洞窟の奥はお子様ランチ|毎週ショートショートnote
電車の中で、赤ん坊の泣き声が響き渡った。その瞬間、友人がすっと席を立つ。「降りよう」という無言のアピールだ。
今まで何度か同じことがあり、僕は「赤ん坊の泣き声が苦手なんだろう」と、特に何も言わなかった。しかし、苦悶の表情を浮かべ、「はぁ」とため息をついてプラットホームのベンチに座る友人に、思わず「そんなにイヤなの?」と聞く。
「いや、違うんだ」
次の言葉を待つ。
「俺の実家は長野の山奥で、夕方とか夜に、よく山の方からいろんな音が聞こえるんだよ。太鼓を叩くような音とか、斧で木を切るような音とか」
話の方向性が分からないまま、「へぇ」と相槌を打つ。
「父さんも母さんも、じいちゃんとばあちゃんも、当たり前のように『ああ、また狸か』って言って終わるんだ」
「それは、狸が人間を化かしたり、からかったりしてる……的な?」
「そう。俺の実家の辺りじゃ、山の方から何か聞こえたら、狸の仕業だって言われてるから」
「なるほど」
とりあえず、話の内容としては納得した。ただ、なぜそんな話をするのか、理由が分からない。
友人は髪をくしゃくしゃっとかき上げ、話し辛そうに続ける。
「俺が小学生の頃かな。ある日、夜に山の方から赤ん坊の泣き声が聞こえたんだよ。さっきみたいな」
「え……」
いきなりの展開に、僕は身構えた。
「何時間も泣き声が聞こえるから、近所の人達も外に出て来て、さすがにこれはおかしいって、ちょっとした騒ぎになったんだ。それで、次の日に警察と消防の人達が山に入った」
――洞窟から赤ん坊の遺体が見つかった。
急行列車が走り抜ける轟音にビクッとなる。
「そのあとも、夜になるとたまに山から泣き声がして、耐えられなくなった近所の食堂の店主が洞窟にお子様ランチをお供えしたら、ピタッと止んだ」
あまりに衝撃的な展開に言葉を失った。赤ん坊の泣き声が嫌いになって当然だろう。いや、むしろ僕の方がトラウマになりそうだ。
「それも……狸の仕業だったの?」
「さぁね」
完全に固まっている僕を見て、友人は突然ニヤッと笑った。
「なーんて話、信じる?」
僕が「信じるわけねーだろ。ネットにありそうなオカルト話だ」と一蹴すると、友人は「まぁ、そうだよな」と言って、自販機でペットボトルのお茶を2本買って来た。
「無駄話に付き合ってくれたお礼」
差し出されたお茶を、僕は一気に飲み干した。
(了)
たらはかにさんの企画「毎週ショートショートnote」、今週のお題は「洞窟の奥はお子様ランチ」でした。
先々週(先週はパス)のお題は「行列のできるリモコン」でした。
ありがとうございます!(・∀・) 大切に使わせて頂きます!