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若手社員育成のジレンマ を越える~必要なハードシップと避けるべきハラスメント~【五十畑浩平×築地健】

多くの企業が若手の採用難や人材の育成・定着の困難に悩んでいます。優秀な人材の採用や育成のために、いま企業は何を考えるべきなのでしょうか。

前編では、新卒一括採用やインターンシップにおける問題点、離職に関するポジティブな側面などについてお話を伺いました。
後編では、若手社員育成において問題となりがちなハードシップとハラスメントの関係について、引き続きフランスと日本の比較による若者のキャリア形成やワークライフバランスに関する研究を専門とする名城大学の五十畑教授にお話を伺います。
左) 名城大学経営学部 五十畑浩平教授
右) 株式会社ソフィア シニアコミュニケーションコンサルタント 築地健

成長するにはハードシップ(苦難・困難)に立ち向かう経験が必要

築地:先日、経営者向けに、ハラスメントに関する講演会をされたそうですね。

五十畑教授:経営者団体である愛知中小企業家同友会の協働共生委員会で5年ほどアドバイザーを務めていますが、毎月ある委員会でのアドバイザーや学習会の講師をさせてもらっています。その一環で今年7月、経営者の方々へハラスメントに関してお話をさせていただきました。

築地:参加者からの感想はいかがでしたか?

五十畑教授:理論的で小難しい話だったかとは思いますが、アカデミックの良さを少しは感じていただけたかと思います。それよりも、実際に現場で起こっている問題について参加者から知ることができたり、懇親会で「実はそう思っていたんだよ、やっぱりそうだよね」などの本音を聞けたりするので、実は私自身が一番勉強になっているかもしれません。

築地:ハラスメント学習会では、どんなお話をされたのですか?

五十畑教授:絶対アウトなハラスメントがある一方、気をつけていてもついやってしまうハラスメントもありますよね。人間の成長には困難(ハードシップ)が必要なのですが、部下に与えたハードシップが間違って伝わってしまうとハラスメントになりかねない。このご時世ではそういうことに特に気をつけないといけませんね、というお話をしました。極端な話、僕はすべてのハラスメントはパワハラなのではないかと思っているんですよ。

築地:「すべてがパワハラ」とは?

五十畑教授:セクハラをはじめとしたあらゆるハラスメントは、パワーの偏在に起因するとも言えるからです。たとえば、年功序列の会社では、社歴が長い方が知らず知らずのうちに力を持ってしまいがちになります。このようにパワーが当事者のどちらかに偏在しているからこそ、ハラスメントやいじめが起こるのではないかと考えているんです。

築地:とはいえ、リーダーになるような人はハードシップを乗り越えてきているものなので、やはりハードシップは大切ですよね。

五十畑教授:昔は「部下は上司の背中を見て育つもの」「やるべき課題を与えるから、あとは自分で考えろ」と言っておけばいい時代でした。しかし、今はそういう時代ではありません。先行きが不透明なこの時代には、「このハードシップは何のためにあるのか」「これを乗り切ったらどうなるのか」という将来像や目標を提示してあげることが重要ではないかと思います。

善意のハラスメントを防ぐために、上司が意識すべきこと

築地:そういう意味では、やはりハードシップは重要であるものの、一歩間違えればハラスメントになる怖さもある、諸刃の剣でもありますね。

五十畑教授:ハードシップをうまく機能させるには、愛情をもって信頼関係を築くこと、将来像を提示し説得すること、経験や学びの機会を大切にしていくことなど、必要な条件があります。ハードシップを与える側と受ける側がこれを理解しているかどうかで、受け止め方はやはり異なりますね。

築地:新人にとっては毎日がハードシップですよね。

五十畑教授:そうですね。クレームに遭遇したり、任された仕事がうまくいかなかったり。しかし、それが毎日続くことはないですよね。だからハードシップを与えつつも、愛情や信頼をもって支援していくことが、会社のリーダーや管理職の役目ではないかと思います。

築地:確かにそうですね。

五十畑教授:たとえば自転車でいうと、はじめのうちは補助輪なしで乗るのが難しくても、お父さんやお母さんが後ろで支えてくれて初めて一人で乗れるようになるわけです。だから、ハードシップには他者が愛情を持って支援することが不可欠。他者の支援を受ければ、一人でできなかったことができるようになりますからね。

助け合う組織風土が、若手の成長を後押しする

築地:お話を聞いていると、特に新人のうちは、ハードシップを乗り越えるために他者の支援はとても重要だと感じます。

五十畑教授:他者の支援もそうですが、お互いに助け合う組織風土を作るのも大事ですよね。「他人より自分の成績を上げなければ自分の給与が上がらない」という成果主義の世界観ではなく、助け合いながらお互いを高め合う関係性を築けるような雰囲気、一言で言えば「お互いさま」の風土があってこそ、他者の支援をしようと思えるのですから。それに加えて、やはり経験を学びに変えていくことも大事です。

築地:「経験を学びに変える」とは、具体的にどのようにすればよいのでしょうか。

五十畑教授:デービッド・コルブの提唱する経験学習モデルが参考になります。この理論は、実際になにかを経験(具体的経験)したあと、それらをふりかえり(内省的観察)、そうした事象を俯瞰して教訓を引き出し(抽象的概念化)、新しい状況に適用する(能動的実験)といったサイクルをPDCAのように回すことで、経験から学びを得ていくというものです。1言って1しかわからない人と、1言えば3~5わかる人との違いは、こうしたサイクルを回せるか、回せないかに関わっています。たとえば、業務で「PCはここに置く」と教わったとします。

築地:それが1ですね。

五十畑教授:そうです。その後職場に新しいマシンが届いた際に、「PCはここに置く」と言われた理由を考えて、そこから「他の作業のためのスペースを空けるためではないか」など、自分の力で理由を導き出し、置き場所を判断できることが重要なんですね。そして、そこから得た学びを応用して、他の現場でも「PCはここにおいて、こちらのスペースは空けておいた方がよいだろう」と考えられるかどうかで差が出ます。

築地:忙しい中で内省するのは難しいので、やはりそのための時間をゆっくり取ることが必要ですね。

五十畑教授:あれやこれや試行錯誤しながら自分の中で一定のルールや法則に気づき、「このときはこうすればうまくいく」というパターンのようなものを見つけ出して、実験しながら学んでいくという感じですね。
こうした実際の経験を抽象化する力をつけるために、教育、とくに高等教育は非常に重要だと個人的には思っています。たとえば実社会ではあまり使わないとされている数学は、現実を何らかの理論に当てはめて客観的に理解するのに役立ちますよね。

一方、大学を出ていてもこの抽象化ができない人は一定数います。上司はそれを理解した上で、部下がハードシップを学びに変えられるようサポートする必要があると思います。苦難に直面した人は、それを乗り越えるために一生懸命考えて、うまくいく方法を見出して次のステップに活かす、ということが自然にできるようになるはずですから。

欧米の人事トレンドを取り入れる前に

築地:若者を社会に送り出す教育者として、若手のキャリア形成に関する意見を聞かせてください。

五十畑教授:私たちの親世代では、新卒で就職してから退職まで1社に勤める方が多く、しかもある程度会社が面倒を見てくれたので、キャリアをそれほど真剣に考えなくてもよかったのですが、現代ではキャリアのあり方が大きく変化しており、転職することや海外で働くことなど、選択肢が広がっています。その分、今の若い方々は自分のキャリアをどうしたいか、しっかり考えなければなりません。

築地:確かにそうですね。

五十畑教授:海外ではジョブ型雇用が広がっていると言われますが、このような欧米由来のカタカナ言葉には要注意です。実は欧米では、ジョブ型はノンエリート向けのものです。大半の労働者はスペシャリストとして育成されることを期待されて、その役割を担っていく。だから、ジョブ型雇用というスタイルができたんです。
一方、フランスでもグランゼコールを出ているような一部のエリートは、何でもこなすジェネラリストとしての働き方をしているので、実はメンバーシップ型の日本人の総合職社員とほぼ変わりません。

築地:ジョブ型雇用がもともとノンエリート向けのものだなんて、驚きですね。

五十畑教授:そうなんです。それなのに日本では、ジョブ型雇用をエリート層に適用しようとしています。そこがまず、ボタンを掛け違えているポイントです。日本と欧米では労働慣行も異なりますし、社会情勢も異なります。土壌も気候も異なるところに咲いている花を摘んできて植えても、ちゃんと育ちません。欧米で言うところのジョブ型雇用を取り入れるならば、その背景にあるさまざまな条件を知った上での導入が不可欠です。これは企業というより日本社会の問題だと思います。

築地:そうですね。

五十畑教授:昨今よく言われる「柔軟な働き方」についても、正社員こそ柔軟な働き方をするべきではないかと思います。日本ではこれまで、柔軟な働き方を基本的に非正規のほうだけに広げてきました。それによって、「正社員なんだからフルタイムで長時間働きなさい」「非正規になりたくなければまじめに働きなさい」というように、正社員の働き方がむしろ硬直化してしまっているように感じます。

築地:なぜ非正規だけに柔軟な働き方を広げてきたのか、問い直す必要がありますよね。最後に、キャリア開発や労働問題の研究者として、五十畑教授が企業に期待すること、読者に伝えたいことを教えてください。

五十畑教授:アカデミアと企業が今で言う「産学連携」の形で、もう少しコラボしていければいいなと思います。たとえば、テレワークやメタバースなどの今後の労働環境に関しても、理系だけの発想だと、「こういう技術ができる」のような技術ファーストになってしまうので、文系と理系が力を合わせて、文理融合しながらよりよいものを作っていければいいですね。

築地:お話を伺っていて、欧米のものを無条件に取り入れるのではなく、その文化的、社会的背景を理解しながら日本の企業にも取り入れる必要があると感じました。
新卒一括採用をはじめ、日本ならではの慣習がまだまだ根強く残っていますが、海外のいいところを、背景を知った上でうまく取り入れていけば、日本の雇用環境はもっとより良いものになると思います。


対談を終えて:アカデミアとビジネスの連携がもたらすもの
インターナルコミュニケーションの現場では、社内広報活動の課題のみならず、職場の人間関係、すなわちハラスメントやハードシップや社員個人のキャリア形成などの課題にも直面することが多い。前編で新入社員のリアリティ・ショックの話に関連して触れたように、インターナルコミュニケーション「的」なものは採用の時点から始まっており、その内容は会社生活のあらゆる場面に影響してくる。

今回は若手のキャリアという研究テーマから五十畑教授の持論を伺ったが、ビジネスの現場で何が起こっているのか日仏の違いを用いながら示してもらったことで、私自身の大きな学びにつながった。

五十畑先生の言葉にもあったとおり、アカデミアとビジネスには相互に補完できることがある。対談の前日に私は名城大学経営学部の学生向けに講演する機会をいただいた。この仕事を手掛ける1人として、現代の企業における新たな経営課題につながっているインターナルコミュニケーションの世界を学生に伝えていくなど、継続的な努力が必要だと感じている。
これからも産学の連携を深め、広げていきたい。
(築地 健)

(文:大澤 美恵 編集:瀬尾 真理子 写真:INFOTO 井貝 隆史)

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