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短編「まあるい地球」


 俺はフリーターでコンビニのアルバイト店員。高二からやってるからもう十二年以上になる。と自分で数えて驚いている所だ。ずっと同じ店に居るから店長も何人も代わっている。今の店長は若い。俺より年下で驚いた。今迄にやって来た店長と比べても大分若い女性店長だ。けれど滅茶苦茶やる気に満ち溢れた人だ。

 アルバイトもヘルプの社員さんもそうなんだけど、大体みんなここへやって来ると、俺に質問してくる。俺が一番古株だからだ。この店のピーク時間帯とか、スタッフの雰囲気とか、売れ筋とか、常連さんとか、売り場のジャンプを読んでも良いかとか、みんな自分が聞きたいことを質問してくる。俺は何でも答えるようにしている。別に隠す必要ないし、けちだと思われても困る。それに俺は、自分が気持ちよく働ければ何でもいいから。緩く長く、ここで働き続けられれば収入があって暮らしていけるから、それで今の所十分だと思う。それでもこれまで一度も辞めようと思った事が無いと云う事は、意外とコンビニ店員が合ってるってことかも知れない。

 今は朝のピークが過ぎて、店内が暫し落ち着いた所だ。ここは駅の傍にあるから、電車の発車時刻に合わせて忙しくなるんだ。さっきまでレジ打ちしたり揚げ物作ったり肉まん補充したり商品出しまくったり忙しかったから、ちょっとレジに前に立って休憩してる。ガラス張りの向こうは晴れだ。年が明けて一週間。早いなあと思う。そう云えば去年は此処で年中行事を全部過ごしていたと、この前気が付いた。何も予定がないと、そうなる。家に居てもなあと思うと、出勤になる。でもコンビニって結構行事に食いついていくから、此処に居れば忘れる事が無いし、案外味わえてる気になれる。

 また外に目を向ける。少し腰を屈めて見れば、今日は青空だ。雲が無い。ビルの向こうが真っ青だと、地球に居るって感じがして、結構好き。どうでもいいけど俺は昔からドラえもんよりキテレツ大百科派なんだ。

(ああ空はこんなに青いのに 風はこんなに暖かいのに 太陽はとっても明るいのに どうして こんなに眠いの)

「睡眠不足なの?矢後君」
 突然店長に最後の台詞を取られた。歌の歌詞だけど。当時好きだったキテレツの歌。始まりのか終わりの歌か忘れちゃったけど、俺はあれが一番好きで、すいみんすいみん・・・って繰り返し歌ってた。まさかここで横槍が入ると思わなかったので少し残念だ。それにちょっと口ずさんだだけだったから、聞かれたことが何となく恥ずかしい気もする。
「全然、天気が良いから思い出して」
「暇そうにしてないで、お客様は常に見てるんですから」
 店長はそう云って分厚いファイルを手にフロアへ出て行く。店内に客は居ない。俺はわざと周囲を見渡して見せて、「平和じゃないですか」と言った。すると店長はくるりと踵返してこっちを見る。
「何言ってるんです。恵方巻、売らなくちゃならないのよ。売り場も作らないといけないし、何か作戦を立てておかないと。此処は最早戦場です」
 矢後は口角を上げてはは、と笑い声を漏らした。この店長は表現が基本的にオーバーなのだ。バイトがアロエヨーグルトの発注の桁を間違えて取った時はアロエクーデターだと言って慌ててセールを開催していた。俺はいやそこはヨーグルトクーデターでしょうと思い、いやそもそも国家じゃないぞと思い直して、然しそこはまあいいことにした。
 どうも従業員のモチベーションを上げるべく敢えて選んだ言葉のようなのだが、色々と振り切っている。みんな妙な店長が来たと言っているが俺は嫌いじゃない。

「さっきの歌、キテレツでしょう?」
「よく知ってますね。世代じゃないですよね」
「兄と姉がいるから」
矢後はふうんと頷いた。
「ドラえもんの先生でしょ。私はのび太君より英ちゃんの方が好きだった。頭が良くていいなあって」
「ああ、そうですね。いきなりコロ助作りますもんね」
 店長はそうそうと嬉しそうに頷いた。そして、不意に店の外へ首を動かし、さっき俺がやったと同じように青空を覗いた。
「こんなに天気が良いのに、私たちは時間に縛られて、ずっと室内に籠っていなくちゃならないなんて、勿体無いわね」
 何となく、分かる気がした。この忙しさの間にすいと現れた穏やかなひと時が、忙しない自分たちを振り返らせて、まるでこれでいいのかと問い質されているような気がして、反対に焦りを感じるのだ。でも俺は、焦りながら生きても、目の前の事を一つずつ片付けながら生きても、同じ一秒、同じ一日だと思うのだ。最近になって、そう思うようになった。だから、俺よりも年下なのに社員になって店長迄こなす目の前の女性を、日々どんなものを抱えて生きているかは知らないけれど、凄いなあと思うのだ。
「大丈夫ですよ」
「えっ」
 何の事だろうという顔で、店長が顔戻す。
「地球はまるいですから、太陽は毎日昇って来ますから」
 そう言って微笑すると、店長ははっとして、そうだね、と嬉しそうに笑った。

                       おしまい

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