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(3)一体、どんな報告内容だったのだろう?(2023.9改)

「ロシアのユジノサハリンスク市とウラジオストク市の市長が、両市の漁業組合関係者と共に海路で富山新湊港入りした」と地元のアナウンサーがローカルニュース番組で述べていた。

立場上、富山市市長と県の副知事が出迎えたが、彼らの目当ては広域魚群探知機で、サハリン南部のアニワ湾とウラジオストクがあるアムール湾内で、同システムを導入して海産物を効率的に捕獲しながらも、水産資源を維持し続ける上で適切なものかどうかの最終判断に市長や関係者を連れてやってきた。
中型の客船の他に、小型タンカーも接岸した。

「鮎さんへのプレゼントです。どうぞお受け取り下さい」ユジノサハリンスク市長が辿々しい日本語で言うと、場が湧いた。
彼らの入国に際して県の職員と「協力した」と強弁する県会議員達が盛大な拍手をしたのだが、ロシア側の訪日のターゲットは市長でも県会議員でもなく、言うまでもないのだが、金森鮎とプルシアンブルー社のサミア社長だった。
 
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富山市内の3箇所のガソリンスタンドの修繕が完了したとの報告を受けて、プルシアンブルー社の常務で総務担当の山下智恵が3箇所のスタンドを確認に廻っていた。経営を諦めて野ざらし状態になっていたスタンドをPBJ社が買い取り、改装した。土中に埋められているオイルタンクを刷新し、給油機も新品を据えた。

ステンレスむき出しのシルバー色に「PB Enagy」の青いロゴが立体的に浮き立つ細工がされて、離れた場所でもよく見える看板や建屋のトップになっていた。
国道8号線沿いのスタンドなので敷地も広く、併設のコンビニ店のように見える「PB Mart」も、同じ字体の青いロゴで統一されていた。

ガソリンスタンドはプルシアンブルー社がベトナムの海洋油田とロシアのサハリン州から原油を調達し、市内3箇所のスタンドで販売する。同社はエネルギー関連事業は初参入となる。国内の石油会社のような規模でもないので、安さを売りに掲げる。            
「PB Mart」は外観的にはコンビニなのだが、地所はガソリンスタンド同様賃貸で、建屋の所有はプルシアンブルー社なので、コンビニ事業を営む企業のようなオーナー制もフランチャイズ契約も伴わない。同社はプルシアンブルー社のスーパー事業の扱いとなる。

扱う商品の大半が同社が提携スーパーに卸している東南アジアの食品なので、日本のコンビニよりも格安価格で提供される。但し、営業時間は限られており、ガソリンスタンドの営業時間に合わせて、8時から20時までの12時間営業となる。

山下が事業部長を兼務して、エネルギー部門とスーパー部門を暫定的に請け負う。
スタンドとスーパーの店長と副店長の社員採用と、販売のアルバイトスタッフの採用も既に完了し、トレーニングも終了して準備万端となった。

明日はスタンドの地下タンクに給油し、スーパーに商品の陳列を行い、午後からお試しの営業開始となる。山下のスタッフ達が電源やエアコン、冷蔵庫などの動作確認と水回りのチェックをおこなっている。山下はミニスーパーの裏手にある倉庫を開けて、2台の屋台を確認する。この屋台をスーパーの店舗前に出して、ベトナム風サンドイッチ、バインミーと、鹿肉とアボカド・トマトのタコス(共に150円)を販売する。給油に来た客の小腹を刺激するかどうか、試して見る。
選挙事務所と提携スーパーでの販売は好調だが、まずは国道沿いのスタンドで数日間試してみて、売れるようなら県道沿いの店舗でも実施してみる。

「まさか、私がガソリンスタンドとスーパーを立ち上げるとは思わなかったな・・」

「サミアとモリが考えてる事はよく分からん」と山下が思いながら、笑っていた。

「スタンドもスーパーも周辺の店舗よりも安いから、客が集まるのは間違いない。その売れ行きを見た県内のオーナー達がホームページを見たりして、PB Enagyとの契約を考える筈だ。どこのスタンドも経営難だろうから」
モリは画面の向こう側でそう言って笑っていたが、果たしてそんなに簡単に変えられるものかしら?コンビニ経営を止めて、PB Martに店舗を売却する方がまだ多いと思うんだけどな・・と山下は思っていた。
確かにスーパーの店舗を設置するだけの面積があるスタンドばかりではない。商店街の中にあるような小さなスタンドは、PB Enagyには向かないだろうし・・」

と、経験が無いなりに、山下は考えていた。

ーーー

麻布にあるロシア大使館を出たモリは、赤坂の米国大使館を訪れた。

「ロシアの市長たちの訪問の背景を「報告」するように、ですって」と、わざわざ日本の外務省経由で要請があったので、仕方なくやって来た。
しかも夕食を共にしなければならないと里中から厳命される始末だ。さすがに連続して断るわけにもいかないので、そのつもりで入館する。

部屋に通されると、直ぐに大使がやって来る。

「社交辞令は抜きにして、率直に伺うが何故ロシアなんだね?隣国で海で接しているからとでも、君は言うんだろうか?」

「まさに、そう申し上げようと思っていました。ロシアのオホーツク海に於ける一次産業に関与するのが、我々の狙いです。それと、シベリア鉄道と」
「1次産業?サハリンの油田が目当てなのではないのかね?」

「石油は2次的なものに過ぎません。何らかの事情でサハリンからの供給がNGとなる場合を想定して、ベトナムの海洋油田も契約しました」

「そうだったのか、ベトナムもか・・」
大使はどんな報告を聞いたんだ?とモリは思った。   

「当社が韓国の造船会社に大型漁船の製造を発注したのですが、ご存知ですか?」

「すまん、それも知らなかった」

「富山の漁師は近海の魚を捕獲していれば、今までは潤いました。富山湾が豊かな海だったからです。しかし、更に漁獲高を増やすために漁師は湾の外に出る必要があります。海水温度の上昇で生態系が変わりつつあるのも一因ですが、未来のためにもう一歩、踏み出す必要があるのです。海水温度が上昇するのですから、目指すのは北です。富山から北へ、その一択しかないのです」

「ロシアの漁業組合にシステムを納めるだけでなく、ロシア沖で漁をするのが目的とでも言うのかね?」

「そうです。
大使もご存じのように、日本とロシアの間では漁業協定があって、日本の漁師は海域は制限され、水揚げ量も限られています。これはロシアが自国海域の水産資源を把握しておらず、低く見積もっていたからなのです。実は弊社の1次調査の時点で、ロシアの想定を超える水産資源が確認されたのです」

「そうか、そうだったのか・・。しかし、漁業協定が見直される訳ではないのだろう?」

「ええ。勿論日露漁業協定はそのまま残りますが、サハリンスク、ウラジオストク、富山の3者間で漁業協定を新たに締結します。
お互いに国家は関与しません。漁業組合レベル、県レベルの協定です。富山県民もブリやイワシ、ズワイガニばかりでなく、サケやマス、イクラ、筋子、タラバガニも安価な値段で食べたいのです」
おのれの身勝手な欲求をぶつけてみる。

「協定の中身は・・そうか。
システムを導入すればその年の水揚げ量を決められる。その何割かを、富山の漁師に提供する、という内容かな?」

「その通りです。年間漁獲高のわずか2%ですが、それでも富山県民100万人には過ぎた漁獲高となります」

「たったの2%? もっと求めてもいいだろう?」

「特定海域の2%だから、日露間の漁業協定に抵触しないのです。漁協間で許される範疇で我々は十分なのです」

「ロシア海軍、海上保安庁による拿捕というリスクが残るだろう?」

「ロシアの海域に我々の大型漁船が入ると、サハリン、ウラジオストクの漁連の旗を掲げます。船内にはロシア語で書かれた協定書の控えを積んでおきます。サケ、マスなら何トン、カニなら何トンと記載されてますし、船舶毎の水揚げ量は全てIT管理されていて、その日の漁が終わるごとに、ユジノサハリンスクとウラジオストクの漁連にデータが飛びます。つまり、富山の漁師は密漁ができないのです」

「ハハハ、そうか悪事が出来ないのか・・ん?君は先程シベリア鉄道と言っていなかったか?」

「ええ、申し上げました。コロナが収束次第、ウラジオストク港と富山間で連絡船を運行させます。先行して輸送船、空輸も双方で行き交うようになります。富山からの輸送船はジェネリックなどの一般的な薬品と、日本酒と東南アジアのビールです。
車載船には日本の中古車が搭載されます。帰りは小麦と蕎麦を積みます。
ロシアからの空輸は牛肉とバターチーズの乳製品です。富山からはマグロとカツオなどの大型魚です。
ウラジオストクから先はシベリア鉄道の貨物列車に輸送を委託します」

「実に健全な取引じゃないか」

「はい、肉と乳製品、小麦以外で、食料自給率200%を超える県ですので、食料の検疫体制とウィルス対策を強化すれば、来たる冬のロックダウン、陸路封鎖となってもビクともしない県となります。ベトナムとロシア以外の国と、周辺の県と完全に遮断して鎖国状態も想定しています。冬季は籠城策を取れば、ウィルスの侵入を防ぐ事が出来ますので。ワクチンや薬がまだ無いので、我々は最悪の事態も想定しているのです」

「なるほど、富山に居れば安心か・・大使館の職員と家族の疎開地に良さそうだね?」

「あー、宿泊施設の問題があります。富山のホテルは日本人向けで狭いし、小さいのです。なので、私は金沢のホテルを利用をお勧めします。ベッドも広いですし」

「なるほど、我々の背丈では厳しいのか・・そうだ、埠頭に客船を並べたらどうだろう?宿泊は船で、日中は市内で過ごす。富山湾の幸を楽しみながら、安心と安全に感謝するんだ」

「不可能ではないと思いますが・・あの、これって冗談ですよね?」

「いや、冗談ではない。経済大国の筈のこの国のコロナ対策を見ているとね、不安で仕方がないんだよ。富山だけじゃないかな、万全の対策をしようとしているのは。

先の冬季も状況次第ではグアムやハワイに移動することも想定していたんだ。こちらも大使館員の生活が掛かってるんでね」

「そうでしたか・・」(ロシア、中国も同じことを考えてるとは・・言えないよな)

「さて、食事にでも行こうか、赤坂の狭いホテルで恐縮なんだが、レストランの個室だけは広いんだ」

「オリンピックを開催する国のホテルが東洋人サイズって、どうかしてますよね・・」

「そうそう、金沢のホテルじゃなくて富山のホテルで宿泊した時の女性はモデルさんだろう?一体、どこで知り合ったんだい?君も隅に置けないね」

「あのモデル姉妹は私の養女なのです。正式な手続きは彼女たちが成人になってからとなりますが」

「そうだったのか!いや、大変失礼した。申し訳無い、早とちりしてしていたようだ。そうか、養女だったか! では、私の息子なんてどうだろう?いや本国に居るんだがね・・」

大使、馴れ馴れしく肩に手を載せないでくれ、コロナ対策はどこへ行った?

しかし、・・養子縁組って結構使えるもんだな・・と、大使の話に適当に相槌を打ちながら大使館の廊下を歩いていた。

ーーーー

「レギュラーガソリン リッターあたり120円!」そんなノボリを店頭に並べて、開店準備をしていると、スーパー側の駐車スペースに車が埋まってゆく。

杏と樹里の姉妹と、幸乃と幸の母娘の屋台に近寄り、買えると分かると客が並び始めた。

鹿肉のバインミーとタコスを次々と調理して、手渡してゆく。店内で飲み物を買って自分の車の中で食べる。丁度昼時だったからだろう、両方買い求める人も多かった。

山下智恵が感心したのは、手慣れた4人の作業だった。どんなに列が並んでも、手際よく捌いていくので、並んでいる客が嫌な顔をしていない。そのうち、スーパーの店内で作業していた2人が加わると、並んでいる人は少なくなっていった。

山下がスタッフに言われて驚いたのが、給油しようと待ち構えている車両の列が国道の1車線を専有していた。
「時間前だけど、始めましょう!」山下が許可すると、事業が始まった。

次なるプルシアンブルー社のプロジェクトであり、金森陣営が掲げる、エネルギー政策第一段階が始まった。

(つづく)



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