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(8) 京女と勇者(?)がパーティーを組む、の巻(2023.10改)

16日月曜、知事と副知事、そして秘書の蛍は通常通り県庁に出勤していった。但し、暫く県警の車両が警備役として伴走するそうだ。

朝食後、田んぼの水入れを行うので、村の外れに向かった。ムラへの出入口となる2箇所にはプレハブの小屋が詰所として設けられ、警官が交代で警備に当たっている。
夏なので大変だ。プレハブ内には扇風機しかないらしく、晴れた日中は蒸し風呂状態だろう。
知事が倉庫にあったモリのタープを貸し出して、日除けとして使っている。村の老人達は冷えた麦茶やスイカの差し入れを日中提供しているらしい

田んぼの水入れを終えて、畑でトマトを収穫していると警官が寄ってきて敬礼され、「モリさんにお電話です」と言ってガラケーを渡される。
代わりにスーパーの袋に入ったトマトを渡すと深々と頭を下げられた。

電話の主は警視庁公安部の長に当たる人物からだった。不幸な事件でしたね、から始まると、犯行グループの選定と指示を出していた、まだ公表していない警視庁長官と次官を辞表提出前に更迭し、事情聴取中だと語る。

黒幕が誰だか知っているモリは、相槌だけして話を聞いていた。
要件は1点だった。今日の午後、現職の米国大使と共に富山へ向かうので時間を貰えないだろうか、というので身構える。大統領を更迭するに当たり、犯行に強硬に反対した副大統領からの親書を手渡し、CIAも本件には関与していない旨、極東地域担当の責任者から話をさせるという。

モリは、現職の米国大使を警視庁公安部がどの程度まで抑えているか質問する。モリの分析と比較して、公安本部の長の能力を推し量ろうと考えた。
「CIA極東地域の責任者は彼の友人で、週に1度は飲んでいます。この責任者は副大統領の親戚筋に当たる人物で、今回の事件の撤回を副大統領に何度も進言したのがわかっています」というので興味を持った。宿泊先の温泉旅館と到着予定時刻を聞いて電話を終えた。

「どうもありがとう!助かりました」会話が聞こえない様に気配りして、離れていた場所に居る警官に声を掛けて携帯を返却する。そして互いの任務についた。モリはナスの収穫に取り掛かった。

ーーー

収穫した野菜をバギーに載せて家に帰り、午後予定していた鮎釣りが出来なくなったと、あゆみと彩乃に詫びる。警察から連絡があって出掛けねばならなくなったと告げる。
「鞄を持っていきます」と志乃に言うと、部屋の皆に緊張が走ったのが分かった。

「鞄」とは、ムラの村長が長野の友人のツテで手に入れた、競技用のピストル銃2式が入ったバッグを指す。
一つは志乃が練習に使うように言われ、村長から彼女の決意を聞いた。モリも初めて扱う銃なので事前に練習する必要がある。

「お出かけは何時ですか?」「夕方なので、昼を食べたら練習しませんか」と誘うと頷く。試しに志乃に数発撃たせて見てもいい。金森家の山中には誰もいないので練習し放題だ。

「鞄が必要ということは、県警には行かないのですね?」翔子が確認を求める。

「はい。東京から警視庁のお偉いさんがお忍びでやって来るそうです。事件後の外出なので、念の為に持参します」

・・公安本部は銃の所有申請者が志乃で、村長が保証したのを知っている筈だ。実際の利用者が誰かも分かっている。ならば持ち歩いて見せた方がいい。

「分かりました。知事と副知事には一報しておきます。お忍びですから、県警にも内緒の方がいいのですよね?」
鮎の不在時のリーダー役は翔子に決まったのだろう。だからといって全ての報告を鮎が捌ける筈もない・・

「お偉いさんは現職のアメリカ大使を連れてくるそうです。県警には既に連絡が行ってるでしょう。知事にも一報が入るはずです。連絡は不要です」

「大丈夫なんですか?」

「ええ、彼は味方です。大丈夫です」
そう言えば、皆安心する。

ーーーー

お昼のニュースは首相が救急車で運ばれたというニュースを伝える。大量の出血があったと伝えているが、真偽の程は分からない。
政府側は官房長官ではなく、副官房長官が伝えている。官房長官も入院するのだろうか?と考える。警視庁長官が事情聴取されているのなら、進退は決まったようなものだ。​

志乃は幸のトレーニングウエアを急遽借りた。同じような体付きなのは知っていたが、ここまで違和感がないとは思わなかった。目指すは自家山林内に用意した私設射撃場だ。​
ただ、​木を切り倒しただけなのだが、モリはライフルも一応持ってゆく。​​​

車に乗り込む前に志乃に幸が​伝えている。志乃が赤くなって頷いている。こちらは真剣なのだが、こうして余計な情報は共有されてゆくのだろう。​国道を岐阜方面に走って、橋を渡って対岸へゆくと舗装されていない山道に車両を踏み入れる。ここで一旦停車してドローンを飛ばす。周囲の生体反応・・今回は動物というよりヒトを事件後なだけに警戒する。暫くタブレットを眺めてから、車両を発信させる。

「あ、何か居ます。わっ、凄いいっぱいいます」

「それは猿です。その辺は彼らの生息地なんです。今年はドングリや森の幸が豊かなので、村に降りてこないと思います」

「あの、豊かな山だと何故分かったんですか?」

「気温です。今年は最高気温が35度にまで上がっていません。気象庁は海流の変化だと言ってますが、僕は中国を疑っています。世界の工場が殆どが止まってるんです。北京には青空が戻ったともいわれていますよね」

「なるほど。五箇山に居るので朝晩は肌寒く感じますが、関東も関西も32度位ですよね、毎日」

「はい。来年の夏、中国が生産を再開して岐阜や栃木で最高気温が40度近くなったら、中国が原因だって話になるでしょうね。中国経済の成長と日本と韓国の夏の気温上昇は一度チェックしようと思ってます」

「先生は本当に何でもご存知ですね」

「志乃さんも僕のことよく知ってますよね?」

「えっ?」

「サチに教えたいろんな事を、あなたが忠実に再現してくれるのが嬉しいんです。イメージを具体的にする才能がお有りのようですね」
・・サチに教えたのは性技ばかりだが。

「そうですか・・」

「叔母と姪というより姉妹のようです。一回り離れているように見えませんし。
さて、ここに停めて、数分山道を上がります。えと、ドローンは・・何も周囲にいませんね。一度休憩させましょう」
車のエンジンを止めて、タブレットを外して車外に出るとドローンの回収を始める。志乃が隣にやって来た。

「あの私、先生のお役に立ちたいと思って、銃を学ぼうと手を上げました。ご指導宜しくお願いします。駄目な時は遠慮なく叱って下さい。使えないと思われても、どうかお願いです、最後のチャンスをください。私、一生懸命頑張りますから」そう言って頭を下げている

「頭を上げて下さい。僕は最初から志乃さんにお願いしようと思ってました。
猟銃の許可証は20歳以上ですが、蛍の世代になると持久力やら、体力が持ちません。
志乃さんを朝まで寝かさないでイジメているのは嫌がらせではなく体力テストも兼ねてるんです。先日の行為でお互いがハーフマラソン走ったのと同じくらいのカロリーを消費しました。

大学生はまだ2時間の壁を超えられません。アラフォー組も同じくらいです。志乃さんは立ち仕事だったのもあるのでしょうが、倍の4時間を何度もクリアーしています。ヘトヘト具合も解消されつつあります。体が慣れてきたんです。
それと、恐らく菓子作りが要因なのでしょう。集中力が通常の人よりも有ります。射撃で大事な要素を2つ、既にお持ちなんです。それに撃ってみたいって思いませんでした?」

「あ、思いました。私、高校進学の時、弓道部に入りたくて競合校を志望してたのですが、親が許してくれなくて・・」

「そうですか。確かに的を狙うので同じような集中力が必要なのかもしれませんね・・
そうだ。弓というよりアーチェリーみたいな洋弓もやってみませんか?僕もやってみたいな」
ドローンを回収しながら言う。この欲求は本心だった。

志乃を第一秘書として育てながら、技量を磨くパートナーにも据える。一人で練習するより2人の方がいい。映像も取り合えるし、長い間練習し続ければ、好不調時の第三者的なアドバイスを互いに出来る。それとなによりも夜の相性が良い。手放すつもりは毛頭なかった。

「洋弓・・・はい、是非お願いします」

荷物を手分けして配分すると、2人は山道を登っていった。

ーーーーー

新幹線で富山駅に到着し、富山県警の車で山間の温泉旅館まで40分ほどで到着する。
一台の古いネイビーのゴルフが停まっている。
モリが既に来ていると大使と担当部長に告げて、先にロビーに入ると、モリは村井志乃を連れていた。相手はこちらを知らない。

「突然の連絡でお時間を作っていただき有難うございます。警視庁公安部の篠山と申します」名刺を出す。ササヤマと言ったので、この字だったかという反応が確認できた。

「生憎名刺を作っておらず申し訳ありません。モリです。彼女は秘書の村井です」    

頭を下げる志乃を見る篠山の目が引っ掛かった。そこへ大使ともう一人が日本式にペコペコしながらやって来たので、思わず笑みを浮かべてしまう。すると大使も笑顔になった。

「本当に申し訳なかった。止められなかったんだ」

「それでも、事前に連絡くらいは出来たんじゃないですか?注意しろって」

「まさか日本政府を動かすとは思わなかった。
そのお陰で場所も日時も分からなかった。中止と言う話もあった。その結果があのザマだ。首相も自業自得だ」

「あの入院は本当なんですか?」

「本当だ。かなりの下血量だったらしい。特殊な大腸炎というのは事実だ」
大使の話に篠山氏に顔を向けると、真面目な顔で頷いた。襲われていながら可哀相に思った。殺害に成功していれば下血せずに済んだかもしれない。
「まぁ、お茶でも飲みましょう。大使、その前にご紹介して下さい」

「初めましてモリさん、サミュエル・アンガスといいます。「組織」で極東エリア担当部長をしております」 

「初めまして。どちらで日本語を学ばれたんですか?」・・日本語で組織と呼ばれているのは「C」の方だ・・

「名古屋です。村井さんもはじめまして。実は、あなたのお姉さんと同じ大学の同じサークルにいました。尤も私は大学院3年生で、幸乃さんは入学したばかりでしたから1年しか重なってませんがね。でも、幸乃さんをスカウトしたのは私です。お姉さんはとても可愛らしかった。あなたを見てやっぱり姉妹だと直ぐに分かりました」

大使が日本語が分からないだろうと通訳する。なぜ黙っていた!と大使が詰る。

「出会いはドラマチックな方がいい。モリさんもそう思いますよね?」

アンガス氏に言われて驚いてるのはこちらの方もなのだが、あんたの為にいちいち訳さなきゃならない状況にある、こっちの立場も考えて発言してほしい。

場所を旅館の和風な喫茶店に変える。今日の宿泊客はこの3名だけらしいので、周囲を警戒する必要はない。篠山氏も問題ないとのことなので英語で統一する。志乃はバッグからノートとペンを取り出した。京都の土産店で売ってるような和紙で象られたノートだった。
志乃が菓子職人だと2人は知っているのだろう。メニューを見てあれこれ質問攻めにした。
これから話す本題に入るのを躊躇っているのかもしれない、と勘ぐった程だった。もしくは、志乃を見初めたか、何れかだろう。

「大統領は日本側に責任を負わせて逃れようとしています。首相周辺に日本政府の独断だったと言わせる圧力を掛けています。モリさん、大統領と首相の電話の遣り取りが出回っているのはご存知ですか?」アンガス氏が言う。

「イギリスが持っているらしいという、ロンドン発の噂しか知りません」
実はウチのエンジニアが日本政府のサーバーをハックして入手したのだが、篠山氏を見るとコーヒーの香りを愉しんでいた。

「そうですか。この会話の中で大統領も首相もあなたの名前を出しておらず。大統領の発言は対象があなたではなく、イランの軍人、北朝鮮の棟梁だと言っても、ロジックが合うのです。強引な設定ですが、ジンゾーとの会話での人物はモリさんではないと言い張るつもりです」その可能性はゼロでは無いとは思っていた。志乃にも伝えてあるので2人とも動揺していない。

「なるほど。首相を切り捨てる方向ですか・・それで、共和党内はどうなんですか?」
アンガス氏がこの場のキーマンで、警視庁公安部としてはカウンターパートとしてCIAの橋渡し役についたと見たほうが良さそうだ。

「大統領が強弁しようが民主党が攻撃してくるのは間違いありません。数日後の民主党党大会で、被害者であるあなた方が大統領の関与を訴えれば、選挙に影響が出るのは間違いありません。
そこで提案なのですが、民主党党大会では事件についてあまり触れずに、テクノロジーによる支援策を打ち出していただきたいのです。
民主党党大会後、副大統領の一派が民主党とタッグを組んで大統領を更迭します。
年内までの就任期間は副大統領が暫定大統領となり、11月の選挙戦ではバイドンと戦います。バイドンが勝つでしょうが上院と下院の共和党議席の減少は下げられ、壊滅的な事態は避けられます。2年後、4年後に副大統領が中心となって共和党再起を目指します」

「その際、双方の手を握らせる手段ですが、どのような手を使うのですか?」
アンガス氏が「事件には触れないで」と言い出したので、物凄く嫌な予感がしていた。志乃は既に目を輝かせている。

「君しかおらんだろう。アメリカの救世主になって橋渡ししてくれないだろうか。頼む、この通りだ」大使が英語で日本人のように頭を下げる。

大使が都議に頭を下げる・・・。
なんて世の中になっちまったんだろうと、思わずため息をついた。

ーーーー

夕食前に旅館を辞して、富山市とは逆方向、魚津市に舵を切る。魚津で一番いい宿、一番いい部屋を予約していた。
着替えて市内で評判の寿司屋に行き、次に割烹料理の店で酒を飲んだ。
「明日はライブ初日ですよ」と志乃に嗜められてもだ、これが飲まずにいられようか。

「いいですか。大統領を更迭したところで、ヤツの政治生命は終わりません。日本の首相だって復活する可能性は僅かですが残ります。双方には未だに根強い支持者が居て、「日本の独断だった」「官房長官の独断だった」って擦り付けて「俺は無実だ」って宣言すれば、蘇るかもしれないんです。通常は、両者を抹殺しなければなりません。2度と世に出て来ないように呪いの十字架に貼り付けて厳重に封印すべきなんです。それなのに退陣しただけで終わりって、理不尽じゃないですか?」
と言いながらも、実は志乃に甘える為の言葉でしかなく、良い落とし処だと思っていた。

相手をギロチン台に載せるようなデビュー戦は好ましく無い。初戦は敵の数を最小限度に抑えて、最大公約数を求める勝利が望ましい。国際政治が舞台ならば尚の事、不特定多数を敵に廻せばその対策だけで目も当てられなくなる。
正直に言えば大統領と日本の与党は抹殺して、根絶やししたいくらい大キライだ。

大統領共々共和党に壊滅的な被害を与えてしまうと、80近い爺さんを候補にするような民主党政権に力を与えてしまう。国内外で統治能力を発揮できるとは到底思えず、共和党代議士たちの奮起の場を残しておかないとアメリカは今以上に混乱するかもしれない。

「さ、宿に帰りましょう」志乃からカードを渡されて、サインして店を出る。財布も持ってもらう体たらくな男・・。

この日3箇所目の「play ground」となるホテルを2人で見上げる。

「なんか学生の頃に戻ったみたいです。乱暴者で申し訳ありません・・」と呟くと。

「その頃にお会いしてたら最高でしたのに」とおっしゃるが、流石に20歳差は犯罪だろう。

「サチはもっと離れてるじゃないですか。その辺はもう少しお話を伺う必要があります。かわいい姪っ子ですし、それに彩乃も控えていますからね」と言われて驚く。

「先生は彩乃の中でヒーローになっています。腕っ節が強いのを隠していたのは高ポイントでした。女子は王子様に憧れますから」

「これが、王子様ですか?」
自分を指差して尋ねる

「私にとっては素敵な勇者様です!」といいながら二の腕で突っ張って体全体で押してくる。

部屋に押し込まれ、そのままベッドに倒れ込むと全てが有耶無耶になる。取り敢えず勇者リクエストにお応えして、京を手中にした尊氏になりきり、目の前の京女を何度も攻略してみせた。

(つづく)


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