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ダニエルズ『Everything Everywhere All at Once』

A24の本国メンバーシップに加入していた僕は、2022年の6月頃に会員むけに採られたアンケート"Which three would you pick up for the best A24 films?"(みたいな感じだった)に対して、世界中のA24ファンが軒並み"EEAAO!! EEAAO!!"と連呼していたことから、いち早くこの映画を観たかった当時の心境をふと思い出した。(因みに僕は『Midsommar』『A Ghost Story』『Remember』の三本を選んでいた。)

同年の冬W杯に行った僕は、そうして一生涯で一度の夢を叶えたわけだが、道中思わぬ幸運に巡り合った。東京を飛び立った直後、エティハドのEY871便の機内でディスプレイの視聴可能コンテンツを調べたりしていた僕は、見覚えのある顔を発見したのだ。


見覚えのある顔

(エヴリン、、、、、、!)

日本公開に先立って視聴できる嬉しさが溢れた。この後機内はイングランド対イランで大盛り上がりするのだが、この旅で誰よりも幸先が良かったのは僕だっただろう。(日本でも二回目をみたよ)


作品情報

邦題:『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』
原題:『Everything Everywhere All at Once』
上映時間: 132分
制作: A24(アメリカ)
制作年: 2022

あらすじ

 経営するコインランドリーの税金問題、父親の介護に反抗期の娘、優しいだけで頼りにならない夫と、
盛りだくさんのトラブルを抱えたエヴリン。そんな中、夫に乗り移った“別の宇宙の夫”から、
「全宇宙にカオスをもたらす強大な悪を倒せるのは君だけだ」と世界の命運を託される。
まさかと驚くエヴリンだが、悪の手先に襲われマルチバースにジャンプ!
カンフーの達人の“別の宇宙のエヴリン”の力を得て、闘いに挑むのだが、
なんと、巨悪の正体は娘のジョイだった…!

GAGA公式サイトより



マルチバースとニヒリズム

この映画は、「宇宙は可能性ある複数が並行して存在する」という多元宇宙論、つまりマルチバースが大きな題材となっている。昨今の映画業界においてCG技術が安価になっていることや、火付け役となったMARVELシリーズなどを通して我々の映画観に深く浸透しつつある概念は、この映画においても冒頭からシームレスに力を発揮している。因みに量子力学的に言えば「理論的にはそうなっているだけ」という程度の解釈でありその実在を証明することは不可能なので、SF映画では並行世界間で連絡を取り合う際はなんらかのアクションを起こす必要がある、というのがお決まりらしい。(この映画では、「別の次元の自分の能力にアクセスするためには”バースジャンプ”をする必要があり、そのためには最強に変な行動を起こさなければいけない」という決まりがある。)人生は二者択一の連続であり、もしあの時駆け落ちをしていなかったら、もしあの時ウェイモンド(現夫)の誘いを断っていたなら自分は全く別の世界にいて、全く別の人生を生きていただろうと、自営業の小さなコインランドリーでエヴリンは思う。だがそういった羨望とは裏腹に、夫にも愛想を尽かし報われるはずのない多忙な毎日に追われているエヴリンは、言わばニヒリズム状態に陥っているわけだ。ニヒリズムとは一般的に、何にも価値を見出せず全ての根底に虚無が存在することをいう。しかしこの映画で描かれているニヒリズムとはつまりその哲学的な側面が重要なわけではなくて、現代人の誰もが持ち合わせているハイスピードな生に対する疲れであったり、最近でいえばパンデミックや紛争に対する混沌とした感情を表すものだと映画を観ていて感じた。そしてそういった薄暗い世界を切り裂く力は誰にでもあり、それをマルチバースという流行りの設定で表現し、主題を家族愛に見事にすり替えることで作品としても一層上質なものに仕立てている。

ウェイモンドの終盤の発言「ほかの選択肢があっても、僕はエヴリンとの人生を選ぶ」に対して、ダニエルズ監督は以下のように述べている。

僕らは時々、哲学的になったり、頭でっかちになったり、ややこしくしすぎたりするけど、大切なのは、いつだって、いちばん単純な考えに戻ることだ。

GAGA公式パンフレットより

そしてマルチバースの長旅を経て、一度は見損なったウェイモンドの親切心こそが、人生を豊かにする方法であったことにエヴリンは気づく。

I'm learning to fight like you.

Evelynの劇中のセリフ


正直まだ60%くらいしかこの映画のことを理解できていないと思うのだけど、一旦ここまで自分が感じたことを書いてみた。観てるうちはあれよあれよと物語に連れられて行くが、終われば希望が湧いてくる文句なしの傑作だ。


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