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(4)外交の場で 暴れてみた。(2023.10改)

「期間限定ですって? コロナ問題が解決したら、どうされるのですか?」

「その先の予定は白紙となります。申し訳ないのですが」

両国の官僚がテーブル越しに対峙する場で、担当者同士がやり取りをする。農水事務次官殿と視線を合わせて互いに頷きあうと、モリは立ち上がり、ホワイトボードに向かった。

ラオス農林省々舎を農水省の官僚達と訪れ、実務者協議に参加していた。
日本の大使に伝えていた「コロナ時の特別対応」という話は、現場まで届いていなかったようだ。役人たちの歓迎具合や口調がハイなので、情報伝達漏れの可能性は想定はしていたが、どうやら徹底されていなかったらしい。

また、コロナにより陸路で中国雲南省から陸路で搬入されていた物資供給がほぼ停止しており、生活雑貨や麦などの調達先をタイに依存した状況になっているという。
中国から矛先を変えた事で「何を今更」と隣国タイから言われ、足元を見られているというが、その状況説明の後でラオス側から出された要望は唖然とするモノだった。石油やガス、小麦や食用油などの物資の提供を日本に求めてきた。
俄に理解に苦しむ。日本から運搬すれば運送費用もかかるし、タイとベトナムからの物資は日本の流通業需要分で援助物資ではない。「なんでもいいので提供していただきたい」という姿勢に、カチンと来ていた。

「対価」「Consideration」「ພິຈາລະນາ」汚いラオ語を、漢字と英語と共に書き並べる。

「読めますでしょうか? 両国の担当者同士が集う交渉の場で、相手から貰い慣れているあなた方から次々と甘えの類を持ち出されると、話を聞いているだけで虫唾が湧きます。

貴国のスタンスは交渉ではなく、貰い乞食ではありませんか! てめえら、援助慣れし過ぎなんだよ!」
最後だけ日本語で言い放って「バン!」とホワイトボードの下の方を手のひらで叩くと、ボードのストッパーが外れて、ほぼ90度になった。コクヲ製のボードなので、予想通りの結果が得られ、満足する。
ラオス農林省の面々に怯えた表情を見て取り、最後の一文までしっかり通訳してくれのだと理解する。

「今回の農業支援のサービス費用は農家の方々に少額の請求が生じているのは、皆さんもご存知だと思います。ラオスの農家の方々の日雇い作業費用を参考にさせていただいて、我々のタイのスタッフが算出した費用です。他国でも同じようにして金額を請求していますが、その上で各国からは相応の対価を別枠として頂いています。サービス費用があまりにも安価で申し訳無いと思われているので、別途費用を出して頂いているのです。

日本から港まで機器を運び、それぞれの農家さんの田んぼまで輸送するコストを全く料金に含んでいないのがお分かりいただけたのでしょう。
更に貴国は内陸国です。周辺国より運搬コストが掛かるので大赤字なんです。どうやら皆さんお忘れのようですので、敢えて言わせていただきました。輸送コストもコロナ禍では馬鹿になりません。
それでも農家の方々が困窮されているのが分っているので、なんとかせねばと貴国まで持ち運び、我がチームが作業をしています。
災害復旧工事や天変地異遭遇時の人道的な措置と同じで、「仕方がないから施して差し上げた。自国民がコロナに晒されているのに!」ですよ」

カッコ内を英語でホワイトボードに書き込んで、暫く黙りながら相手の顔を睨み付け、そして新たに書き加える。

・「民間機は飛んでいない」
・「海運含めて、物流コストが軒並み高騰している」

・「困っているのはあなた達だけではない!」
・「ラオスという貰い乞食は、やっぱり貰い乞食だった!」と。

そして 言い放つ。
「交渉決裂です。次回の会合も未定とします。すみませんが日本側にこの部屋を暫く貸して下さい。日本チームはトイレ休憩後、ラオス撤退プランの打合せをしましょう。それでは散会します、ありがとうございました!」

モリはそう言って部屋から出ていった。
パウンさんが予定通りにスマホでホワイトボードに書かれた内容を写真に何枚も撮ってから、「後で録音データと共にメール致します」とタイ語でラオスの皆さんに向かって言ってから、ホワイトボードの清掃を始めた。

均整あるパウンさんの後ろ姿に魅了されたのか、粛々と作業する彼女を呆然と見るだけで誰も手伝おうとしなかったという。

タイ語とラオ語は似ているので 双方が意味も内容も理解できる。
方言のようなもの、なのかもしれない。

ーーー

トイレから出てくると、ラオスの農林大臣と事務次官が待ち構えていた。

「部下の数名が失礼な物言いをして申し訳ありませんでした。彼らを退席させますので再度協議させていただけないでしょうか・・」

「発言をされていた方々は、農林省で重責を担っている方々ではないですか。残った方々で協議が出来るのでしょうか? 私には疑問ですね・・」

「可能です。私が取りまとめます!」事務次官殿が言う。

「どなたが担当されても交渉結果は変わりませんよ。それでも再開するのですか?」
敢えて笑顔で言ってみる。

「モリさんが憤慨されるのは当然で、我々の不手際が問題だったと反省しています。次回に繋げる為にも、協議の継続をお願いしたいのです」農林大臣が頭を下げる。

「今回は無理です。理由をご説明しましょう。シンガポール企業が日本で手掛けている事業は、一次産業従事者や市民の皆さんの生活を支える品々という前提で製造され、各国から仕入れたものばかりです。しかし何故か日本政府の敵対勢力と見做され、同社を引退した地方議員である私の生命を奪おうと考え、殺戮対象になったのは ご存知かと思います。
市民生活を維持する為の事業をするだけで、日本では反体制派に位置付けられてしまうのです。しかし、共産党一党独裁体制にある貴国は何故か我々の事業を欲しがられる。実に不可思議な現象に思えて仕方がありません。

さて、お二人に質問ですが、反体制派の代表格と日本政府に認定された人物である私が、人権侵害を公然と行っている国を支援すると思われますでしょうか?
日本の政府与党に徹底的に報復しようと、日夜アレコレ考えて取り組んでいるような反逆者でもあります。これは想像ですが、私が貴国の国民であったなら、会社の資産まで差し押さえられて、獄中に囚われているかもしれません。
しかし、日本ではご存知のように、私に刃を向けてきた連中は尽く捕らえられております。

あとは1匹を残すのみ。米国大統領閣下です。あのブタ野郎を捕らえれば、私の復讐劇は一旦幕を閉じます。その次はどうしましょう?これもなにかの縁かもしれません。この都市とプノンペンの牢屋に居る同胞、反体制派の人々の救出作戦でも始めるとしましょうか? いや、ミャンマーの軍事政権を何とかしないと貴国も今のお立場を理解できないかもしれませんね。

米国はくそったれ野郎を謹慎状態に置いてまで、我々の事業を求めて来ました。私は来月渡米して、彼らの期待に応えようと考えています。

貴国に、そしてプノンペン政府に、米国政府や政治家達と同じ度量がもしあるのなら、快くビジネスに応じますが、あなた方を支援している自分を今は全く想像できないのです。それでは、失礼致します」

そう言い残して2人をその場に残して、モリは去っていった。

ーーー

外務省と農林省の2つの実務者間の外交交渉が、不調どころか決裂状態に終わったと報告を受けたラオス政府と首相は、想定外の結果に驚愕する。昨夜のベトナムでの対応とは異なり、日本側は打って変わって出て来た。

援助の主体がプルシアンブルー社の農業支援なので、日本の外相と政府関係者が不在の変則的な訪問団とはいえ、人選的には座長として農政と外交の事務方のトップも揃っていた。
中国の支援内容と両天秤に掛けて相応の支援を引き出す従来通りの手段を取っていた農業交渉の場で、モリが介入して協議が決裂するとは思っても見なかった。

ラオス首相はビエンチャンの中国大使に即座に連絡し、日本に援助物資の供与を断られたと告げ、至急の物資提供を中国側に要請する。想定外の要請を受けたビエンチャン駐留の中国大使は、ラオスの外相と農林大臣に電話して会談の場で何があったのか問いただす。農林大臣曰く、事務次官との3者間での立ち話の中で、モリが人権侵害と一党独裁体制に懐疑的な姿勢を明かしたという。

訪問団の事実上の主役であるモリは ラオス政府主催の晩餐会の欠席を伝え、既にホテルを出て所在不明だという。カンボジア政府の晩餐会にも出ないとの連絡がプノンペンに入ったようだ。中国大使は大使館員にラオス警察の支援を指示し、モリの居場所の捜索に乗り出す。
中国警察の人員を大使館員として、多数ビエンチャンに派遣していた。

ビエンチャンとプノンペンからの速報が北京政府にも届き、日本から援助物資を引き出せとラオスとカンボジア政府に伝えた外相と中国外務省の思惑が思わぬ形で暗転してしまった。
ベトナム政府とラオス政府の相違は、裏に中国の影があるかないか、それだけだった。
この後に及んで人権侵害と一党支配を糾弾するモリとは何者だと、日本の中国大使に問合せが生じる。モリの指摘は一般的な中国批判と同じだからだ。

日本の訪問団に同行している記者たちは、ラオスに対する日本の立場をプルシアンブルー社が変えたと本社デスクに伝える。プノンペンでもビエンチャンに準じた立場を取ると思われる、と。

東南アジア諸国を取り巻く状況は近年になって混沌したものとなった。中国の習 近々平が一帯一路政策を掲げて、寄港地となる南シナ海からインド洋の沿岸国に莫大な資金を投じていった。航路を「真珠の首飾り」と呼んでスリランカ、ミャンマー、カンボジア等の独裁政権の沿岸国とタイマレーシア鉄道との接続を視野に、雲南省からラオスを縦断する鉄道建設を始めてミャンマーとラオス、カンボジアには莫大な資金が投じられた。
「自由で安全な航路を確保する」とアメリカが表明し、インド、オーストラリア、マレーシア、ベトナム、フィリピンそして日本に連帯を求め、特に日本政府に資金をバラまくように指示を出した。早速、日本外交の節操のなさが露呈する。
中国が力を入れている人権侵害国家にも資金を投じて日本企業を進出させ、軍事独裁政権を支持するダブルスタンダード状態が維持される。ミャンマー、ラオス、カンボジア等が反政府運動や対立団体を粛清し、逮捕しようが知らぬ存ぜぬの立場を取りながら資金援助を続け、事実上政権の延命に加担した。

プルシアンブルー社は新興企業であり、日本企業ではなくシンガポール資本の企業だ。日本企業とは異なり、企業ポリシーが一貫しているのでヘンな国、おかしな企業や人物には関与しない。
今回はコロナ禍という人道的な観点で、ラオスとカンボジアの支援に乗ったが、人権侵害国家の存続には一切加担しない。
同社元会長のモリが特例を認めて妥協する訳には行かない。それ故に外交団を説き伏せて、今までの日本政府とは真逆の対応を取った。

ミャンマー、ラオス、カンボジア等の人権侵害国家に進出している日本企業名を、記者達はリストアップし、訪問団の筋の通った外交姿勢を評価する記事を書き封じた。
日本の訪問団は、ダブスタ大国のアメリカと、人権侵害国を咎めようともしない元祖人権侵害国家・中国を糾弾したのと同じとなる。事実、2021年以降の日本の海外投資額は激減する。
翌年以降、日本はアメリカの言いなりに従わなくなり、アメリカも日本に強要しなくなるからだ。

ーーー

モリとアジア人秘書の2人がビエンチャン市内のカフェ巡りを行なってるのと同時に、開店したばかりのショッピングモールで、モリの養女達がバイヤーのように買いまくっているのが判明する。

ラオス南部のベトナム国境付近の高原地帯がコーヒーの一大生産地となっている。共にフランス統治時代の名残だが、インドシナ3国にはカフェの文化が残されていた。
しかし、フランスからの独立戦争を経てベトナム戦争、ポルポト政権による虐殺、内陸国ラオスの孤島化により、フランスの残した文化の香りは廃れてしまう。

観光産業の成長と、中国人口爆発とコロナの引篭り需要によるコーヒー産業の急成長で、ベトナムとラオスのコーヒー生産量は年々増えている。
事実、良質な豆を生産する農園、農家が多いのをカフェのオーナーや焙煎会社の社長との会話から読み取っていた。
カフェ好きなチャワリットさんとパウンさんの通訳とアドバイスを受けながら5,6店舗は周り、飲んだコーヒーの豆を購入して廻っていた。

何とか晩餐会出席に漕ぎ着けろと指示を受けた外交官とラオスの警察、中国大使館員達は入れ代わり立ち代わりモリたちに近づこうとするが、謎の護衛集団が一行を警備しており近づけないでいた。驚いたのはラオス料理の有名店がビエンチャン駐在のタイ大使の名前で貸し切られていたのだが、モリ一行が現れ、娘たちも合流した。

そこにタイ大使と王族関係者が現れ、約3時間に渡って会食が続いた。店舗の周囲には屈強な男達が立ち並んでいたのだが、モリ一行をガードしていたのはタイ人だったと判明する。

なお、モリ抜きの晩餐会が締まらなかったのは 言うまでもない。

(つづく)


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