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連載小説 【 THE・新聞配達員 】 その48



48.    キラキラ・ビーム



優子さんからもらった指南書を持って
拡張に回る私。


持ち時間は1時間足らず。
あと50分くらいはある。


留守ばかりだ。
全部留守だったと言えば
格好は付くが御食事会には有り付けない。


最初に由紀ちゃんと一緒に回った時の事や
優子さんと回った時の事を思い出す。


簡単に凄く良い人達に会えた。
あれは奇跡だったんだな。


私には奇跡を起こす力はないが、
私の目の前に現れた仲間の誰かがまるで
私に見せる為に奇跡を起こしていく。


当の本人には奇跡を起こした実感はなく、
起こそうと思ってやって来たわけでもなく、
まるで「映画の台本に書いてあったので来ました。」とでも
言わんばかりのタイミングで出演して、魔法の杖を振りかざす。
私の人生のワンシーンでひと振り。
そして舞台の袖に引っ込んだり、また現れたりする。


いったい私と何が違うのだろう?


考えすぎて、目の前を見ているようで見ていなかった。
目の前を通り過ぎる人達が、
怪訝な顔でこちらを見ながら去っていく。



わかったぞ!
元気だ!テンションだ!


私はいつも無感情だ。
私はいつもそんな風に自分を仮装して
現実感を取り払って自分を慰めている。
自分が自分では無いのだったら冷静で居られる。
傷付かないで済む。


そして喜びに素直に
心と体を動かせなくなってしまったのだ。


嘘でもいいからテンションを上げれば
もしかしたら私にも奇跡が起こせるんじゃないか。


うーむ。あれしかないな。


私はコンビニを見つけて入った。
缶のやつにした。 
小さいほうにした。


そして公園まで移動してベンチに座り
ポケットから「小さい方のアイツ」を取り出した。
そいつの口元を私の親指で軽く、そして優しく拭いてから
そっと、そいつの口を開いた。


プッシュー!


ポケットの中で揺られたせいで
そいつは口から泡を吹いた。


「あーあー。量が少なくなるじゃないか!
ただでさえ小さい方を買ったのに!」


そいつの乗り物酔いを誰かのせいにして
私はまず、そいつが吹いた泡を すすった。


泡を啜ったらもう、我慢なんてできない。
私は自分の口で、そいつの口に吸い付いた。


そして一気に、そいつの体をこちら側に倒した。
そいつの体の中の液体の全てが私の中に注がれる。
私の口の中がそいつの液体でいっぱいになる間もなく、
私はごくりごくりとそいつの液体を飲み込んでいった。


何が入っているのか分からないその液体は 
私の喉を強烈に刺激する。
痛くはない。
むしろこの刺激が欲しかったのだ。


喉を通って胃に到達したと同時に
もう脳を揺さぶられた気分になる。


私の脳とそいつの刺激以外の成分が
私の頭の中で踊り出す。


そこは赤い絨毯が敷かれ、
オーケストラの音楽が鳴り渡り、
頭上にはシャンデリアが眩しく輝く。


私たちはオーケストラの音楽に合わせて
手を繋ぎ、そして踊る。
そいつは私の手の中でくるくると回る。
目を閉じて顔を上に向ける。
自信たっぷりに。


回る。
回っている。
くるくると・・・


よしっ!これだ!
このテンションだ!
私は勢いよくベンチから立ち上がった。


あっという間に空っぽになった『そいつ』を
ペコリと握り潰して、公園のゴミ箱に捨てた。


これでやっとみんなと同じテンションだ!
イケる!今ならイケる!
行けー!直樹ぃー!


私は立ち漕ぎで自転車を進めた。


「よしっ!ここだな!」


さっそくドアホンを押した。

「ピンポーン🎶」


明かりが煌々と点いている。
居るに決まっている。


返事がない。
もう一度押した。

「ピンポーン🎶」


「は・・い。」


声がした。
まだ子供のような男の子の声だ。


ドアが開いた。


大人でも子供でもない年頃の子。
中学生くらいだろうか。

「あの、すいません。〇〇新聞ですけど・・・お父さんかお母さんは居ますか?」


「いえ、居ません。」


「そうですか・・・また来ます。」


「・・・・・」


なんて真っ直ぐで素直な瞳なんだろう。
私はそっと音が鳴らないようにドアを閉めた。


はーはー。
なんか緊張してしまった。
しかも息切れしている。
次だ。次に行こう。
優子さんの指南書にはこう書いてある。
「まったく気分を変えずに次に行け」。


次の家に着いた。
ここも電気が点いている。
(居るのはわかってるぞ!)と心の中で言いながら
ドアホンを押した。


「ピンポーン🎶」


返事がない。
明るい電気はダミーか?
もう一度ドアホンを押そうとドアに近づいたら
そのドアが開いた。


少しだけ開いたドアの中には誰も居ない。


(とうとう幽霊が出て来たのか!)
と思って下を見たら、小さな女の子が居た。


小学生の3.4年というところか。


「はい、だれですか?」


「えーっと、あの、〇〇新聞の真田と言いますが・・
えーっと。」


「お母さんは今、居ません。」


「あ、なるほどね!お父さんも?」


「はい。お父さんも居ません。」


「んーっと、じゃあ、また今度来ます。」


「はい。」


「あ、そうだ。一人でお留守番をしてるのかな?」


「はい。さっきまでお兄ちゃんが居たけど、どっか行っちゃった。」


「なるほど。一人の時は誰か来ても出ないほうがいいよ。」


「・・・・・はい。」


「じゃあ、気をつけて。」



ゆっくりとドアを閉めた。
汗が止まらない。


これまた、なんて素直でキラキラした瞳をしてるんだ!
子供ってこんなにキラキラしてたっけ?


たまたまキラキラした子供に連続で会えただけなのか?_
私が子供の時もこんなにキラキラしてたのか?


最後の一件になってしまった。
脳の舞踏会も終わっていた。


すっかりシラフになった私は
おそるおそるドアホンを押した。


「ピンポーン🎶」


「はーい!(ドタドタドタ)」


元気な返事が、元気で賑やかな足音と共に聞こえて来た。
大人はこんなに早く家の中を走らない。
きっとまた子供だ。


「はい!どなたですか?」


ドアが開いた瞬間に元気な声と
元気な笑顔の女の子が現れた。
元気がドアの外まで漏れている。
制服を着ている。学校から帰って来たばかりの様子。


ドタドタドター!!


元気よく走り回る音が上の階から聞こえてくる。
賑やかな雰囲気だ。
このテンションだ!
この雰囲気なら契約をもらえるぞ!
親だ!親に会わせてくれ!


「すいません、〇〇新聞の者ですけど。」


「あー。今、親いないんですよねぇー。」


ドタドタドター!!


「だれ?お父さん?帰って来た?」


さらに子供の声が奥のほうから聞こえてくる。
その声の持ち主も現れた。


「あれ?お父さんじゃないじゃん。」


そう言って特に残念そうな感じもなく
じっと私のことを見つめるふたりの子供。
高校生と中学生くらいだ。



なんなんだろう。
このふたりの目もキラキラしている。
そしてこちらをじっと見ている。
なんですぐに追い返そうとしないのか。
嫌な顔をしないのか。
自分たちの中断された用事の続きをしないのか。


そんなふたりのキラキラ光線にすっかり
目をやられた私は思い出したかのように
目を閉じて言った。


「えーっと、では、また来ます。」


「はーい!」


ふたりは元気にそう言って
奥の部屋へと消えていった。


私は外に出て、そっと玄関を閉めた。
鍵が閉まってないことを心配しながら自転車に乗った。


やられた!
すっかりやられてしまった。
キラキラでピュアで真っ直ぐで素直な子供達ばかりに
遭遇した。


これは何のメッセージなのか?
何の奇跡なのか?
私はこの事から何を学べば良いのか?


ビールで勢いをつけて新聞の勧誘に回るおっさんは、
哲学が好きなようだった。


たった1時間の舞台が、こんな舞台になるだなんて。
ホントに人生はわからないものだ。


〜つづく〜

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