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風雷の門と氷炎の扉13

「さぁ教えて下さい…ウリュ様、約束です。」

風雷の門まであと僅かだ。
ウリュ達を背に乗せたブークも護衛としてついて来たバーもさすがに疲れてきたのか、今はゆっくりとした蹄の音を奏でている。
その落ち着いた雰囲気の中でヒョウエはウリュに事の真相を話してほしいと言った。
ヒョウエは、ゼータを葬ったら教える、ウリュそう言った事を覚えていたのだ。

「そっか…ごめんごめん。ヒョウエ、私はあの赤い天を見た時に、私を呼ぶ声がしたの。来て、来て、お願い…って。」

「呼ぶ声…それは聞きました…それがウリュ様にどう関係があるのでしょうか。」

「私は…選ばれた…。次の世界に行く。その権利を得た。その為の能力も得た。風雷の門は次の世界への入口。お父様もお母様もそうやってあの門を通って行った。」

「次の世界…とは…?」

「分からないわ…。でも私は行かなくてはならない。呼んでいるの。ううんと…その…神様…?なのかな…私達は戦神…と呼ばれているじゃない?その…なんだろ…戦いの神じゃなくてその…神…神様…。」

「神…」

「そう。」

「それは…」

「どうしたの?」

「ん、いいえ…何でもありません…」

ヒョウエはウリュの言葉の節々から感じ取っていた。
その場所へ自分はついて行けないという事を。
そしてウリュは子孫を残していない。
戦神の家が終わる、そして村を統治していたゼータが死んだ、つまりこの村の長たる者がいなくなるのだ。

「その神様がね、もう一人いるって言うの。」

「も、も、もう一人…?」

ヒョウエは淡い期待を抱いた。
答えは分かっているが期待せざるを得ない。
期待と絶望が入り混じったねっとりとした汗がヒョウエの額を伝う。

「風雷の門を通れるのは一人。だけど呼ばれた人間がもう一人いる。それを亡き者とせねばいけない。それが…」

「ゼ、ゼータだった…」

自分の名前が出て来なかったヒョウエは細い声でウリュの話に被せた。

「そう。だからゼータも私を殺そうとした。」

「残さなくて…いいのですか…?」

「何を?」

「この世界から選ばれた人間が定期的に次の世界へ行く。それはあの赤い天を見て、その神とやらの声が聞こえた者の中から一人、門を通れる能力を得る。それを後世に伝えなくてよろしいのでしょうか?」

「それをするのはヒョウエ、あなただと思う。」

「!!」

「あなたしかいないわ。それに公にしていい事とは思えない。この世界に不満を持った人間が殺到するわ?そして殺し合いが日常となってしまう。だからしっかりと人を選ばなくちゃいけないし、それを選ぶ能力を持っている人だけ知っていればいいと思う。そうやって何とかここまでこの世界の均衡が取れていたんだと思うわ。」

「ウリュ様の考えは分かりました…よくぞそこまでお考えになりました…しかし…」

ヒョウエの言葉が止まり、ヒョウエは辺りを見回した。
そしてウリュも異変に気付く。

「ヒョウエ…」

「はい、ブークとバーはいかがいたしましょう…。」

「この子達を巻き込む訳にはいかない。」

ぷちゅぷちゅと粘り気のある音があちこちで鳴り、辺りに響き渡る。
ぼんやりとその姿が白く実体化してくる。

「この数…さすがに門の近くは数が違いますね…」

「突破してみせるわ。」

ウリュがブークから降りると、ヒョウエも後に続いた。

「ここまでありがとうね。皆もありがとう。」

ウリュは乗っていたブークの老婆の顔を撫でて、他数頭のブークにも頭を下げた。

「あなた達も。お供してくれてありがとう。心強かったよ。」

ウリュは近付いてきたバー数頭の首を撫でた。

「よし、後は人間に見つからないように急いで帰りなさい。」

ウリュは腰に両手を当てて言った。
そう言っている間にもサンの大群の実体化が完了しつつある。
間もなくカクカクと気味が悪い動きで襲ってくるだろう。

「ウリュ様、来ます。」

「大丈夫。任せて。」

ウリュは腰の刃の柄に手を添えた。
ヒョウエも腰の巾着袋に手を添えた。

『この事態をしっかり記録しておかなければ…』

白く実体化したサンの大群が一斉にウリュ達の方向に身体を向ける。
その時である。

「え…?」

「な…?」

ウリュとヒョウエの前に大きな影が立ちはだかった。

「お前達…止めて…」

何とバー数頭とブーク数頭が憤怒の表情でサンを睨み付けている。
ウリュの声は全く届いている様子は無い。
バーは頭を低く下げ、前足を何度も蹴り上げて今にも突進しそうな勢いである。
まるで興奮が最高潮に達した猛牛そのものだ。

「帰りなさい!!あれはお前達が相手にできる相手じゃない!!」

ウリュの声を荒らげて制止を試みるが、それを聞く耳は持たないと宣言するようにウリュとヒョウエをずっと背に乗せてきた一際大きなブークと、先頭を護衛のようにして走ってきた一番大きなバーが雄叫びを上げた。

「ああええええ!!ええエエエ!!」

「ぶふぅぉ!!ブモォああああああ!!」

サンの大群がその声に反応したかのように一斉にカクカクとした動きでウリュ達へと襲いかかってきた。

「止めてっ!お願い!止めてよ!!おかしい!ヒョウエ!おかしいの!この子達!私の力が…通じない!」

「…ウリュ様の力…?」

「おおあえええええええ!!」

「ブモォ!ブフォー!!」

先に雄叫びを上げたブークとバーがもう一度、今度は短く雄叫びを上げると他数頭のブークとバーが一斉にサンに向かって突撃した。

「あぎゃあああ!!」

「ゔぉああああ!!!!」

ジュワッ!シューッ!
じゅっう…!

そこからは地獄絵図だ。
ウリュは涙が溢れる目を覆い、地に膝を付いてしまった。
戦っている。
ブーク達はサンにかじりつき、自分の口を溶かされながらも凄い力でサンを引き千切っていて、バー達は低くした頭を跳ね上げ、頭を溶かされながらもサンを弾き飛ばしている。
ブークとバーの悲鳴にも似た叫びと、サンがブークとバーを溶かす音が辺りに響き渡っていた。

「イケ…センシンノムスメヨ…」

「ススムノダ…」

ウリュはハッとして顔を見上げた。
見上げた先には老人男性と老人女性の笑っている顔があった。
群れのリーダーであろうブークとバーがウリュを見て笑顔を浮かべているのだ。
ウリュの心に直接語りかけてくるその声はヒョウエには聞こえていないようだ。

「ウリュ様!笑っ…」

「なんで…あなた達は…私達を助けてくれるの?」

ヒョウエの声を遮り、ウリュは2頭に語りかけた。

「イクノダ…ワカキキボウヨ…」

「ワタシタチノキボウ…イケ…」

「き、希望…私が…?」

「ブモォ!!ぶぁあはあああああ!!」

「ええエエエええエエエ!!」

ブークのリーダーは跳ね馬の体勢を取った後、笑みを浮かべたままサンの大群へ突撃していき、バーのリーダーは右前足をザッザッと数回蹴り上げた後、同じく笑みを浮かべたまま突撃していった。
これでブークとバーは全頭サンへ向かって行った事になる。

「待って!行かないで!!死んじゃう!サンには勝てない!待って!」

ブークとバーの話が聞こえないヒョウエであったが、全てを理解した。

『このブークとバー達は…私達の道となってくれている!!』

「ウリュ様!行きますよ!さぁ!」

「で、でも!!」

「立って下さい!!」

「ぎゃあああ!!ええエエエ!!」

ヒョウエがウリュを説得している間にブークの最後の1頭が数体のサンに飛びつかれその身を溶かされていく。
それを見たヒョウエはウリュを思い切り怒鳴り付けた。

「立つのです!!ウリュ様!!あの…あのブークを見て下さい!!ウリュ様の為に溶かされて…ウリュ様の為にその身を捧げてるのです!!ここでウリュ様が果てればあのブークの死は無駄になるのです!!…立つのです!!ウリュ様!!」

ブークの最後の1頭は遂に身体の半分以上を溶かされ、激痛の中その命を終えようとしていた。
ウリュはその最後の1頭の顔を見つめた。
生きながらその身を溶かされるという想像を絶する痛みと恐怖の中でその最後の1頭はウリュと目を合わせたのだ。
そして頷いた。
ゆっくりと命を終えようとしている中、頷き、笑みを浮かべた後、ドンと重い音を立ててその顔を地に着けた。

「あああ!!!いやぁ!」

その瞬間、ウリュは叫び声と共にヒョウエを跳ねのけて、すくっと立ち上がると刃を鞘から抜いた。
するとその刃が赤く光り輝き、赤い龍が八匹ドンッという轟音と共に刃から天に昇っていく。

「ブモォあああああ!!ああ!!」

バーの最後の1頭が右後ろ足を溶かされ、動きを封じられている。
そして数体のサンがそのバーへ飛びかかろうとしている。

「お願い!!間に合ってぇ!!」

ウリュは手に持った刃を下へ振り下ろすと、天に昇った赤い龍達が八本の線を描きながらそのバーの元へと降り掛かっていく。

バシッ!!
ズドン!!

凄まじい炸裂音と、激しい光が辺りに散らばった。
その光は数秒続き、ヒョウエの視界を奪った。

・・・

「ブモォオオオオオオ!!ブフォー!」

「う、嘘だろ!?」

光がウリュが放った光が消えると、砂塵の中でバーの最後の1頭の声が聞こえたのだ。
あれだけの炸裂音と光を放ったのだ。
バーでさえもゼータのように身体の一部しか残らないのではないか、そう思っていたヒョウエにとってバーの声が聞こえてくるのは想定外の事だったのだ。
予想を裏切られたヒョウエは思わず声を上げたのである。
砂塵が落ち着き、視界が広がっていくと、ヒョウエを更に驚かせた。
大群と呼べる程いたサン達が半分以上消えているのだ。

「フフフ、ハァハァ…グッ…ハァハァ…あの子は無事みたいね…よ、良かった…間に合った…ね…」

ウリュは息切れの中、疲れ切った表情で刃を振り下ろした姿勢のまま固まっていた。
ウリュはこの力が自分の消滅させたい対象を自分の意志でコントロールできるという事を知っているようだ。

「ウリュ様!行きましょう、肩を貸します!」

「あ、あ…りがとう…。」

ヒョウエはウリュに肩を貸し、生き残ったバーの元へと速足で駆け寄った。

「大丈夫?ほら、立ちなさい!」

「ブシュウ!ブモァ!フシュー!」

後ろ足を引き摺ったバーをウリュは動かそうとしたがまるで動かない。
苦悶の表情を浮かべたバーは目に涙を溜めてウリュを見た。
その間にもウリュの攻撃を受けなかったサン達がカクカクとしながら体勢を立て直している。
体勢が立て直し終わればすぐに再び襲いかかってくるだろう。

「お願い!立ってよぉ!!」

「ウリュ様!もう行かないと!サンが!もうサンが来ます!!」

「でもぉ!!この子だけでも!!放っておけないの!この子は放っておけないのよ!!」

ウリュは涙でぐちゃぐちゃになった顔を更に歪めてバーを起こそうとする。

「ウリュ様!もう駄目です!!」

サン達が体勢を立て直し終えたのを確認したヒョウエがウリュをバーから引き離そうとしたその時である。

「ダイジョウブ…マタアエル…イキナサイ…マタアエル…マタアエルマタアエル…」

バーがウリュの心に直接語りかけてきた。

「大丈夫…?また…会える…?行きなさい…そう言ってるの…?」

ウリュがそう声に出すと、そのバーは笑みを浮かべて頷いたのだ。

「…分かった…分かったよ…本当に会えるのよね?信じるよ?」

「マタアエル…マタアエルマタアエルマタアエルマタ…」

「分かった、もう喋らなくていいよ。約束よ…」

ウリュはポロポロと涙を流してバーの顔を撫でた。

「行こう、ヒョウエ!」

「サンが!サンがもう…すぐそこに!!」

「あぁ!駄目!!」

ウリュが振り返ると既に目の前にサンがいたのだ。
咄嗟に身をかわすと、バーに数体のサンがはりついた。
ジュワァ…という音とウリュ達の耳をつんざくようなバーの悲鳴が響く。

「マダ…マタァ!!アエルアエルアエル!!!アエルアエルアエルぁあ!!!アアア!!」

「しまった!囲まれた!!ウリュ様!!」

「ハッ!」

サンの数は半減したが消滅したわけではない。
ウリュ達の周りはサンに囲まれてしまったのだ。

「うあああ!!」

「ウリュ様ぁ!!」

・・・


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次回更新予定は本日から7日後を予定しております。
最近長編連載の間にショートショートも投稿しております。
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尚、筆者は会社員として生計を立てておりますので更新に前後がございます。
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