Syuu阿賀沢

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記事一覧

遠い花火

 遠くで、打ち上げ花火がはじける音がする。曾祖母を背負った早坂博康は、転ばないように慎重に足を運んだ。月明かりがあるといっても、木々に囲まれた夜道は暗かった。 …

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ぬかるみ

 老舗デパート松嶋屋の一階の南側、中通りに面してそのカフェテラスはあった。  晴れあがった土曜の午後、札幌駅前のメインの通りは人が多いが、テラスには数組のカップ…

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経年劣化のメンテナンス

 建物でも、乗り物でも、身体でも、年月による品質や機能の低下は仕方のないことだろう。長持ちさせるためには、メンテナンスが欠かせない。  家ならば、外壁や屋根の塗…

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定食屋「欽」常連(3)

 3月春分の日のランチタイムの少し前、春のコートを来た女性客が、ストールを頭に巻いて深く被り、寒さに震えて入ってきた。後ろから似たような格好の同年代の二人が連な…

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あがき

 新聞や文庫本は裸眼で読めるけれど、最近フリガナが読みにくくなった。特に、薄暗いと数字などを取り違えることが多くなり、いよいよリーディンググラスの買い時かと憂鬱…

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3週間前
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記念日クルージング

 7月末、その週の天気予報が思わしくなかったので、雨天でも順延できるように予約を2日続けて入れておいた。  が、一日目、ぷかぷかと白雲が浮かび、紺碧の空は高く、絵…

Syuu阿賀沢
3週間前
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 出窓の辺りがすっと明るくなった気がして、野原美代子は弟の欽二に折って見せていた折り紙の『奴さん』を床に置いた。  窓辺に立つと半月が雲の合間から顔を見せ、雪原…

Syuu阿賀沢
1か月前
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庭の贈り物 12ヶ月

2月  2月になると、三寒四温という言葉が現すように、寒暖の変化が大きくなってくる。真昼、住宅街の道路はざくざくだ。  先月は降雪量が少なくて、庭の果樹も雪の布団…

Syuu阿賀沢
1か月前
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定食屋「欽」譚

 プロローグ  夕暮、スタンドランプを燈す前に、窓から空を見上げた。10月初めの十三夜の月が雲の合間から顔を見せていた。鈍色の雲の上の方は月で明るいが、雲の動き…

Syuu阿賀沢
1か月前
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定食屋「欽」常連(2)

2015年2月10日     節分を過ぎると、3日に1日は穏やかな天候の日が来るようになった。堆く積み上げられた雪の山も、日に日に嵩を下げている。「欽」の前の歩…

Syuu阿賀沢
1か月前
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目の声

夫が魚を食べたいというので、丸ごとの鮮魚を求めてスーパーへ行った。売り場で一番目を惹いたのはサクラマス。残念ながら切り身になっていたが、そばに粗《あら》のパック…

Syuu阿賀沢
1か月前
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定食屋「欽」常連(1)

 2014年12月6日   スタンドランプのオレンジ色が、雪が吹き付けられた出窓を照らしている。師走の風が窓をたたき、「欽」の生成りの暖簾がはためく。  美代子…

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1か月前
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デンマークカクタスのつぶやき

 私は多くの人に「デンマークカクタス」と呼ばれている。「シャコバサボテン」とか「クリスマスカクタス」と言う人もいる。学名は「シュルンベルゲラ トルンカタ」。サボ…

Syuu阿賀沢
1か月前
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定食屋「欽」譚 (13)

2015年5月10日   暖かい日が続き、雪解けは例年より早い。美代子と泰蔵は、日差しの中を実家の裏の針葉樹林へ入った。実家に住んでいたころと比べると人手が入っ…

Syuu阿賀沢
1か月前

カラスの出勤

 早朝目が覚めた日は、本を読むかオンラインの新聞を読む。この日の目覚めは4時30分。まず初めに、少しでも明かりを取り込もうとカーテンを開けた。窓から、夜明け前の…

Syuu阿賀沢
1か月前
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最後のニュース 

 今年の夏も大変な暑さになりそうだ。札幌といえども油断はできない。  毎日、新聞の記事を読み、テレビのニュース番組を見ているが、最近報道されたいくつかのニュース…

Syuu阿賀沢
1か月前
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遠い花火

遠い花火

 遠くで、打ち上げ花火がはじける音がする。曾祖母を背負った早坂博康は、転ばないように慎重に足を運んだ。月明かりがあるといっても、木々に囲まれた夜道は暗かった。
 家の裏道を栗林へ向かう。大きな栗の木は、少しの風でもザワザワと揺れ、影を濃くする。湧き水が流れる小川の、細い板切れの橋を渡ると上り坂だ。
 7月の末、中空知のこの村にも夏らしい暑さが訪れた。例年、この数日だけが、川遊びをしても鳥肌が立たな

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ぬかるみ

ぬかるみ

 老舗デパート松嶋屋の一階の南側、中通りに面してそのカフェテラスはあった。
 晴れあがった土曜の午後、札幌駅前のメインの通りは人が多いが、テラスには数組のカップルしかいない。
 約束の時間が迫り、急ぎ足で来た竹村は、それらしい女性を探しながらポケットから出したタオルハンカチで額を拭いた。西側の保険会社のビルが西日を遮り、汗がひくのがわかるほど空気はひんやりとしていた。例年にない暑さと言っても、6月

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経年劣化のメンテナンス

経年劣化のメンテナンス

 建物でも、乗り物でも、身体でも、年月による品質や機能の低下は仕方のないことだろう。長持ちさせるためには、メンテナンスが欠かせない。
 家ならば、外壁や屋根の塗り替えなど。乗用車は定期検査が義務付けられている。
 人にも、加齢と共に積み重なっていく変化がありメンテナンスが必要だ。
 世の中には、アンチエイジングと謳っている物ごとがたくさんある。飲んだり、貼ったり、塗ったりするものや、踏んだり、蹴っ

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定食屋「欽」常連(3)

定食屋「欽」常連(3)

 3月春分の日のランチタイムの少し前、春のコートを来た女性客が、ストールを頭に巻いて深く被り、寒さに震えて入ってきた。後ろから似たような格好の同年代の二人が連なってくる。
「今日は寒いわ。気温はそんなに下がっていないのに風が強くて、身体の温度が奪われるのね」
「また冬のコートを出さなくちゃ駄目だわ」
「小粒の霰が風で顔にあたるのが痛くって、大変だったわよ」
 口々に天候の悪さを言い騒ぐ様子は、春色

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あがき

あがき

 新聞や文庫本は裸眼で読めるけれど、最近フリガナが読みにくくなった。特に、薄暗いと数字などを取り違えることが多くなり、いよいよリーディンググラスの買い時かと憂鬱になっている。

 まだ中年と呼ばれていない年齢のころ、2番目の兄から新聞の切り抜きが送られてきた。
「老眼予防に良いようなので、やってみて」という。
 名は忘れたが、何とか博士の「毛様体筋トレーニング」の記事だった。兄は実旋していると言っ

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記念日クルージング

記念日クルージング

 7月末、その週の天気予報が思わしくなかったので、雨天でも順延できるように予約を2日続けて入れておいた。
 が、一日目、ぷかぷかと白雲が浮かび、紺碧の空は高く、絵にかいたような晴れになった。
 娘への誕生日プレゼントには、いつも頭を悩ませてるが、今年は初のクルージング体験を贈った。幸先の良い天気でもある。

 その2週間前、小樽港マリーナへ行く用事がありマリーナセンターハウスに立ち寄った。
 ハウ

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弟

 出窓の辺りがすっと明るくなった気がして、野原美代子は弟の欽二に折って見せていた折り紙の『奴さん』を床に置いた。
 窓辺に立つと半月が雲の合間から顔を見せ、雪原に雲の影を作っていた。
 先刻父の巌が、鶏卵の行商に出ていた母の和をバス停まで迎えに行ったときは、粉雪が強風に舞って前が見えなくなるほどだったが、風がおさまり山里は丸みを増して穏やかだ。
 欽二は『奴さん』を引っ張って裂きはじめた。音が面白

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庭の贈り物 12ヶ月

庭の贈り物 12ヶ月

2月
 2月になると、三寒四温という言葉が現すように、寒暖の変化が大きくなってくる。真昼、住宅街の道路はざくざくだ。
 先月は降雪量が少なくて、庭の果樹も雪の布団をまとえずに寒そうに見えたが、今は例年通りの積もり具合だ。
 我が家の庭は、落雪住宅のため家屋が土地の中央寄りに建っている。
 広めの南側、日の当たる狭い東側、半日影の北の庭はそれぞれの環境に合わせて、菜園や果樹園、花壇にしている。

 

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定食屋「欽」譚

定食屋「欽」譚

 プロローグ

 夕暮、スタンドランプを燈す前に、窓から空を見上げた。10月初めの十三夜の月が雲の合間から顔を見せていた。鈍色の雲の上の方は月で明るいが、雲の動きが早く明かりを吹き消したように急に暗くなることを繰り返していた。
「ひどい天気になりそう。今夜の客は少ないか」女主人は独りごとを言ってランプの紐を引いた。
 札幌市中央区の北三条通り公園に面した西12丁目に、60代の女主人大橋美代子が一人

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定食屋「欽」常連(2)

定食屋「欽」常連(2)

2015年2月10日   

 節分を過ぎると、3日に1日は穏やかな天候の日が来るようになった。堆く積み上げられた雪の山も、日に日に嵩を下げている。「欽」の前の歩道は路面の雪が溶け、吹き溜まったスズカケの枯葉が濡れて顔を出していた。
 昼の客足が途絶えた午後3時過ぎ、美代子は玄関先で、重たい枯葉を火ばさみで少しずつゴミ袋に集めていた。
「お久しぶり」
 声に顔を挙げると、俊彦におぶさったキエがマン

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目の声

目の声

夫が魚を食べたいというので、丸ごとの鮮魚を求めてスーパーへ行った。売り場で一番目を惹いたのはサクラマス。残念ながら切り身になっていたが、そばに粗《あら》のパックも並んでいる。眼が透明で新鮮なのが分かる。部位の偏りがないので、切り身と共に購入した。
 帰宅してすぐに下拵えをする。粗は三平汁にするために塩を振る。澄んだ眼差しが私を見ている。
「いただきます」
 まだ見られている。謝りながら塩を振り続け

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定食屋「欽」常連(1)

定食屋「欽」常連(1)

 2014年12月6日 

 スタンドランプのオレンジ色が、雪が吹き付けられた出窓を照らしている。師走の風が窓をたたき、「欽」の生成りの暖簾がはためく。
 美代子が店から出て荒れた空を見上げ、暖簾の内側に積んであった段ボールを店内に入れる。最後のひと箱を運び入れたところで胴震いした。
「今年の天気は異常だね。寒すぎる」
 馴染み客の山本キエが大食卓の角に座っていた。日本酒の入った大振りの湯呑の、鳥

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デンマークカクタスのつぶやき

デンマークカクタスのつぶやき

 私は多くの人に「デンマークカクタス」と呼ばれている。「シャコバサボテン」とか「クリスマスカクタス」と言う人もいる。学名は「シュルンベルゲラ トルンカタ」。サボテン科だ。原産地はブラジルの高山で多年草。
 花の大きさ、形、色はさまざまである。私は大振りで花冠の直径は手のひらを上回る。深紅とショッキングピンクの花弁を持ち、自分で言うのもなんだが、華麗で艶やかだ。
 この家の10号鉢で生かされている。

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定食屋「欽」譚 (13)

定食屋「欽」譚 (13)

2015年5月10日 

 暖かい日が続き、雪解けは例年より早い。美代子と泰蔵は、日差しの中を実家の裏の針葉樹林へ入った。実家に住んでいたころと比べると人手が入っていないのが分かる。落葉松とも呼ばれるカラマツの寿命もあるのだろう、林は荒れていた。それでも林道だけは枝が打ち払われ、山奥へと続いていた。
 2人は水源へと向かった。あちこちが雪解け水でぬかるみ滑る。湧水の取水場は、昔と違って浄水装置が組

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カラスの出勤

カラスの出勤

 早朝目が覚めた日は、本を読むかオンラインの新聞を読む。この日の目覚めは4時30分。まず初めに、少しでも明かりを取り込もうとカーテンを開けた。窓から、夜明け前の雲が、ほのかに赤く染まっているのが見える。カラスが2羽鳴きながら東の方へ飛んでいく。また数羽が同じ方向へ翔ける。こんなに早くから活動しているのかとしばし目で追う。
 数日後の暑い夜、カーテンを開け放しで寝た。明け方、薄明りに目覚める。今日も

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最後のニュース 

最後のニュース 

 今年の夏も大変な暑さになりそうだ。札幌といえども油断はできない。
 毎日、新聞の記事を読み、テレビのニュース番組を見ているが、最近報道されたいくつかのニュースを見て、数年前に書いたエッセイを思い出した。いじめによる自殺、SNSが関わる殺人、終着の見えない戦争……。

        原文ママ
 車を運転していたら、FM放送で井上陽水の歌が流れているのに気づいた。久し振りに何曲か聞けて懐かしい。若

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