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あの頃の自分が泣いている
ただ、言葉が好きで
その言葉達を組み合わせるだけで
手書きのノートに自分の本当の気持ちが
どんどん表現されていく
そんな行程が好きだった
10才の頃から書き始めたノートは
膨大な冊数になり
その言葉達に沢山支えられてきた。
悲しい時も孤独な時も
言葉達がいてくれたから
踏ん張れた。
寂しさを越えられた。
SNSなんて言葉、いつから
当たり前になったんだろう。
自分の日記を人に見てもらうこと、
noteを読んでいると、他のSNSの投稿とは何か違う「やんわり」を感じる。あったかい、ふわりとした気持ちになる。
楽しいことや、小説、写真、不満や、弱音、色んなことが、そのままに書かれている。
生々しい人間の温度を感じる。
だから全部が優しい。
だから、ついまた訪れる。
あの人に誉めてもらいたい、と思う気持ちだけで頑張れる
わかろうとすることや、わかってもらおうとすること。その行為にはあまり意味はない。虚しくなるだけ。
でも、わかり合える人がいると、その人とわかり合いたくなるもっともっと。困ったな。
国民皆保険で基礎疾患が放置されることもなく、国民の多くが一定以上の健康を維持できているこのシステム。このシステムを誇ることもせず、ただただワクチンの接種率が低いと罵り高齢者を恐怖に陥れている。他国がワクチンを打って到達するレベルは、ワクチンなしの今の私たちのレベルと変わらない。
いつの間にか最後のこと
40代になって、やっと気付いた。
「人生最後のこと」をやっているのに、
気付かないまま過ぎ去ってることが
何と多いことか!
母の弁当、最後に食べたのいつだろ?
合コン、最後に行ったのいつだろ?
あんなに好きだったあの子と、
最後にキスしたのはいつだろ?
ってことは、
これからも
「最後だったこと」
が増えて行くんだろうな。
最後に、出張行ったのいつだろ?
最後に、仕事で泣いたのいつだろ?