見出し画像

(2) なるか? 芋蔓式改革。(2023.10改)

約束の時間まで早いが、列車の乗客が少ない時間帯に移動する。

東横線から営団地下鉄乗り入れで西新宿駅まで到着し、地上へ上がって先日契約を済ませた貸ビルへ向かう。東京医科大々学病院の向かいの区画にある427号線を3ブロック入った一角で、1階は居酒屋チェーン店だった跡の改装工事が始まっていた。築20年の7階建てのビルは、2階より上も空きオフィスとなっていた。

オリンピック誘致決定後の都内建設ラッシュにより、新築物件移転後の空きオフィスが急増している最中にコロナが直撃し、リモートワークが増えてオフィス需要が激減。オフィス賃貸料金も下落し、改装工事を終えて入居者の募集をしていたこのビルも暫く入居者が決まらず2か月おきに料金を下げたという。
5ー7階を新党が使い、3,4階をプルシアンブルー東京支社として使い、1階はミニスーパーとする。コロナの影響で居酒屋チェーン店も店舗縮小が続いており、立地さえ良ければ居酒屋店舗跡にスーパーを展開するのもアリだと思っていた。来月9/14から始まる都議会期間中は同ビルを拠点とする。2階は倒産したジム会社の設備がそのまま残っているので清掃して、会社・政党の保養施設として利用する。7階の個人事務所にソファーベッドを持ち込めば、2階でシャワーを使って寝泊まりも出来る。
都議の給与で個人事務所を持つのは厳しいだろうが、政党の本部でもあり、プルシアンブルー社の支店としてビルごと借り上げて、格安の賃貸料金で政党が又貸しさせて貰う形にした。

北欧のホームセンターから届いた組み立て式の机と本棚と衣装タンスの作成作業に取り掛かる。
ソファーベッドの梱包を外して、休み休み作業をしていた。
電化製品も量販店のネット通販で購入できるし、便利な時代になったなと思いながら、コンビニで買ってきたペットボトルを飲んでいた。

時計をみて本棚の組み立ては次回とし、最初に組み立てた衣装ダンスから上着とネクタイを取って、今日の目的地、赤坂へ向かう。地下鉄も混み合っている時間帯になったので東京医科大々学病院前に並んでいるタクシーに乗り込んで、アメリカ大使館へ向かってもらう。

バッグからネクタイを取り出して締めていると「ひょっとしてモリさんですか?」と運転手さんに言われ「はい、そうです」と答えた。腕時計を見て丁度いいと思い、「ラジオを付けてくださいませんか、公共放送のニュースの時間なので」とお願いして、会話を寸断した。
首相は辞任となり歴代最長政権の更新はならなかったとアナウンサーは告げる。
暫定首相として副首相が昇格し、与党に総裁選の日程調整に着手。その後は政権の功績をつらつらと述べていたが、内容も酷く終わり方が最悪なので、歴史的には好ましい書かれ方はしないだろうと思った。
最大の問題はアホノミクスで膨れ上がった借金と下落し続ける経済だが、次の政権は財務省に頭を抑えられて、増税ありきの政権運営となるだろう。国民が結局は尻拭いをする。酷い話だと今後を憂いていると間もなく到着だ。交通量も少なく渋滞もない。

「この国はどうなるんでしょうね」精算時に運転手さんに言われて「我々は都の改革に全力で取り組んでいます。国に少しでもプラスになればいいのですが」と言って領収書を受け取った。都議には国を語る資格はないので、こう申し上げるしかないと思っていた。国は都議のフィールドとは異なるので立場上仕方がない。

都議が米国大使と会談するのは逸脱行為なので、運転手さんには矛盾している様に見えるのだろうが。

ーーーー

警視庁公安部、篠山の元には、半ば護衛役となっているモリ専任の調査員と金森知事の調査員から逐次情報が届く。

今までは各県に所属する公安職員が「監視役」として付いていた。SPのように絶えず側には居られないが、篠山配下の専門部隊が2人の周囲に居る不審者や危険事前察知などの状況を絶えず監視し、危ういと警視庁公安部が判断すると2人に情報提供する、要は簡易的な「護衛役」になった。
警視庁公安部は国家組織だが、篠山配下の直属部隊は米国CIA、韓国kCIA等の同盟国との連携をする機能を有している。CIA職員が2人を警護する訳にはいかないので、CIAの意向を受けて篠山が直属部隊を動かしている。モリと金森に付いた職員のレポートラインは国や政府ではなく、「篠山個人経由CIA」となる。
それ故に、篠山は大使たちと富山へ出掛けてモリに会い、米国大使館で大使とCIA極東方面担当部長のサミュエル・アンガスと3人でまさに会食をしているのも、米国大使館から連絡は受けている。

米国大使の要望通りに事を荒立てずに、民主党党大会を終え、共和党を壊滅する事態を回避出来たので、相応の見返りがモリに与えられる筈だが、内容は篠山も聞いていない。
サミュエル・アンガスからは「政治的なものではなく、権利的な報奨だ」とは聞いていたが。

また、各県所属の公安からの報告として、プルシアンブルー本社の山下智恵副社長の配下の資産部門担当が宇都宮市内の貸ビル数件と茨城港の倉庫物件の視察を終えて、青森市入りした。恐らく支店開設の動きだと思われる。また、岡山駅前のビルと新岡山港の倉庫と契約完了したとの報告も届いている。

同社による各県での動きは政府にも報告されているが、報告を得ても今の政府に対処できるとは篠山は思えなかった。

地方議員を国が襲う事件自体が異例ならば、米国政府と相反するように米国大使とCIAが襲われた側をケアし支援している構図も極めて異例だった。米国政府内で大統領派と副大統領派が分裂し、日本の米国大使館は副大統領側に就いたと篠山は理解していた。そしてCIAを4年前まで操つり、組織ともパイプがある前副大統領にCIA経由で金森とモリの意向が伝えられている筈だ。そうでなければ半ば監禁状態にある大統領の今の状況を民主党と前副大統領が黙っている筈がない。

米国大使とサミュエル・アンガス極東担当部長が言っていたように、大統領は弾劾か、もしくは辞任を迫られ副大統領が昇格して、混乱状況にある政権を掌握し、事態の沈静化をして見せて名を上げる。
その事態の鎮静化に日本の母子が絡んでくるのかもしれない。

篠山は自分が公安部の長に居る幸運に感謝していた。この母子を共和党と民主党が支える構図が確立すると、今の与党に変わる存在に昇格するかもしれない。もし、そうなれば、篠山が警視庁トップどころか政界に転じて、大臣になれるやもしれない。


同じような妄想を抱き始めたのは篠山だけでなかった。東南アジアでの援助活動再開に動き出した外務省の里中は「モリ絡みの案件」が省庁内でスムーズに認可され、賛同者や協力者が増えている状況に驚いていた。
事件が影響しているのは間違いないのだが、抵抗勢力となる与党を各方面から説得し、この援助策を推進する事で日本の外交政策に一つの柱が出来ると関係者全員が意を一つにして説いた。里中はモリへ国政への転換を提案し始めていた。官僚達があなたを支えるとメールで説いた。

タイで一緒だった農水省の事務次官は、アメリカ「農務省」からの打診を持って農水大臣と外務大臣の元へ走った。これは拒否できない打診で「受け入れざるを得ない」と事務次官は説得して回った。アメリカの穀物メジャーと農機具メーカーがプルシアンブルー社と業務提携し、中南米諸国と米国内で農業振興を推進する検討を始めた。
ついては同社にアメリカ産穀物の日本国内の販売権を委託する方向で考えており、日本政府の小麦統制調達の仕組みから離脱したいという内容だった。

プルシアンブルー社がオーストラリア産の小麦の輸入を拡大させているので、日本政府調達分小麦が売れない状況も懸念している。日本の在庫分を同社に安価に売却すれば、事態の改善に繋がるのではと脅迫とも思える「提言」も通達に記載されていた。

ーーー

横浜駅を出て、西口のタクシー乗り場に向かうが利用者もまばらで、タクシーの群れと需要と供給が乖離していて直ぐに乗れる。ワンメーター超えるか超えない距離で申し訳無いので領収書だけ貰い、千円渡して釣りを受け取らなかった。

玄関にはFedExx便のダンボールが積み重なっていた。明日運ぼうと思って靴を脱ぐと酔った顔をした養女達が「おかえりなさい」と連呼しながら出てきて、やや遅れて翔子と里子が出てきた。

「これアメリカ大使館からですけど、こんなに沢山の箱、中身は何でしょう?」と里子が言う。

「明細にも品名が書いてないんです」翔子が言う。

「バーボン5年分!」赤い顔の樹里がいう。どんだけ飲んでるのか?

「シスコのデラギリ(x)チョコ3年分だよね?」杏ももう駄目みたいだ・・

「私はバスアンドボディ(z)ワークスがいいなぁ」・・玲子も珍しく酔っているのか、頭が働いていないようだ。

「んー、残念でした。明日片付けますので今夜はこのままでお願いします。中身は猟銃10丁と大量の弾丸です・・」
と言うと、5人とも酔が冷めたようになった。

凍りついた5人をスルーして洗面所に向かい、手洗いとうがいをして自室に入り着替え始めると、里子がノックして入って来て脱いだスーツやシャツを受け取ってくれる。

「何か召し上がります?」夕飯を食べてくるのは皆知っている。

「ビールをちょっといただきます」と言うと頷いて、洗い物を持って出ていった。

横浜に2丁、大森に2、富山本社に2、五箇山に2、新宿に2の配分で割り振ろうとしていた。サミュエル・アンガス氏の話だと拳銃も2丁入っていて、所持については篠山氏が処理してくれるといっていた。仮にモリが利用したとしても、護衛役の調査員が弾を放った扱いにすると言うので、おそらく同じ銃を配布されたのだろう。
取り敢えずどこに閉まうか室内見廻すが、やはり空き部屋に置くしかないと観念する。

手を洗って食卓につくと、杏がビールを注いでくれる。どんな話をしてきたのか報告を待っているのだろう。5人とも目をキラキラさせている。
取り敢えず一口飲んで旨さに目を瞑ってから5人を見ると、まだ待っていた。

「あの、金銭的なものは一切ありませんからね。皆さんが想像するようなアメリカ製品何年分もありません。もし、欲しいものがあるなら後でいいので教えて下さい」

「じゃ、今すぐ抱いて」「私もっ!」「こらっ!」と玲子が杏と樹里を叩いて、里子が頭を下げて、翔子が笑ってるのがこの数日の定番になりつつある・・。

「ハワイとグアムどっちがいいです?僕は近いほうがいいのですが・・」

言ってるそばから、5人が手を叩いて喜びあっている。彼女たちが想定していた中の一つだったのかもしれない。

モリが要求したのは航空ライセンス取得だったのだが、別荘が過度なオマケについてきた。滞在期間も長くなるし、議会もあるので何度か通う必要があるだろうとの計らいだった。

ーーー

目を覚まして土曜だったと確認して寝落ちし、遅い朝食を一人で食べるのが寂しかったのかテレビを付けると、記者が何者かに襲われて意識不明の重体だと報じていた。
1時間半前の犯行だったようで、現場にはメディアが集まり、取材のヘリまで飛んでいた。
マンションを出たところで刃物で刺され、逃げようとしたのか、目撃者を増やそうと考えたのか人の往来がある通りまで逃げたのだが、追いつかれメッタ刺しに刺される様を多くの人が目撃していた。自分の素性は隠さず、殺意が明確な犯行とレポーターが伝え、目撃者にインタビューしていた。コンビニの監視カメラにも通りに出るまでの被害者と犯人が映っている可能性が高いというので、犯人の特定は可能とも告げている。

テレビを消そうと思って立ち上がった時に思いとどまったのは、被害にあった記者がモリの襲撃事件で政府の関与を執拗に追っていた人物だったと伝え始めたからだ。
胸の奥で何かが傷んだような感覚にとらわれた。

慌てて食べ終えて、被害を受けた記者が書いた記事を検索する。日本政府の関与、取り分け逮捕された警視庁長官に指示をしていた官房長官を追っていたフリー記者だと分かった。
メディアがこの事件に集まる理由が分かった。

歯を磨いて髭を剃ると、モリは玄関の前で暫く立っていた。公安職員に接触したかったからだ。察して出てきてくれるだろうとアキレス腱を伸ばしたり、屈伸を繰り返していた。
後ろに足音が聞こえた。履いている靴が革靴ではなく、黒いゴム底靴でかなり近寄っていた。「こんにちは、篠山からです」と言ってガラケーを出してきた。富山に米国大使を連れてきた警視庁公安部の責任者だ。

「篠山です。お知りになりたいのは、今朝の事件の情報ですよね?」

「はい、被害にあった記者さんが運び込まれた病院が分かればと思いまして」

「一命は取り留めたようですので、今訪問されるのは控えたほうが宜しいかと。メディアも病院に集まっているでしょうし」

「それ故に伺うのです。被害者のご家族にも一言お詫びしたいので」

「お勧めしません。今度はあなたやご家族が狙われるかもしれませんよ。お止めになったほうがいい」

「篠山さんの手元には、犯人が組織だとする情報があるのですか?」
複数犯か、凄腕の犯人でなければ「モリを狙う」という発言や発想は出てこない。篠山氏の返答まで間があった。どうやら王手となったようだ。

「9月からお子さん達の学校が再開します。我々はお子さん達の登下校をカバーするので、皆さん纏まって登下校していただけるよう徹底をお願い致します。
ご家族の買い物などの外出は1組のみで、複数はご容赦願います。
モリさんはお一人でも大丈夫な用意を常になさって下さい。これが捜査協力の御礼と交換条件となります。相手は宗教団体です。国内の反社会的組織が加わる可能性があります。
被害者の入院先はモリさんの新宿新拠点の最寄りの東京医科大々学病院です。以上、同意いただけますでしょうか?」

「ご配慮いただきありがとうございます。お互い為すべき事を致しましょう」

「そうですね。正直に言うと躊躇していました。しかし、あなたに動いて頂けると確かにやりやすくなります。その点は盲点でした」

「内部で相談して頂いてからでも構いませんよ。被害者の方が無事だったと報じられてから、動けば良いのですから。警察各所に政治の圧力が掛かるでしょうからね」

「内部の諸悪の根源は取り除いております。我々は既に一枚岩ですのでご安心下さい」    

「分かりました。では失礼いたします」そう言って電話を切って携帯を切ると隣で話を聞いていた調査員に「家の者の外出者は1組と徹底しますので、引き続きご協力をお願いいたします」と伝えてモリは深々と頭を下げた。
顔を上げると、かなりお困りの様だったが。

(つづく)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?