」
とマスコミがマネージメント対象を明らかにする。これだけの広範囲な規模の国と地域をベネズエラ政府関係者約250名の少数体制で担っているのだから、高い評価を受けるのも当然だった。

パメラとアマンダ大臣達の妹や姪っ子である学生秘書官を束ねる大統領筆頭秘書官となった杏の4人と、各大臣の秘書官30名を前にして、この日は大統領が講釈中だった。 
杏は教壇に立っていた頃のモリを思い起こす。教師時代と絶対的に異なるのは、大統領に至るまでの膨大な実績の数々が伴っている点だ。23年前はモリの話を聞いて納得しながらも、ー教師の発言なので、どうしても理論や推論の箇所が伴った。高校生であっても教師の発言を半信半疑に捉えたり、教師自身を疑問視する向きも少なからずあった。
例えば、福祉について授業で講釈を始めたと仮定する。教師は福祉に関する一般論から講釈を始める。
「国が福祉に力を入れれば、国民は政府に歓迎するものだ」と言ってから、何故、国民が歓迎するのか?から懇切丁寧に説明を加えたり、生徒同士でグループ討議したりするのが通例だろう。生徒が福祉に対する理解を得る事が優先され、ある程度の理解を得てから、教師の持論が語られる。

一方で、様々な国を手掛けてきた政治家としての発言は、教師時代と同じ説明であっても、説得力が増す。
「国家予算が限られている中で福祉に傾注すると、嘗ての北欧諸国のように多額の税金を国民から徴収する必要が出て来る。北欧諸国を例に上げたので注釈を加えて置こう。北欧は隣国、近隣にソ連、ロシアという潜在的な脅威を抱えており、国土防衛、国家存亡の危機に晒され続ける地理上のデメリットを抱えている。強力で他勢なロシア軍隊を食い止める規模の軍事力も必要となる。
北欧の地理上のデメリットは、中露、そして北朝鮮の核といった脅威に晒されていた嘗ての日本と重なる箇所でもある。北欧諸国はソビエトとロシアの軍事的な脅威に敢えて対抗しようとはせず、表向きは中立の姿勢を見せる。当初はNATOにもEUにも汲みせず、ソ連・ロシアとの間で一定の関係を維持する政策に舵を切り、軍事費の支出を抑えて、福祉国家を全面的に打ち出す戦略を実践して見せた。国民がそれを「是」として受け止め、賢明な判断だと認めたからこそ、北欧諸国の国家運営は暫くの間、機能していたと言える。
日本の共産党が当時 目指していたのは、この北欧諸国の路線に近いものだったのかもしれない。非武装中立を唱えて防衛費を抑制し、福祉と経済に財源を当てるべきと唱えていた。しかし、日本は北欧とは異なり、米国の属国でしかなかった。米軍が駐留し、自衛隊は米軍の単なる補完部隊の一つに過ぎず、非武装中立など夢物語、机上の空論でしかなかった。 
北朝鮮がミサイルを無秩序に放っていた事もあって、時の政府が防衛費増額路線を掲げると人々の思考は「仕方が無い」「已む無し」と行った方向に傾いていた。このタイミングでたまたま政権交代が起きたので事なきを得たが、自民党政権が今でも続いていたら、大増税、赤字国債発行が既定路線となっていたのは、誰もが想像出来る。アメリカ製兵器を見境なく調達して、宗主国の利益に一方的に貢献していた筈だ・・」      

目前の大統領がベネズエラと中南米諸国を刷新し、日本連合とアフリカ諸国の福祉制度と国防に影響を与えた。この日、生徒として聴講しているベネズエラ人 秘書官達は大統領が成し遂げた偉業の数々を目の当たりにしてきた。GDP換算で世界4位となったベネズエラの国民所得は、実は他の中南米諸国と同じだ。日本人の一人当たりの平均年収と比較すると、中南米諸国では2/5程度でしかない。その一方で、中南米諸国では累進課税制度を取っており、平均所得者の税金は低いものに抑えられている。大多数の平均年収者の税額を低く設定できる理由がベネズエラ国営企業や中南米企業が生み出す利益が、法人税とは別に、特許費、ロボット作業・製造費、等といった様々な名目で国庫に収められる。各企業が世界的な企業に急成長したのと、ベネズエラ企業は政府(・・実際はモリなのだが)が経営を行っているので、企業収益の殆どが国の予算に流用されている。

また、中南米の各国は国防と福祉を一切考慮する必要が無い。各国の年間予算の国防費と福祉関連費用の項目は中南米諸国連合発足以降、空欄のままだ。軍人や人材は中南米軍や中南米福祉財団に拠出し、属しているが、彼らの給与も、福祉の為の環境の一切合財を全てベネズエラ政府が負担している。            
物価が安く、生活費が掛からない経済圏となった中南米諸国とアフリカ諸国へ、欧米から出戻りする人々が増加するのも自然な流れとも言える。欧米各国の移民が減少すると、低賃金の職に欠員が増え始める。移民の低賃金頼みの職種で欠員が慢性化すると、社会構造が直に崩れ始める。公共サービスを維持する為に増税が相次ぎ、福祉制度は少しづつ切り崩されたり、サービス自体を民間に委託して、半ば打ち切られたのと同じ扱いとなる。
高騰し続ける物価高が家計と生活を圧迫すると、次第に国に愛想を尽かす人々が出てくる。中南米諸国やアジアで職を求め、移住を申請する人々が年々増加してゆく。
国債を乱発し、大規模公共投資と軍事費を捻出しながらも、福祉、年金、医療関連の制度そのものを軽視しているアメリカが、最も中南米諸国の影響を受けたとも言える。    
国境を接するメキシコに別荘を構える金持ちが増え、メキシコ国籍を手に入れ始める。税金対策が富裕者達の目的だった。当初から想定していたメキシコ政府は、年間所得に応じた累進課税制度を見直し、北米からの富裕移住者の税制のメリットを無意味なものとした。  
アメリカ・カナダにすれば高額取得者や資産家がメキシコに移住するので、税収が減少する。税制対策が目的だった金持ちは、医療と福祉の制度が整い、物価安で、間接税は一切掛からず、北米とは異なる治安が良い環境と生活を享受出来るので、税収が増えてもメリットはある、と考える。

数%の金持ちが国家収益の4割を占めていたアメリカでは、富裕者層の減少が次第に死活問題となってゆく。税収は下がり続け、支出ばかりが増えるので増税をせざるを得ない。 アフリカ系やヒスパニック系の人々がそれぞれの国に帰って減少してゆくと、ゴミ回収や清掃業、ガードマン、運転手等の従事者や工場労働者や流通労働者といった比較的低賃金とされる職種に欠員が出始める。不足した人員を補う為に賃金が上昇してゆくのだが欠員は埋まらず、社会サービス全般が次第に滞るようになってゆく。そこにガソリン、LPGの高騰、電気光熱費の値上げと人材不足による慢性的な物価高が恒常化すると、「政府は一体何をやっているのか?」と人々の間に憤りが生じてゆく。     
嘗て、共和党政権が多額の税を投入して築き上げた壁の向こう側が、繁栄し、潤っている。完全に逆転した状況を加速させたのも、既に一定の資産を獲得したデイトレーダーや、リモートワーク従事者、ノマドワーカーのような人々や、稼ぐ必要の無い資産家や成功者が、壁の向こう側、メキシコ以南での生活を選択する傾向が暫く続いた。
この流れを加速させる転機となったのが、北米各都市の治安の悪化だった。
メキシコ国境を渡れば中南米諸国からの支援が得られて、金持ちに限らず様々なメリットを得ることが出来ると知り、国境を目指して移動を始める人々が増えてゆく。建国以降、アメリカが経験したことない人材流失は話題となる。ヒスパニック系の人々が出戻りのように国境を目指している時点ではまだ良かった。カラードの人々がブラジルやコロンビアのアフリカ系コミュニティを目指していた時点でも歓迎する風潮があった。
しかし階級は様々とは言え、白人が国境を超えてゆく動きはアメリカの白人層を一時沈黙させた。衝撃的な内容だった。アメリカ国民としての誇りや尊厳が損なわれたような感覚に、人々は囚われていた
移民に支えられた人口増加率と、人口増加率が齎す 年々増加するGDP数値の方程式が瓦 解し、人口減少に転じたアメリカは、抜本的な対策に乗り出す必要に迫られているのだが、先立つ資金以上に、巨額の負債の精算に追われ、財政破綻の道を歩んでいた。日本連合の企業に勝てず、国内物資は中南米産の製品がひしめき合い、アメリカ企業の競争力は次第に衰えてゆく。

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日本連合、中南米・アフリカ諸国が北欧的な福祉国家を模範としながらも、無人生産体制の確立とロボットに代表される技術革新と各産業への波及効果を実現すると、史上初めて、リベラル系の政権や政党が自由に使える資金源を得たと評価されるようになる。
北米の政治家、特に共和党からはコミュニストと揶揄される事もあるリベラルの人々が、日本で政権与党となり、主流となっていった。保守系や右派による派閥政治の強みとも言われた資金調達能力を、リベラル政党が握り、リベラルが「真の保守は我々だ」と主張するようになる。 学術研究に対して冷ややかだった右派による政治を、研究者の成果を政策に反映する政治を実践し、リベラル政党として成果を上げ始めると、半官半民企業と国が大学や研究所への支援を拡充していった。

政策を立案し、実行する政治家にも絶えずレベルアップが求められる。       
「福祉の為の増税、国防の為の赤字国債発行では人々は納得しない。増税、国債発行はあまりにも安易で無責任な選択だ。我々はアメリカ共和党政権や、その下部組織だった杜撰な自民党ではない。本来、多種多様な解決策や問題解決の為の選択肢を政治家は持ち、複数案を比較兼用しながら最善策を見出すのが議会であり、政府であるのが筋だ。一部の政治家と官僚だけで物事を決める国が、現代の国際社会で罷り通ってはならない」と密室で物事を決断する共和党政権を暗に否定してから、
「高福祉社会を実現する、満足な国防を整える為に、もし増税以外の手段が無いのだとするなら、税を徴収しても人々が困らないだけの所得を、政治家は国民に対して提供するだけの政策を用意して、実現する必要がある。国民に一方的に負担を強いる事で済ませようとするのなら、中世のヨーロッパの貴族や日本の戦国武将と、何ら変わらない。つまり、欧米の政治家は今も中世の感覚から脱しきれていないのだ」とモリは言い切った。 

「財源を生み出す手段と、選択肢を政治家はもっと考えるべきだ」と23年前、目の前の人物が授業で語っていたなと、聴講中の杏が思い出す。

「低迷する日本経済を一刻も早く立て直し、黒字となった利益を経済成長と福祉に分配してゆくべきだ」と熱く語っていたが、自分も含めて、生徒の大半は夢物語だと捉えていたのかもしれない。

教師から政治家に転じたモリは半官半民企業を設立すると、事業を次々と立ち上げて成果を収めると、企業をコングリマット化していった。与党である政党が自前で事業を起こして、国の経済を牽引し、企業の投資を国の政策に絡めてゆく事態を日本国民が目の当たりにする。前代未聞の政策を政党を立ち上げ、党の幹事長として国政、県政、市政の政治家を増やし続けながら、事実上の国策企業の影の経営者として、経営に関与してゆく。政党とコングリマット企業となったプルシアンブルー社の両輪に支えられて、日本の歴代政権はキャスティングボードを握り続けてゆく。経済が好転し、国際問題、課題も次々と解消していった。

「覇権国家となったアメリカは、自らの立場を危うくしかねない存在を叩くためには手段は選ばない。対戦国だった日本各地を空爆し、大した試験も議論もせずに原爆を投下し、民間人を殺めた。ベトナムでは北爆を繰り返し、劣勢が恒常化すると、枯葉剤をバラ撒き始める。ベトナムで敗れると、今度は周辺国を同盟国だと持ち上げて、民主主義を守れと、自らの正当性を主張し始める。アメリカが再び覇権を握る姿勢を見せたのが、湾岸戦争でありイラク侵攻だ。ここで兵力差が歴然としている旧式兵器で武装されたイラク軍を、近代兵器の性能を誇るかのように使い、攻撃して見せた。ゲーム化した戦闘行為を映像で公開し、アメリカの兵器がイラク軍の施設や戦車を破壊する様を世界の人々が家で目撃する。「アメリカに逆らうとこうなる」とでも言わんばかりの内容で。
後にIS幹部の殺害、イランの将軍の殺害、シリア空爆なども映像を公開し、アメリカに敵対する組織や団体を牽制してみせた。湾岸戦争を機に各国の軍事産業がITと電子技術を融合してゆくようになる。あの軍事侵攻が近代兵器の方向を大きく変えたと言っても過言ではないし、アメリカ製の兵器が売れるキッカケとなった。
その近代兵器をある程度まで自製に成功したのが中国だった。人口差でアメリカの7倍多い人口を持つ中国の台頭に、アメリカは警戒するようになる。同時に安定した日本政治に対しても批判的な見方をするようになる。中南米軍成立と中南米諸国の結束に対抗するだけの手段が無いと判断すると、非人道的な手段を講じ始める。記憶に新しいのが、難民のメキシコ国境の流入だ。収監していた囚人を開放して、どさくさ紛れに国境の外へ放出するようになると、放出された側がどうなろうと構わない姿勢がはっきりする。日本が否定した宗教団体との関係を未だに続けて、あろうことか教団の資金源を供給していたのだから、共和党政権自体が狂っていると言わざるを得ない。
「共和党が支援を続けようとするから、韓国政府も教団の取締りに乗り出そうとしない・・」
杏は、教団施設に隕石を落とした作戦をようやく、受け止められる様になっていた。    

2040年現在、日本国憲法は北朝鮮、北韓総督府で使われている。北朝鮮が4月の国民投票で独立となると、日本国憲法をベースに憲法が制定される。旧満州経済特区の黒竜江省と 省は経済特区の際に中国憲法の対象から外れ、北韓総督府の統治に移行し、関連性のない象徴天皇等の条文は除外して、事実上、日本国憲法と民法を流用している。今回北朝鮮で制定される新憲法も、日本国憲法をベースとすると北韓総督府は明言しており、首相ではなく、国家元首を大統領とする。当然、天皇、皇族に関する項目は除外され、中南米軍傘下の自前の軍隊を設ける。日本との主な相違点は以上となり、それ以外の項目は殆ど一緒となると言う。 本家本元の日本国憲法は2021年衆院選で学者、研究者を中心とする新党が大躍進し、政権を担ってからは憲法改正に関する議論さえしなくなリ、不変の憲法となりつつある。    

 日本が憲法を改正する必要が無くなったのも、日本人が元首を務める同盟国ベネズエラのポジションが重要な役割を担った。一時期、憲法の拡大解釈で自衛隊を国連軍として活用するケースが増えた。海外派遣や派兵といった業務に無人兵器、無人部隊を当て、自衛隊員は前線の無人部隊の後方支援を担う形を取り、合憲の枠組みを維持した。日本の人口減少の影響と国防に対する敬遠から、自衛隊員の減少傾向も続いていたが、後にビルマとなるミャンマー軍とタイ軍を自衛隊に包括し、ASEAN、南アジア地域全体の防衛を担うべく変化したことで、人員不足の問題は解消された。国連が先進的なAI兵器、無人兵器を持つ自衛隊のアドバンテージを欲し、事が生じれば自衛隊に派遣申請を繰り返すようになってゆくようになるのだが、そこには国連事務総長を2期10年努めた、モリの思惑が絡んでいた。

当初、日本の統治下にあった北朝鮮を独立させて北朝鮮軍に国連軍と海外派兵の役割を委譲するプランを掲げていたが、モリが最貧国ベネズエラの再建に大統領として携わるようになり、大きくシナリオは書き換えられる。中南米諸国を一大経済圏に纏めて、各国の軍隊を統合してゆく過程で、自衛隊派生のベネズエラ軍が、中南米軍へと変遷していった。    
中南米軍が世界屈指の軍事力を持つ過程で、自衛隊の海外防衛の役割を移譲していった。 組織構成や内容的には友軍であり、半ば一体化していたが、モリがベネズエラ大統領となった9年前から、自衛隊は日本防衛だけを担う組織として規模を縮小し、予算規模的にも従来通りの自衛隊になった。              
「信教の自由」に関しても政権交代により明確なスタンスを打ち出すようになる。   
国会のみならず、全国の市町村でも宗教絡みの政党の議席が完全に無くなったので、「政教分離」の徹底に乗り出し、最高裁まで争いながら、宗教関係の政党を解散に追い込んだ。 宗教絡みで無法地帯になる可能性が高かったのが、北朝鮮だった。エセ社会主義国家だったので、韓国や日本の新興宗教の草刈り場となる可能性が指摘されていた。日本政府と北韓総督府は、全ての新興宗教に対して、国家として体を成すまで布教禁止の通達を出して、北朝鮮内での拠点作りを認めていない。その代わりにチベット仏教と日本国内に展開するキリスト教とイスラム教と、古からの仏教各派には教会、モスク、寺の建立を容認した。  
2040年で、国家に転ずれば新興宗教も解禁か?と一方的に期待していたようだが、何故か、日本に於ける新興宗教の経営が傾き始めていた。  

火星基地が存在し、月面有人基地が間もなく完成する状況に、宗教自体の存続が危ぶまれている。既存の宗教ですら、宇宙と宗教の共存関係を見出すことが出来ずに居た。そもそも教義自体が矛盾点だらけであり、宇宙と反すると指摘されていた。           
中には「宇宙経典だ、銀河系全てを束ねる宗教なのだ」と語る、怪しい宗教団体も生まれて居たが、無垢な北朝鮮の人々を遍く保護する必要があるとして、今も新興宗教を認可せず、拒み続けている。
ーーー                     綻びはフィリピンから始まった。マニラ近郊で失踪事件に関与した犯人が逮捕された。  
フィリピンの大統領が記者会見でアメリカを糾弾し、罵しる。何故、凶悪犯を放ったのかと。ベルギー・ブリュッセルでの事件の教訓を得て、青酸カリの中和剤である亜硝酸アミルとチオ硫酸ナトリウムを各地で用意して、是が非でも犯人を死亡させない体制を整えていた。
アジアに居るはずが、欧州に服役囚が移動していたのは命令違反で、アメリカにも予想外だった。管理下に置かずに放置したのもCIAの失態だった。

怒りに震える日本の官房長官の映像を、様々なメディアが繰り返し報道する。アメリカは服役犯の状況を即座に公表すべきだと訴え、殺害され、怪我を負った被害者とその家族の為にも誠意を見せろと日本の官房長官は息巻いていた。「犯罪者を故意に放ったのが事実ならば、私はあなた方を決して許さないでしょう」と凄んで見せた。被害者の息子の母親としては当然の反応だろう。

この会見と犯人情報の報道で、世界のニュースはブリュッセルの殺傷事件に話が置き換わる。父親のモリが会見に同席していない事が、怒りの度合いを表明しているとまで、言い切った。ベネズエラ大統領と日本の官房長官の夫婦には、ブリュッセルとフィリピンの事件の詳細な報告を伝えているらしい。

アメリカ共和党政権は、自分たちが仕出かした事の大きさに今更ながらに気が付いた。まさか、香港に放った犯人がベルギーで事件に及び、DNAの提供を要請されるとは思っても見なかった。言い繕う材料も無く、警察の不手際だったと謝罪するしかない、とこの後に及んで責任回避策を真剣に議論していた。しかし、韓国とフィリピンの失踪事件でも中南米軍が全面的に協力している事が分かると、トカゲの尻尾切りでは済まないと悟る。ベネズエラと日本は、アメリカ政府に対して懐疑的な見方をしている可能性が高い。      
ーーー                     ユーラシア大陸を除く世界を束ね始めたモリが向かおうとしている先が何処であり、何なのか、杏を始めとする娘達、母親達で事ある毎に話し合い、論じあってきた。
モリが日々記入しているノートも今では家族でさえも参照できなくなった。ノートの愛読者だった鮎と蛍が、議員に当選して暫く経った後のノートを見開いたのが最後だと聞いている。20年近くも前の話なので、ベネズエラや宇宙開発に関する記述がある筈も無く、現時点で最終ページがどのように変化しているのかまでは分からない。

鮎先生は断定したような発言をしていたな、と杏は回想する。
「リベラル系の人々が運営する世界を、モリが創ろうとしているのは間違いない。リベラルが巨額の資金と最強の軍隊を持つ、世界初の体制って言うと凄く怪しいけど、実は狙ってるんじゃないかな?」と。

嘗て、マルクス・レーニン主義が持て囃され、各国のエリート層がマルクスの著作を読みふけり、心酔した時代があった。
金森、阪本の歴代首相とモリが学生の頃にソ連が崩壊したので、日本のリーダー達は社会主義、共産主義に対してアレルギーに近い懐疑的な印象を抱いていた。しかし21世紀になって市場経済を導入した中国が台頭してくると、中国共産党が作り上げた社会であり国家を、中国の人々が自画自賛するようになる。

日本のリーダー達は中国の計画経済、市場経済についても懐疑的な見方をしていた。計画自体が過剰なので、社会に歪みが生じるのは避けられないだろうと批判的に捉えていた。およそ、社会主義を掲げる国家が選択する内容ではないと。  

嘗てのソ連や東欧のワルシャワ条約機構体制の権力者達と同じ道を辿るだけだ、と考えていた。モリ一人だけがリアリストだった。ソ連の消滅は西側諸国との産業力と人々の生活レベルの乖離がジャブのように効いた。方や中国は計画経済と称して、資本主義的に企業競争力を煽って成功していた。アメリカ経済を抜いて、世界一になろうという野心を滲ませていた。
それ故に、モリは2つのコンセプトを掲げる。産業と軍事力を、独創的で頓に真似のできないレベルに引き上げ始める。日本連合でしか造れないモノ、自衛隊・中南米軍だからこそ活きる兵器や戦術を編みだしてゆく。

産業強化とユニークな防衛・軍事力は対中国だけに留まらない。アメリカに対しても効果的だ。中国に対しては台湾との協業で、華僑ネットワークの分断を図って、漢族を中国内に戻し始める。北米からの移民に対しては職能トレーニングを施して、各人の希望職種と適正を本人共々見極めてゆく。製薬会社のMRや、アンモニア駆動車、最先端半導体、AI家電、飲食チェーン店舗の雇われ店長、住宅・マンションデベロッパー営業などの職種で中南米諸国でOJTを含めて行っている。トレーニングが完了すると、彼らを北米に進出する事業に戦力として投じてゆく。何しろ、英語はお手の物の人達だ。アンモニア駆動車、製薬、半導体、家電、住宅等は他社にない製品、商品なので、極端な話、誰にでも売れる。
国際競争力のある中南米企業が北米に進出するのだが、社員の現地採用は当分考える必要がない。1000万人を越える、元アメリカ人と元カナダ人が潤沢に居るので、両国の雇用には暫く、貢献できない。特にアンモニアカーと燃料としてのアンモニアは北米で売れ捲くるだろう。      
ーーー                     状況が刻一刻と悪化する。共和党政権の反応が鈍いと感じたアメリカの民主党は、別個に調査活動を始めて、事件の事実関係の把握に動き出す。手っ取り早いのは中南米軍の犯罪チームに密かに教えを請う。状況の整理と理解が済むと、何故共和党が滞っているのかが判明する。

「大問題だ。このままでは戦争になりかねない!」民主党の議員たちは会見を開いて、事件の概要を公表し、関係国への謝罪を行う。それと同時に、共和党政権の弾劾手続きを検討していると、共和党に揺さぶりを掛けてゆく。この国を守るためにも、野党である民主党が態度を示す時だ!と立ち上がる姿勢を国民にアピールして見せる。      

八方塞がりとなった大統領に至っては、ベネズエラはホワイトハウスに隕石を落とすのではないかと震え、青ざめているようだと噂が広まっていた。大統領の取り巻き達が地下シェルターへ移動する訓練もしておくべきかもしれませんと進言すると、大統領は本当に地下に潜ろうとしたと言う。大統領がホワイトハウスの地下シェルターに潜ったらしいとホワイトハウス担当のマスコミに漏れると、「弱腰チキンと揶揄されるだけの事はある」と、やや侮蔑的な表現で大統領を非難する声が、次第に目立つようになる。     

後は、アメリカがどう動き、責任をどのように取るのか見守るしかない。          

大統領の講義後、甘味休憩に食堂へ向かった3人の若き秘書官の会話の中心は、科学宇宙省副大臣のパメラの妹カーヴィーだった。片手でお腹をさすりながら、片手を頬に当てて赤面している。その仕草に思うところがあったので、コーヒーセットを選択して、トレイに載せた杏も3人の話の輪に遅れて加わる。
2人の娘が羨むような顔をして、カーヴィーを見ているので間違いないと確信する。自分達も何度か経験してきた雰囲気が漂っていた。
「ヴィー、もしかして出来た?」杏が尋ねるとカーヴィーが益々頬を赤らめて頷く。まだ二十歳前だが、ベネズエラでは違和感は無い。3人の姉達の初産も同じ年頃だった。
「良かったね〜、おめでとう。実は私も出来たかもしれない」杏がお腹を擦る。もう照れる歳でもない。妊娠しているのなら、3人目になるので当たり前なのだが。

大統領秘書官達が食堂の一角で歓声を上げているので、「何事?」とティーブレイク中のスタッフ達が顔を向けたのだが、それも一瞬に過ぎなかった。

(つづく)       

さてはて、どうなることやら・・
静観・・


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