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(7)オプションプランは継続中。

「日本の新聞って、上っ面な記事ばっかり・・」   茜はそう思いながら、隣席に居るフラウに新聞を渡して、窓の外の光景を眺める。河川敷の土手沿いに植えられている里桜並木が八重の花びらを幾つもぶら下げている。八重桜の濃い桃色で満開となった様を見ながら、微笑む。「ねぇ、富山のソメイヨシノも咲き始めたんだって。GW前に、富山に行かない?田植えの前に金沢観光でもしようよ」窓の外を指差しながら茜が言うと、新聞を見ていたフラウがやや遅れて頷いた。「そうしようか、学校の講義も無くなる頃だし・・月面基地の次は海上都市だってさ、名前もアトランティス・ プロジェクトって、如何にもって名前だよね」
「ムー大陸だっけ? 中南米の海軍が太平洋を探査しても、それらしき痕跡は発見できなかったって パメラさんが官房長官の頃に、会見で言ってたけど・・。アトランティス計画自体、フラウのお婆ちゃんも知らなかったんでしょ?ウチのお婆ちゃんも五箇山で一緒だったのに一言も言わなかったって、モニター越しでも怒ってるのが分かった位だったし」

フラウが海洋都市の建設手法が小さく図解されていた記事を茜に見せる。浅い海底面に海底油田の建造物と同じ工法で櫓を組んで海底にアンカーを打ち付けて補強し、高波に影響されない海面地点に小規模な街を建造するのだと言う。港だけでなく、フローティング式の海上滑走路も用意される予定で、船舶だけでなく航空機による輸送も兼ねた、本格的な経由地を目指しているようだ。ハリケーンや台風の発生しない海域とは言え、難工事が予想されると補足記事に書かれているが、ベネズエラが深海探査や海底火山調査等で活躍している水陸両用モビルスーツ、モビルアーマーを保有している点には記者は触れていない。通常の建設手法とは異なる手段を把握していないのかもしれない。月面基地ですら無人化製造出来る、稀有な国だ。海上都市建設はヒトが介在出来る分、建造上のハードルはよっぽど低い筈だ。     

海上都市建設よりも、3人が先月訪れたタヒチ島、ボラボラ島を持つ仏領ポリネシアの独立をベネズエラが支援すると表明した以降の状況をフラウは注視していた。日本の新聞の扱いは「態度を硬化させたフランスが南太平洋へ軍の増派を表明した」という極めて小さなものでしかなく、欲する情報が得られない。
その点、海外メディアは今後の欧州の動きに懸念を感じているようで本件の扱いも丁寧だ。フランス政府の発表を受けて、カナダ3州に中南米諸国が肩入れを始めている状況を憂慮しているカナダ政府が同調、唯一の英国連邦であるカナダに、フランスもNATOの一員だとイギリスも賛同の姿勢を見せている。他国が支援する独立は容認できない立場を共有し、仏加英でタッグを組もうとしている。
具体的には、本国から南太平洋に至る補給路を既に失っているフランスへの支援の為に、カナダ経由で物資を送る協力の姿勢を打ち出し、仏軍の巡洋艦、フリゲート艦、潜水艦と航空部隊をタヒチ島へ移動を始めている。カナダ議会とイギリス議会では、南太平洋へのフリゲート艦、戦闘機派遣の協議も始まっているようだ。

フランスが軍の主力部隊を南太平洋に移動する威厳を見せつける姿勢は、独立を掲げるポリネシアの人々への恣意的行為として通常は受け止められる。実際は、フランス国内の保守層に向けたアピール目的なのだが、「軍を動かした」事実は保守層に喜ばれるだろう。南米ギアナ、ニューカレドニアの独立に続いて、更にフランスの領土を失い兼ねない状況を憂慮する層を喜ばせる材料にもなる。 しかし、世界最強の軍隊となった中南米軍とフランス主力部隊と比較するのも憚られる程の規模の違いがある。仏軍に仮に加英の2軍が加わっても穴埋めにもならないだろう。
中南米軍も兵力差を理解しているのだろう、敢えて南太平洋には増派を送らず、対立の構図を煽らない姿勢を見せている。           
 アメリカの国内事情の混乱を鑑みて、中南米軍は大西洋沖に大西洋方面部隊を展開させて米海軍の動きを牽制しているが、その部隊を差し引いたとしても、太平洋方面部隊だけで優にフランス軍を凌駕できる軍事力を所持している中南米軍に、対抗など出来るはずもないので、フランスの単なる牽制に過ぎないと、専門家達は見ているのだろうか・・    
フラウは小さな記事の背景にある状況を想定しながら判断する。去年イタリアで祖父から学んだ、全体を俯瞰しながら、ゴールに至る迄のパターンを幾つか見出す手法だった。
たまたま祖父とイタリアに滞在していた折、エジプト軍が隣国スーダンに攻め入った。エジプト軍の動きと配置情報の分析結果を元に、万が一に備えていた中南米軍はエジプト軍の進行を難なく阻止した。そのプランを立案し、作戦の采配をリモートで奮ったのが総司令官職の祖父だった。
サッカー戦術の応用だと祖父は笑いながらマップを表示して見せたが、それを見てフラウは即座に理解した。表示されたマップも、入力されたデータもサッカーの応用だと言われて、理解した。
AIに組み込まれた戦術プランは、サッカー選手である叔父達、従兄弟達、そして自分達も戦術分析に利用している。今日の試合も相手がプロのクラブチームなので、データが潤沢に揃っているので解析は容易だった。今後、戦争や紛争が世界で減少しても、サッカーは毎週のように何処かの国で行われている。つまり、サッカーの攻防のデータが戦闘用のビッグデータとして積み重なってゆく。AIも常に対戦相手を考え続けるので、「戦術脳」「交戦ノウハウ」が成長してゆく。AIもサッカーを基準にして、戦術が日々進化してゆくので、いざ紛争が勃発し、交戦となっても対応が可能となる。
「アメリカの戦闘用AIが弱い理由は、彼の国では野球とアメフトが主流だからじゃないかって、考えてるんだ。野球は攻守の時間帯が別れるので戦闘向きではないし、アメフトはロングパスで局面を打開するのが美徳とされている。ホームランバッターとクォーターバックが珍重されるので、兵器も核やミサイルに頼りがちになる。戦艦ヤマトの波動砲やガンダムUCのネールアーガマのハイパーメガ粒子砲みたいに絶対的な破壊力のある兵器が現実的なものになったら、米軍は再び強くなるかもしれない」そう笑っていたが、祖父がモビルスーツや人型ロボットに拘ったのも、サッカー選手として見立てていたのかもしれない。  

「戦艦や戦車、戦闘機をサッカーで使うわけにはいかないでしょ?」とも笑っていた。モビルスーツが放つバズーガ砲や岩石投げの投石が、シュートだと言われて合点する。   
「その代わり、サッカーボールはグラウンドに一つしかない。最後のシュートまで選手たちがパスやドリブルで紡いでいく様は、軍隊では兵站・・物資の補給ルートだと考えている。最短コースでゴール前にロングパスを通す場合もあれば、短いパスを選手間で繋いでゴール前まで運んでゆく。相手イレブンと味方の選手の運動性能や持久力を加味しながらね」     
2031年の第2次フォークランド紛争時はモビルスーツが無かったが、戦争ゲームの戦術プランや過去の戦争と紛争のデータをAIに取り込んで解析しているので、短期間で事態の収束が出来たと当時の戦術プランと戦闘の推移までCG映像化したものを見せてくれた。   
そして昨年、量産が始まったばかりのモビルスーツを砂漠に投入し、成果を上げた。サハラ砂漠の砂嵐を逆手に取ったプランでデビューしたモビルスーツは約1年が経過して、動力性能も破壊力も格段に進化を遂げた。戦術の幅が拡がった軍事的な効果も然ることながら、ベネズエラが確立した「ネオ産業革命」の主役となりつつある・・  

「ベネズエラだけよね、環境問題に積極的なのは。もっとも、日本を含めてそんな余裕が有る国は限られてるけどね・・海中の二酸化炭素がもっと減れば、人類はこの星に住み続ける事ができる」 フラウが考えている内容を汲み取ろうとしたのか、茜が海洋都市建設がらみの話を始めたので、フラウは取り敢えず微笑み返す。

通路を挟んで、茜の隣の席にいる遥は、フラウと同期の新入生と笑いながら話している。女子高校選抜にも選ばれた推薦入学してきた選手で、遥と同じポジション同士で仲がいいのは良い事だと思いながら、茜を見る。なんでキーパーの茜がいっつも私の隣なんだろう?と、バスの座席の不可解な配置に首を傾ける。

この日は浦和のプロチームの控え選手との練習試合で、筑波からバスで向かっていた。  
今年から配備されたバスは3人の大学のOBでもある
叔父達、茜と遥にとっては父だが・・からのプレゼントで、男女サッカー部に大型バスが一台ずつ与えられた。大学の部活動でバスを所有できるのも、駐車スペースがある地方大学の立地性とは言え、破格の扱いだった。
女子サッカー部のバスの運転は、3人が勤務する国立機関の研究室で使われている人型ロボットが複数居るので必要な際には、ハンドルを握り、コーチ役も務めている。           

「スタジアムだ!おおっきいねぇ!」前席の生徒が話しているので埼玉スタジアムに到着したのだろう。フラウは新聞を目の前の座席裏のネットに収納して、両手で足の腿を2度叩いて思考を切り替える。「お爺ちゃんが関わってるんだから、紛争にはならないって」と思いながら。     

水色に塗装された専用バスを見て、プロチーム並だなと浦和のスタッフ達が話しをしながら、バスから降りてくる選手達を見ていた。
去年の大学女子リーグ王者を5−0のスコアで破り、終始圧倒したという筑波女子イレブンは、体格的にも小柄で強そうに見えなかった。    
杜 火垂の娘だという茜と遥の双子姉妹は、女性として170cm近い背丈があるが、まだまだ華奢な体躯をしていた。飛び級入学したので年齢的にも体格的にも高校生レベルだとは聞いていたが、確かに相応の体格だった。
杜火垂と同じセリエAのクラブチームで活躍する、柳井ハサウェイの姉のフラウがバスから降りてくると、モデルがジャージを纏っているような場違い感すらあった。スペインの下部組織で従兄弟達と混じってスタメンの一員だったという片鱗は、マスコミが撮影した試合の映像から察する事が出来る。「ピッチ上では別人になる」誰もがそのギャップに戸惑うと言う。
控え組とは言え、プロを相手にして彼女達が何処まで出来るのか・・筑波イレブンに対して、期待する人々はメディア関係者だけでは無かった。殆どのクラブチームのスカウトが、視察で集まってきていた。バスから最後に降りてきたのは、室内点検を終えた運転手役のロボットだった。颯爽とバスのステップを降りてきたので、この日一番の注目を集める。      
様々なスポーツの国際大会でもお目にかかる、ベネズエラ製のロボットだった。   

「なんだ、AIロボットまで居るのか。プロ以上じゃないか・・」浦和のスタッフ達は侮れないと思うのと同時に得体の知れない「感覚」を、この大学チームから感じていた。    
ーーーー                       カナダから南太平洋までの移動距離が長過ぎる事から、途中経路となるエクアドルとパナマ政府が、両国内の空軍基地と海軍基地の利用を進言してフランス軍に受け入れられる、些か滑稽な状況になっていた。フランス政府がアナウンス上は対立関係にある中南米諸国を経由する情報は双方で発表されず、伏せられていた。

また、フランスの国防相と副外相がパナマ・シティを訪れ、ベネズエラのタニア外相・兼国防相が密かにパナマに移動して極秘会談を行う段取りまで事前に取り決めされていた。  
秘密裏に外相同士が会談して、ポリネシアがフランスから独立する見返りとして、フランスが求める支援が中南米諸国から得られるのか、その見返りとなる案件がフランス国民の賛同を得られるかがフランス政府側の焦点となっていた。   

フランス軍がパナマとエクアドルの基地に立ち寄るとか、パナマで双方の外相が話し合うという背景を全く知らされていない世界中の人々は、
「ひょっとして、紛争が起きるのではないか?」と憂慮していたかもしれない。      
地理的にも、軍事的にも圧倒的に不利な立場にあるフランス軍が如何に中南米軍を攻略するか、ネット上で喧々諤々と論じ合う人々も居れば、勝てる筈のないフランスの単なる恣意行為に過ぎないと端から黙殺するメディアまで、世論は多種多様だった。

パナマとエクアドルに立ち寄ったフランス軍は、中南米軍の太平洋方面軍の陣容に圧倒されていた。仏軍が寄港した基地の陣容は隠しようが無く、フランス軍人達が戦意を早々に失うのは避けられなかった。
軍港に停泊している艦艇には、ヒトが操舵する艦橋部分が無い。全ての艦に中南米軍独自の砲身、500km先の対象物を破壊するというレールガン砲が装備され、船体の至る所にミサイルが搭載されている。無人艦ゆえに居住部分を必要とせず、居住部分の代わりにミサイルや弾頭が船内に詰め込まれている。その無人艦隊の警備にモビルスーツと人型ロボットが充てられ、24時間体制で監視体制が取られていた。         
空軍基地には、中南米軍の主力戦闘機は少数に留まり、見たことのない大型機やモビルスーツの数々が停泊している。撮影禁止とされていないので、軍人達は密かに撮影してベネズエラのロボット技術の進化を囁きあった。昨年まで散見されたファーストガンダムベースのモビルスーツは一掃され、より洗練された機体が並べられていた。
中南米軍の訓練映像でよく見られるモビルスーツが一台も見当たらないのは、単純に進化を続けていると見てよかった。          

パナマとエクアドルの基地には女性隊員しかおらず、あけすけに様々な情報を教えてくれる。     
ガンキャノンとガンタンクのアニメからの派生機種はフィリピン、沖縄、チベットなどのアジアの基地に集約して、中南米の基地は最新鋭機を優先的に配備している。男性隊員は各国の防衛支援に優先的に配置され、中南米の基地は人型ロボットが大勢を占めるようになったのも、人が介在せずにどこまで機械だけで対応できるか、テストを兼ねているのだと言う。つまり、火星基地や月面基地のコンセプトに中南米の基地は近づけているのだ。     
軍人の獲得に難儀しているご時世に、中南米軍だけがロボットを多用し、無人化を進めている。この事実を思い知らされて唖然とする。基地内は新設された国際空港のように設計されており、人間が活動するエリアはホテルの様に充実している。無料のドリンクバーから提供されるコーヒーの美味しさや、コンビニの品数の充実度は勿論、女性向きの食堂メニューと料理の美味しさに「勝てっこない」とフランス料理を知る軍人達が打ちのめされる。

パナマ・シティの基地の将校も幹部も全て女性で、この基地に勤務する男性は整備士の数名だけだと言う。「セクシャルハラスメントなんて、無縁と言うことか・・」男性ばかりの仏軍人は、極端な人員配置を実現した中南米軍に震撼するしかなかった。      

「おい、あのモビルスーツ、人が乗り込もうとしているぞ・・」食堂でのランチを終えて、食後のコーヒーを飲んでいた隊員達の目に、人が搭乗したモビルスーツが動き出すのが見えた。「タイプ的に作業用なのかな、ジェガンやエアリアルのようなシャープさが無いな・・」直線的な構造のモビルスーツが2体、しかし歩行は軽やかに基地内を闊歩してゆく「あぁ、マジか・・」2体のモビルスーツは国旗掲揚台に到着すると、フランスのトリコロールカラーの国旗を掲揚し始めた。まるで貼り替えるかのように。                「確かに、あれなら掲揚するのに下から紐で引っ張り上げる必要は無いよな・・」   
「あれだけの背丈があれば、確かに要らんな」
全てを諦めたかのような会話が、フランス兵達の間で取り交わされていた。         

パナマ・シティに隣接する国際空港のような建物が並ぶ空軍基地を、基地司令官のアニータ・パレンバーグ大佐に案内されながら、基地内を視察していた。パナマ空軍基地の軍人110名の大半が女性だと知らされて驚く、何よりもパイロット18名全員が女性だと言う。
「我軍の戦闘機や哨戒機等の全ての航空機に、AIロボットが同乗しますので」とパレンバーグ司令官に言われて、頷くしかなかった。    

「ここが士官食堂です。中でタニア外相がお二人をお待ちしています」パレンバーグ氏が指紋認証錠に指を掲げると、自動ドアが左右に開いた。 

フランスの大臣達が入ってきたのを悟ったタニアが立ち上がり、大臣達に近寄ってゆくと握手を交わす。フランス流のハグは敬遠させていただく、相手がかなり年上の男性なので。

「兵士達から聞いたのですが、国旗掲揚に当たって国旗を取り付けたのが、ヒトが操縦するモビルスーツだったとか。実は製造化されていたのですね」フォンブラスター国防相がタニアと握手しながら話しかけた。

「それは宇宙空間での作業用モビルスーツになります。月面基地では宇宙服をヒトが纏うよりも頑丈ですし、力も有ります。移動もヒトの速度よりも断然早いですからね。後でご案内しましょうか?誰でも操縦できますよ」
タニアが笑いながら言うので、国防相と副外相が唖然とした顔をする。確かに宇宙服を着脱するより、乗り込むほうが遥かに安全だろう。   

ーーーー                    
令和の首相経験者による会議が常習化するようになったのも、日本の方向性、世界の中での自国の立ち位置等につき、協議し合う必要性が頻繁に生じるからだ。
台湾問題を単に発した戦略が見事なまでにハマり、成功に喜んでいたのも束の間、日本連合の術中にハマった国々が様々な障害を引き起こしている。
その不測の事態に応じて、ベネズエラが単独で仕掛けていると思われる事態が各所で頻繁に発生しており、一定の効果を生み出している。報告義務は無いとは言え、日本に対して何の相談も報告もなく事態が起きる状況を、首相経験者達は良しとしていなかった。

太平洋の真ん中に海上都市を建設するとしたのも初耳で、カナダの一部の州に中南米諸国が進出を目論んでいたのも含めて、日本は完全に蚊帳の外に置かれていた。

カナダ・アルバータ州産の原油が販売の独占権を握ったベネズエラ企業のエクソン社によりアジア全域に提供されるようになると、Mobilスタンドのガソリンが最安値となり、日本をはじめアジア各国での売上を奪い始めた。アルバータ州とエクソン社間の契約内容の詳細までは分からないが、原油安のこの時期に、不純物を含んでいたが為に採算割れで出荷出来ずにいた原油が、サウジ産原油並みの精製コストで済むようになった。しかも、OPECに加盟していないので、アルバータ州は協定価格を遵守する必要が無い。生産量ゼロより、薄利多売で金を手にする方が優先されると判断したのは間違いない。

「州税が急激に安くなり、アルバータ州はプチバブルの様相なんですってね。中南米諸国の製品が流入して売上を伸ばしてるとか」
柳井前首相がアルバータ州の税収が州民から集めた税ではなく、輸出した石油の売上に変わったデータを示しながら言う。        
モリが原油高騰期にOPECから脱退して、ベネズエラ産の石油の出荷を始めた時に似ていた。当時は産油国が利益を得るために、OPECとして値上げに踏み切ったのを逆手に取って、中国を除くアジアの石油市場の高騰を抑えた。産油国がアンモニア生産を始めた現在は、石油への依存度が嘗てよりもかなり下がっている。カナダ産原油が市場をある程度席巻しても中東産油国の影響は限定的だと見なされていた。            

「金融政策に、福祉政策で人々に喜ばれて、エネルギー政策でも今更感のあるガソリン販売を打ち出してきた・・彼のことだから、アメリカのガソリン販売に踏み込むつもりなんでしょうね」
阪本首相が発言すると、まだまだ青いなと金森元首相が微笑み始める。
阪本と柳井が怪訝そうに、鮎の顔色を窺う。
「まだ何かあるのかしら?」と思いながら。 

「ガソリンだけなら、薄利多売でしょうね。なにしろ今は原油安なんだから。きっと、まだ他にもあるのよ」
自分より6つ若い2人にヒントを与える。見た目は2人よりも一回り若く見える元首相である官房長官が、この場だけは先輩風を吹かせる。   

「他にもですか・・なんだろう。エクソン社がカナダ産原油をアジアに運び込んで、その帰りにアジアのアンモニアを買い付けて、販売する?」 

「澄江、アンモニアってガソリンよりも安いのは分かってる?大して儲からないんだよ」  
柳井純子前首相が何やら合点したかのようにデータを探し始める。             

「何よ、もう分かったの?あっ、ソッチかぁ・・」
阪本が柳井のタブレットを覗き込んで悟ったようだ。                     「ウン、きっとこれよ。9年前、アメリカの自動車会社がEV車の生産に特化した時に、プルシアンブルー社が新型ディーゼルとガソリンエンジンを開発した。旧態依然としたエンジン車をアメリカと中国市場に出して、ボロ儲けした。リッターあたり25Km走るエンジン車が、北米産のEV車両よりも断然お得になった。それで、そのガソリン分のCO2を中南米諸国が削減したのよね・・」

「あのエンジンの供給を受けたアメリカの自動車メーカーが、ガソリン車の製造を再開して、エンジン以外のパーツや部品を中南米諸国から買い入れた。一番儲けたのは中南米諸国だったって聞いたけど・・」

「そう。そこに2040年の新しいパーツとして、エネルギーのアンモニア、製造業のアンモニア駆動車両が加わってくる。モリはそうやってパターンを幾つも練ってゆく。
勿論、彼が大好きな歴史や史実も加味しながらね。翔子さんはそのやり方を真似て、自分のモノにしていった。あっちはベネズエラの大臣止まり、あなた達は現役の日本の首相経験者なのよ。翔子さんに出来て、あなた達に出来ないはずがないでしょう?」 

モリ・ホタル官房長官である、金森鮎元首相が笑った。

(つづく)


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