Syuu阿賀沢

Syuu阿賀沢

最近の記事

  • 固定された記事

ヨギーの独り言

 年齢を重ねると、体のあちこちに故障が出て来る。腰や首、肩、膝の不調だ。  ウォーキングや水泳、ストレッチをした後は凝りがすっきりしたり体が軽くなったりするが、まもなく元に戻ってしまう。  長年仕事の合間に、メタボの予防や、凝りの改善のためにジムに通っていた。  運動仲間に、ヨガをやるとインナーマッスルが鍛えられ、故障しにくい体になると勧められた。  元々興味もあり、試してみることにしたのは7年ほど前の話だ。  ジム内のスタジオで、何度かヨガの体験をすると、自分の身体の硬

    • 遠い花火

       遠くで、打ち上げ花火がはじける音がする。曾祖母を背負った早坂博康は、転ばないように慎重に足を運んだ。月明かりがあるといっても、木々に囲まれた夜道は暗かった。  家の裏道を栗林へ向かう。大きな栗の木は、少しの風でもザワザワと揺れ、影を濃くする。湧き水が流れる小川の、細い板切れの橋を渡ると上り坂だ。  7月の末、中空知のこの村にも夏らしい暑さが訪れた。例年、この数日だけが、川遊びをしても鳥肌が立たない北国の真夏だ。月が明けると風の気配は秋になり、イルムケップ山から流れてくる水は

      • ぬかるみ

         老舗デパート松嶋屋の一階の南側、中通りに面してそのカフェテラスはあった。  晴れあがった土曜の午後、札幌駅前のメインの通りは人が多いが、テラスには数組のカップルしかいない。  約束の時間が迫り、急ぎ足で来た竹村は、それらしい女性を探しながらポケットから出したタオルハンカチで額を拭いた。西側の保険会社のビルが西日を遮り、汗がひくのがわかるほど空気はひんやりとしていた。例年にない暑さと言っても、6月の日陰は涼しい。新しいシャツの脇が濡れていないかちらっと確認した。  先週末、

        • 経年劣化のメンテナンス

           建物でも、乗り物でも、身体でも、年月による品質や機能の低下は仕方のないことだろう。長持ちさせるためには、メンテナンスが欠かせない。  家ならば、外壁や屋根の塗り替えなど。乗用車は定期検査が義務付けられている。  人にも、加齢と共に積み重なっていく変化がありメンテナンスが必要だ。  世の中には、アンチエイジングと謳っている物ごとがたくさんある。飲んだり、貼ったり、塗ったりするものや、踏んだり、蹴ったり、ぶらさがったり。不具合が改善する、若返ると信じて使う人は多い。  アンチエ

        • 固定された記事

        ヨギーの独り言

          定食屋「欽」常連(3)

           3月春分の日のランチタイムの少し前、春のコートを来た女性客が、ストールを頭に巻いて深く被り、寒さに震えて入ってきた。後ろから似たような格好の同年代の二人が連なってくる。 「今日は寒いわ。気温はそんなに下がっていないのに風が強くて、身体の温度が奪われるのね」 「また冬のコートを出さなくちゃ駄目だわ」 「小粒の霰が風で顔にあたるのが痛くって、大変だったわよ」  口々に天候の悪さを言い騒ぐ様子は、春色のコートに似合わない。美代子に空模様を報告してきたストールの客は、コートを脱がず

          定食屋「欽」常連(3)

          あがき

           新聞や文庫本は裸眼で読めるけれど、最近フリガナが読みにくくなった。特に、薄暗いと数字などを取り違えることが多くなり、いよいよリーディンググラスの買い時かと憂鬱になっている。  まだ中年と呼ばれていない年齢のころ、2番目の兄から新聞の切り抜きが送られてきた。 「老眼予防に良いようなので、やってみて」という。  名は忘れたが、何とか博士の「毛様体筋トレーニング」の記事だった。兄は実旋していると言っていた。  目の前15㎝ほどの位置に指やペンを置き、遠くの山や雲、空などと、代

          記念日クルージング

           7月末、その週の天気予報が思わしくなかったので、雨天でも順延できるように予約を2日続けて入れておいた。  が、一日目、ぷかぷかと白雲が浮かび、紺碧の空は高く、絵にかいたような晴れになった。  娘への誕生日プレゼントには、いつも頭を悩ませてるが、今年は初のクルージング体験を贈った。幸先の良い天気でもある。  その2週間前、小樽港マリーナへ行く用事がありマリーナセンターハウスに立ち寄った。  ハウス内にはマリンショップやカフェが入っている。帰り際、その一角でクルージングなどマ

          記念日クルージング

           出窓の辺りがすっと明るくなった気がして、野原美代子は弟の欽二に折って見せていた折り紙の『奴さん』を床に置いた。  窓辺に立つと半月が雲の合間から顔を見せ、雪原に雲の影を作っていた。  先刻父の巌が、鶏卵の行商に出ていた母の和をバス停まで迎えに行ったときは、粉雪が強風に舞って前が見えなくなるほどだったが、風がおさまり山里は丸みを増して穏やかだ。  欽二は『奴さん』を引っ張って裂きはじめた。音が面白いのか形が崩れるのが面白いのか、笑い声をあげて夢中になっている。  窓辺で両親を

          庭の贈り物 12ヶ月

          2月  2月になると、三寒四温という言葉が現すように、寒暖の変化が大きくなってくる。真昼、住宅街の道路はざくざくだ。  先月は降雪量が少なくて、庭の果樹も雪の布団をまとえずに寒そうに見えたが、今は例年通りの積もり具合だ。  我が家の庭は、落雪住宅のため家屋が土地の中央寄りに建っている。  広めの南側、日の当たる狭い東側、半日影の北の庭はそれぞれの環境に合わせて、菜園や果樹園、花壇にしている。  東側に植えたリンゴの木には、鳥の餌台を取り付けてあり、野鳥がパンやくず米をついば

          庭の贈り物 12ヶ月

          定食屋「欽」譚

           プロローグ  夕暮、スタンドランプを燈す前に、窓から空を見上げた。10月初めの十三夜の月が雲の合間から顔を見せていた。鈍色の雲の上の方は月で明るいが、雲の動きが早く明かりを吹き消したように急に暗くなることを繰り返していた。 「ひどい天気になりそう。今夜の客は少ないか」女主人は独りごとを言ってランプの紐を引いた。  札幌市中央区の北三条通り公園に面した西12丁目に、60代の女主人大橋美代子が一人で営んでいる「欽」という小さな定食屋がある。欽と書いて「よし」と読むが「きん」と

          定食屋「欽」譚

          定食屋「欽」常連(2)

          2015年2月10日     節分を過ぎると、3日に1日は穏やかな天候の日が来るようになった。堆く積み上げられた雪の山も、日に日に嵩を下げている。「欽」の前の歩道は路面の雪が溶け、吹き溜まったスズカケの枯葉が濡れて顔を出していた。  昼の客足が途絶えた午後3時過ぎ、美代子は玄関先で、重たい枯葉を火ばさみで少しずつゴミ袋に集めていた。 「お久しぶり」  声に顔を挙げると、俊彦におぶさったキエがマンションの前で手を振っていた。 「キエちゃん。俊彦さん。こんにちは」  手早く袋の

          定食屋「欽」常連(2)

          目の声

          夫が魚を食べたいというので、丸ごとの鮮魚を求めてスーパーへ行った。売り場で一番目を惹いたのはサクラマス。残念ながら切り身になっていたが、そばに粗《あら》のパックも並んでいる。眼が透明で新鮮なのが分かる。部位の偏りがないので、切り身と共に購入した。  帰宅してすぐに下拵えをする。粗は三平汁にするために塩を振る。澄んだ眼差しが私を見ている。 「いただきます」  まだ見られている。謝りながら塩を振り続ける。 「ごめんなさい。大事に食べます」  いつもの生き物たちとの心の中のやりとり

          定食屋「欽」常連(1)

           2014年12月6日   スタンドランプのオレンジ色が、雪が吹き付けられた出窓を照らしている。師走の風が窓をたたき、「欽」の生成りの暖簾がはためく。  美代子が店から出て荒れた空を見上げ、暖簾の内側に積んであった段ボールを店内に入れる。最後のひと箱を運び入れたところで胴震いした。 「今年の天気は異常だね。寒すぎる」  馴染み客の山本キエが大食卓の角に座っていた。日本酒の入った大振りの湯呑の、鳥獣戯画の柄を眺めてくるくると回し最後の一口を飲み干した。食卓にことりと置き、両手

          定食屋「欽」常連(1)

          デンマークカクタスのつぶやき

           私は多くの人に「デンマークカクタス」と呼ばれている。「シャコバサボテン」とか「クリスマスカクタス」と言う人もいる。学名は「シュルンベルゲラ トルンカタ」。サボテン科だ。原産地はブラジルの高山で多年草。  花の大きさ、形、色はさまざまである。私は大振りで花冠の直径は手のひらを上回る。深紅とショッキングピンクの花弁を持ち、自分で言うのもなんだが、華麗で艶やかだ。  この家の10号鉢で生かされている。女主人は、植物を育てるのが大好きだ。お陰で毎年、初夏に豪華な花をたくさん咲かせる

          デンマークカクタスのつぶやき

          定食屋「欽」譚 (13)

          2015年5月10日   暖かい日が続き、雪解けは例年より早い。美代子と泰蔵は、日差しの中を実家の裏の針葉樹林へ入った。実家に住んでいたころと比べると人手が入っていないのが分かる。落葉松とも呼ばれるカラマツの寿命もあるのだろう、林は荒れていた。それでも林道だけは枝が打ち払われ、山奥へと続いていた。  2人は水源へと向かった。あちこちが雪解け水でぬかるみ滑る。湧水の取水場は、昔と違って浄水装置が組み込まれ、小屋ほどのコンクリートで蔽われていた。  下流の陽の当たる水際にヤチブ

          定食屋「欽」譚 (13)

          カラスの出勤

           早朝目が覚めた日は、本を読むかオンラインの新聞を読む。この日の目覚めは4時30分。まず初めに、少しでも明かりを取り込もうとカーテンを開けた。窓から、夜明け前の雲が、ほのかに赤く染まっているのが見える。カラスが2羽鳴きながら東の方へ飛んでいく。また数羽が同じ方向へ翔ける。こんなに早くから活動しているのかとしばし目で追う。  数日後の暑い夜、カーテンを開け放しで寝た。明け方、薄明りに目覚める。今日も暑いのかと窓を見上げる。雲は少なく空は明るい。カラスが何羽も続いて東へ飛んでいく

          カラスの出勤