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オリジナル連載小説 【 THE・新聞配達員 】 その88


88.   バイトだとLv7のままだけど社員に採用されたら一気にLv30からのスタートになる話ィ!



佐久間さんの家の集金が終わって
お店に戻った。


「ただいまですー!戻りましたー!真田ですー!」


興奮気味に言った自分に自分自身が驚いているが、
あまり驚いてもいられない。


この自分は特別だという気持ちが
このままずっと続いてくれれば、
もう何でも出来るような気がしているからだ。
早く!
早く何かしなければ!
曲作りだ!いや相棒のギターが居ない。
詞を書こう!
絵も描こう!
絵の具はどこだ!
とにかく早く部屋に戻って創作だ!
爆発だ!
私は特別な人間だ!
うおー!


すぐるさんが出てきたので集金カバンを
渡した。私は鼻の息の粗さを隠せないままだった。


「集金終わりました!特別な色の集金カバンで・・・いや間違えた!変な色の集金カバンで・・あれっ?」

「変だとぉ?言ってくれるじゃないか。確かに何色かずっと分からんままだが・・・・しかし今日はやけにはっきりモノを言ってくれるじゃないか。何かあったのか?」

「す、すいませんですっ!変って意味じゃなくて・・えーっと・・・」

「じゃあどういう意味だよ!」

「変ということは特別ってことなんで、えーっと、他には無い色って言うか・・・えーっと・・・」

「もういい。今釣り銭を確認するから待ってろ。」


奥の部屋に消えた優さんの大きなシルエットが
すりガラスの扉の向こうに映る。
座ったり立ったりの動作が遅くて興奮してた心が
静まってくる。
私はただそのシルエットをボーッと眺めて待った。


現実は普通の延長線上だった。


優さんのシルエットがカラーになって飛び出してきた。


「おし、オッケーだ。ごくろうさん。あ、そうだ。おい真田。来月3月に入ったら6区の引き継ぎをして勤務は3月20日までな。残念だが3月21日には部屋を開けて欲しいんだ。いけるか?」

「ええっ?3月いっぱいまでじゃないんですか?」

「いや、ギリギリ31日までだと新人との入れ替えが忙しいんだ。ちょっと早めで頼む。いけるか?」

「わ、わかりました。3月にはもう新人が入って来るんですね。」

「おう。もう3月の6日には二人ほど入ってくるぞ。」

「は、早いですね。じゃあそのうちの一人に6区を引き継ぐんですか?」

「いや、その二人はまた違う区域になる。」

「え、じゃあ6区は!このロック魂は一体誰に引き継ぐんですかぁ!」

「おいおい、今日はやけに熱いな。6区でRockかよ。まあ落ち着け。えーっとな、6区は本城にやってもらうことにした。」


「え?ほ、本城!」

「そう。本城。」


本城って由紀ちゃんじゃないか!
まさか私が去った後に由紀ちゃんが
私の6区魂ろっくだましいの配達と集金をするのか。
なんてこった!


まてよ。
3月20日でグッバイということは、
もう佐久間さんの家の集金は
行けないのか。


いろいろと考える私に
話を続ける優さん。


「あと、3月分の給料は、その最終勤務の20日に渡す。」

「えっ!いいんですか?助かります!やっほ・・」

「喜びの声が漏れてるぞ真田。まあいい。とにかく部屋綺麗にしといてくれよ。」


予定がすっかり変わってしまった。
先にお金が入ってくるから『やっほ』と喜んでみたが、
よく考えれば20日までということは
10日分ほどお給料は減るだろうし、
集金もしないのだから集金手当の2万円も
支給されないだろう。


最後のお給料は5万円くらいになってしまうではないか!
しまったぞ!
いつもは9万円だから4万円も少ない。
4万円か。
もう大阪に帰る方法も思い付かなくなってきた。
徒歩かな。


計算がまたまた大いに狂う。
これ以上の誤算は致命的だ。
なんとか大阪に帰ってもスッテンテンの状態だ。
そのあと猛烈にアルバイトをすれば
飛行機のチケットは買えるだろうが、
カナダに着いた時に財布の中身が千円札一枚・・・
いや、お札は一枚も無く、小銭が数枚・・・
500円玉があれば、こういうだろう。
「デカだま発見!」
悲しいスタートを切ることになりそうだ。


なんとかしなければ。
もう売るものはないだろうか。
体か?誰も買わないだろう。
どうしたものか。



翌朝。
眠い目をこすってるのか、
こするから眠い目になるのか、
分からないくらい目をこすりながら
コンビニに向かった。
今日で僕らの弁当戦争も最終決戦だ。


2月28日だ。
今日でコンビニのバイトは終わり。
3月はもう新聞配達の引き継ぎやら
部屋の片付けで忙しい。


「店長、お世話になりました。」

「泣くなよ、さなだくん。またいつでも来なよ。泣いても笑っても弁当は無くならないからね。」

「泣いてなくて、すいません。」


人類がご飯を食べなくても
生きていけるその日が来るまで
この弁当戦争は続く。


「本当にありがとうございました。色々教えてくれて勉強になりました。休んだり寝坊ばかりですいません。店長もお体に・・いや、弁当に気をつけてください。」


あらかじめ用意していたセリフが
ちゃんと言えた。
寒さで鼻の下が白くなってる店長は
忙しくて私どころではないはずなのに
別れの挨拶をするためにレジに出てきてくれている。
本当に良い人だ。


「いや、残念だよ。さなだくんは見込みあるのになー。うちに就職したら即副店長からだよ。」

「副店長からですか!」

「おう。一気にレベル30からのスタートってとこだな!」

「うおーっ!いきなりレベル30って!この前たしか僕の事レベル7とか言ってたような・・・」

「いや、それは一人旅だったらの話だよ。」

「一人旅?」

「そう。社員になればパーティーが組める。仲間を使えるんだ。【人を使う】という作戦が覚えられるんだ。それで一気にレベル30からだよ。すごいだろ?」

「ほえ〜。なんか面白そうですねー。」

「だろ?じゃあ採用ね!この書類にハンコ・・は無いだろうから、左手の人差し指の先をちょっとこれで切ってね、全然痛くないから大丈夫だよ。それで出てきた血でここにハンコみたいに指をグッと指紋を押してくれたらいいから。血判状けっぱんじょうってやつになっちゃうけど大丈夫だよ。なんてったってレベル30採用だからねー。」

「いや、ムリです!大丈夫じゃないです!僕大阪に帰らないといけないんで!」

「ははは!冗談だよ!さなだくんは【からかい甲斐】があって面白いよ。俺の話なんて99.9%冗談だよ!ははは!」


今後の人生で言う冗談は
短く爽やかなモノにしようと誓う私が居た。


「あ、あとこれ、最後のお給料だよ。ちょっと少ないけど多めに入ってるから大目に見てね。なんてね。」


茶色の封筒を受け取った。
少ないのは私のせいだが、
2千円だけ多めに入っていた。

ドヤ顔でテッカテカの店長の顔が
デラックス幕の内弁当に見えてきた!


「て、てんちょう!!」


「おいおい泣くなよ、さなだくん。」


「泣いてなくて、すいません。ありがとうございます!」


「いや気にする事ないよ。弁当手当べんとうてあてだよ。短い間だったけど、ありがとね。ごくろうさん!」


冗談がひとつも入ってないじゃないか!と
思いつつも目頭が熱くなってきたので
もう何も声に出せなくなってしまった。


私はぺこりとお辞儀をして
小走りに出口に向かった。


自動ドアが開いた所で立ち止まって振り返り
もう一度お辞儀をした。
そして大きな声で言った。


「お世話になりました!」


店長がレジの中に立ったままで
片手を上げて「うぃ」とだけ言ったのが
聞こえた。
顔は向こうを向いていた。


戦友を失った悲しみの顔を
客に見せることは決してしない
プロのコンビニ店長だった。


〜つづく〜

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真田の真田による真田のための直樹。 人生を真剣に生きることが出来ない そんな真田直樹《さなだなおき》の「なにやってんねん!」な物語。

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