見出し画像

オリジナル連載小説 『 15ちゃい 』 その1


1. ビンボー


うちの家はビンボーだった。
いや、でも畑からキュウリを盗まないと
腹を満たせないほどではなかった。


うちの家は裕福ではなかったということだ。
父が仕事をして母が家にいる。
着る服も食べる物もテレビもステレオもある。
もう誰も弾かないピアノまである。
そんな豊かさの象徴が2DKの狭い団地にぎゅうぎゅうに
詰まっている家。


車もあった。
父は中学を卒業してすぐに家を飛び出して
左官屋になり、18歳で免許を取ってすぐに車を買った。
三菱コルク?ボルト?いやコルトだ!確かそう言っていた。
それ以来、車を持っていなかったことは一度もないらしい。


どこがビンボーなんだ?
なんで母は口癖のように
「うちはビンボーなんだから我慢しなさい!」と
言っているのだろう。


小学生までの私ならすっかり騙せるが
もう私は中学も3年だ。もうすぐ卒業だ。
15歳になったんだ。


こんな高価そうなものがいっぱい部屋にあるのに
どうしてビンボーなんだろうか?
いつもお腹いっぱいご飯を食べているし、
デザートまで食べている。


父は毎晩お酒をかかさずに飲み、
父にだけいつもお刺身が用意されていた。


「うちはビンボー」だと口にしているのは
母だけだ。


そうか!
父は「うちはビンボー」なんて一言も言っていないぞ。
見抜いた!見抜いたぞ!
15歳にして見抜いた。大人なんてチョロいもんだ。


母は自分が働いていないから「うちはビンボー」と言っている。
父は仕事をして稼いでくるから言わない。


つまり、仕事をすればいいのだな。
なるほど・・・



そう思ってから何年経っただろう。
1年半くらい経つだろうか。
13歳の時だ。
家出を企てたが実行に移せなかったあの日だ。


どこに行くにも
なにをするにも
お金が必要なことに
家出の計画をして初めて気が付いたのだ。


私は3千円しか持っていなかった。
それでも頑張って貯めたほうだった。
月に千円の小遣いではどうしようもない。
日帰りで家出するしかなかった。


毎年のお年玉を貯金せずに何に使ってしまったのかだって?
そんなものは元旦当日に母が回収する。
常識だ。きっとみんなもそうだろう。


私はさすがに今年の元旦に母に言った。

「いつになったらお母さんに預けてる俺のお年玉全額引き出せるの?」


母はまっすぐ私を見て言った。

「直樹。今あなたが着ているその服を見なさい。」


私は下を向いて自分の着ている服を見た。


「それがそうよ。」


「えっー?そんなっ!俺は服を買ってくれなんて言ってないぞ!」


「じゃあ裸で過ごすか?
あなたが着ている服、かばん、文房具、自転車、塾のお金。それが
あなたが過去にもらったお年玉の戒名よ。」


「かいみょう?」


「変身したってこと。まあお年玉くらいでは全然足りないけどね。
自由に好きなものが買えるようになるのは、働くようになってからよ。」


く、くっそー!
ずっと心の頼りにしていたお年玉の預け金が
一瞬にして消えて無くなった。
は、はたらいてやるー!


私は調べた。
本屋で立ち読みだ。
何を読んだらいい?
「六法全書」か?
「労働基準法」か?
どれだ?どの本だ?
難しい本はよくわからなかった。


帰ろうとした時、
本屋さんの入り口にうずだかく積まれたアルバイト求人紙があった。


左手はポケットに突っ込んだままで
右手だけ出して雑誌に手を伸ばした。
ぺろっと、めくってみた。
おー、なるほど!これじゃないか!
ここでアルバイトを募集しているのか。
どれどれ。


「んんんっ!ん!ごほんっ!」


エプロンをつけたオッサンがドアのホコリを叩きながら
私の近くでわざとらしく咳払いをしているのに気が付いた。
立ち読みするなということだな。
いったい雑誌はいくらするんだ?


150円


いける!なんとか買える!
駄菓子屋でライフガードとラメックが5個も買えるが、
目先の腹ごしらえはこの際我慢するとしよう。



私はその雑誌を手に取り、
わざとオッサンの前を通って
レジに向かった。


その求人雑誌は分厚すぎた。
家にある電話帳くらいはある。
こんなの部屋に置いてたら目立つな。


私は雑誌を押入れに隠した。
そしてまたすぐに引っ張り出して
読んだ。


一ページ目から一字一句漏らさずに
読んだ。


知りたいことを見つけた。


【法律上バイトができるのは15歳以上。労働基準法では、満15歳になってから最初の3月31日が終了してから働くことができる。】


なるほど。
私は15歳だがまだ中学を卒業していない。
卒業式が3月18日で高校の入学式が4月8日。
つまり、今度の4月1日から堂々と働けるのだな!
よっしゃー!
仕事を探そう!



それからというもの、
暇を見つけては押入れから分厚い雑誌を取り出して
眺めた。
頭がぼーっとしてくる。
どれも似たような求人だ。
しかも文字だけではどんな雰囲気か
さっぱりわからない。


仕事というのはいっぱいあるのだな。
まるで無限にあるように感じる。


量が多すぎる!
私は一字一句読み切る作戦を見限って
絞り込み作戦に出た。


15歳以上からでも働ける求人と
18歳以上からしか働けない求人があった。
しかしその条件では絞り込めなかったので、
住所で絞り込んだ。


家から近いところだけを見るとしよう。


沿線で自分の家の最寄駅に近い求人を探した。
いっぱいある。
なんてことだ。
家と学校以外の場所は全て仕事場なのか。


いや、学校も先生にとっては職場だ。
家も母が仕事をしている場所だとも言える。


つまり全ての場所は仕事場なのだな。
公園?
ゴミを捨てたり掃除する人や花壇の花を手入れする人が
働いている。


仕事がない場所など存在しないことを知った。


そうか。あまり焦る必要はないな。
それにこの雑誌に載っているお店に電話するなんて勇気は全く無い。
知っている近所のスーパーの求人が載っていた。
しかしまだ中学を卒業して高校生になる前の何者でも無い15歳の男が
レジを打っているのを私は見たことがない。
イメージが湧かない。


とりあえず暇だし、下見にでも行くとするか。


〜つづく〜

いただいたサポートで缶ビールを買って飲みます! そして! その缶ビールを飲んでいる私の写真をセルフで撮影し それを返礼品として贈呈致します。 先に言います!ありがとうございます! 美味しかったです!ゲップ!