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好きだったお店が無くなったことを知って、感じた「寂しさ」の正体

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こんにちは、旅人先生Xです。

今日は、「好きだったお店無くなって感じたこと」について書いていきたいと思います。

ちょっと教育から随分離れた感じの話題ですが、子どもたちのこれからの生活できっと経験するであろう内容です。

しばらく生活していれば一度は経験するであろう好きなお店との別れ。

記事に目を通しながら、ご自分の記憶と経験を辿ってみたり、子どもたちへの思い出話のきっかけにしたりしてください。



目次は、以下の通りです。


①好きだったお店との別れ


・学生の頃からよくいっていたラーメン屋さん

今回、私が経験した別れは学生の頃からよくいっていたラーメン屋さんの1つです。

社会人になって、十数年経ちますが、最近も時々通っていました。

住まいから少し離れたところにあったのですが、「あの店のラーメン食べたいなぁ」と思うような一品で、食べにいくのを楽しみにしていたのです。

疲れた時や元気を出したい時に「よし、いくぞ!」とお店に向かったのをよく覚えています。

そんなお店と先日、突然のお別れがありました。





・お店が無くなって感じたこと

1ヶ月ほど、いけていなかったのですが、一緒にそのお店を使っていた友人から、「お店が閉店していました」と耳にしました。

「まさか!?」と思って調べてみると事実のようです。

疑いたくなる事実でしたが、疑っても、調べても事実はただの真実でした。

ショックです。

思わず、小さなため息混じりの声を出してしまいました。

以前にも気に入っていたお店が無くなってしまったことがあったのですが、こういう時って、やはり何とも言えない寂しさがありますね…




②お店との別れで感じた「寂しさ」の正体

少し時間が経って、落ち着いてきた時にふと、「この寂しさって何なんだろう?」ということが頭をよぎりました。


私の頭にまず最初に思い浮かんだのが、「思い出の場所」です。

お店には、自分がそこで体験したことやそれに関連する思い出があります。

つまり、「思い出の場所」が無くなってしまうことが寂しさの正体の一端なのかなと思いました。




もう一つは、「もう新しい思い出の積み重ねができない」という未来への寂しさのようなものです。

お店が無くなってしまったわけですから、もういくことはできません。

当然、その場所で今までのように思い出を積み重ねるということはできないことになります。

このこともまた寂しさの正体の一端ではないかと思います。




寂しさは色々な要素が混ざり合ってできている気がしますが、今回の私の場合は、「場所」と「未来」の2つを失ってしまったという寂しさが大きかったです。

これからもまたお店との別れや出会いがきっとあるかもしれませんが、それもまた人生の旅の一部と思って、向き合って行きたいと思います。




今回は、以上になります。

お読みいただきありがとうございました。

この記事が少しでも皆さんのお役に立てば幸いです。

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