【6.寒川神社(神奈川県高座郡寒川町) レイラインツアー2023〜祈りの御来光道】
第⑥日目 2023年3月19日(日)
三島駅〜三嶋大社〜箱根神社〜小田原〜寒川神社〜横浜〜丸子橋〜日本橋 130km
☆宿泊地:日本橋ホテルかずさや
☆参加者:蕎麦宗・矢部周作・手塚博文・早野真史
三嶋大社スタート
ボイスキューみしまかんなみ(FM77.7MHz)のラジオ番組《ももいろクラブ(毎週火・水曜日12:00〜14:00)》にて、パーソナリティの安藤晴美さんと生放送で告知したのは2023年3月8日。レイラインツアーの一週間前だった。郷里・三島へと凱旋して日本橋や玉前神社へ出発する起点を、三嶋大社9:00とする旨を話した。
そして、このこと自体を生中継にて繋いでくれたは《神戸さえの暮らしの愉しみ(毎週土曜日7:30〜7:59)》で以前出演したFMおだわら(87.9MHz)。三島ドーミーインを出発する際にかかってきた生電話で、三嶋大社スタートと箱根越えと小田原入りを伝えた。
これら二つのラジオ出演は今回のレイラインツアーをするにあたって、沿道からの声援がぜひ欲しかったゆえ。
その理由は【レイラインツアー2023〜祈りの御来光道】のはじめに、こう書いた通り。
コロナ禍にて、マラソンや駅伝大会ですら旗振って声援を送ることがままならなくなってしまったのに、ほとんど告知もない、知られてもいないツアーへの沿道からの応援がある訳もない。とはいえLINEグループにて参加した方々には、充分に伝わったメッセージな筈だ。
だから、これは次への課題だと思っている。
それでも、三嶋大社へと10人ほどの身内や友人、そして蕎麦宗のお客さんが駆けつけてくれた。なんとも嬉しく、まだ癒えぬ昨日の疲労や痺れを忘れて、箱根八里へと出発する元気を得た。
箱根八里は満身創痍
そうしてスタートした先頭は、昨日の夕方合流した早野君が引く。正直言って僕ら3人はすでに満身創痍。とてもじゃないが、元気いっぱいの彼の登坂について行けない。で、蝿が止まりそうな速度に抑えてもらったら、16kmの上り坂が80分も掛かってしまった。全盛期なら45分。しかし、これも旅。和気あいあいと楽しんで進もう。
そう決めて、国道1号線の箱根峠848mを越えて芦ノ湖畔へと下る。東海道の箱根関所や杉並木を抜けたら下車、箱根神社に祈る。少しの登り返しから右折、旧東海道を降りる。甘酒茶屋の茅葺き屋根を見て、七曲りや箱根寄木細工で知られる畑宿を下る急坂で、観光客の運転する覚束ない運転と渋滞に出くわした。
それは、どうしてもブレーキ回数を増やす。実はこれが仇となって、のちのアクシデントに繋がるのを騙し騙しに走りつつ、痺れた指先でブレーキレバーを握り続けた。
箱根湯本を曲がり小田原の街へ入ると、クラファンメンバーの神戸さえさんとFMおだわらのラジオ局プロデューサー佐久間基成さんと一緒に応援に駆け付けてくれていた。
『宗さーん!』
やはり沿道からの声援は嬉しいものだ。が、喜び勇んで握ったブレーキから異音がする。しまった、故障だ。
確認すると、サーベロR5×ランボルギーニの前輪ブレーキのパッドが完全に擦り切れ、外れた金具がディスクローターへと絡まっている。このままでは走行不能。その予兆は昨日の富士宮から始まっていた。雪や雨の中で走り続けたせいでパッドが擦り減って、新品だったモノが逝きかけてしまったのだった。*キャリパーブレーキの2人も新品のブレーキシューが半分以上に減っていた。つまりは、自転車も満身創痍。
さて、どうする。想定外なので予備は無い。さらに*カンパニョーロの特殊なパッドはどの店に連絡しても在庫がない。矢部君が前職の伝手を生かして道中の自転車店に当たって探してくれたものの、見つかったのは東京神宮の自転車店《ナルシマフレンド》。ここからまだ100kmある。
そこに手塚君が提案した。
『もし本当に最悪ダメだとしたら、僕の*ピナレロに乗ってゴールして下さい。僕は電車でサーベロ運んで直しに寄ります』
ここまで来て、こんな事でレイラインツアーを完走出来ないのも悔しい。お札を背負って走る僕自身が走り切ることに意味がある。それを理解している彼の提案に、グランツールでよくある光景を浮かべた。自身を犠牲にしてでもエースを勝たせるために自転車すら提供する姿勢。心底震えるほどに嬉しかったけれど、せっかくなら皆んなで走り終えたい。まぁ、まだ慌てることは無かろう、方法を探ろう。
そう言って、絡まった金具をなんとか折り曲げて、車輪が回るようにだけしてゆっくりと走り出した。
*カンパニョーロ…自転車のパーツブランド。イタリア製で操作フィールに定評があるが希少で流通量が少ないのが難点。
*キャリパーブレーキ…旧来のリム(車輪)を挟む方式のブレーキ。徐々にクルマ同様のディスクブレーキに置き換わっている。
*ピナレロ…グランツール制覇で知られるイタリアの一流自転車ブランド。
オートショップヒライとユーキャン大磯店
『少し先にオートバイショップがあります』
手元の道具ではどうにもならないので、ショップに頼るしか無い。佐久間さんからそう聞いて500mほど行くと二軒の店。僕らは《オートショップヒライ》という小さな方を選んだ。これが大正解で、店長さんはじめ、たまたま居合わせたご友人たちも手伝ってくれた。
まずは引っ掛かっているブレーキパッドを外し、次に誤ってブレーキを掛けないためにレバーを添え木で固定する。ここから東京まではほぼ平地。かろうじて生きている後輪ブレーキだけでなんとかなるとの判断。
『よし、これで走れる。ブレーキパッドを探しつつ東京へ向かって、途中直ればラッキーだね』
そう話して、店長さんに阿闍梨の精麻を巻いてお礼としたら、なんだかとても有難がってくれた。1000km6日間の自転車旅をしてきた僕らは、まるで比叡山の*大阿闍梨の扱いを受けた感じだった。
この湘南の国道1号線は東京都や神奈川県の自転車乗りにとっても聖地で、多くの自転車乗り達とすれ違った。ゆえに当然自転車店も多いはずで、思い出して《ユーキャン大磯店》に立ち寄る。するとなんと奇跡的にもカンパニョーロのブレーキパッドが1セットだけ在庫有り。
昨日の《ユーキャン富士店・三島店》や他店にもなかったそれにようやくありつけて、ヨッシャこれで安心して日本橋を目指せる。ご無理を言って*プロ工具を借り修理完了。次はまず寒川神社への参拝だ。
*大阿闍梨…比叡山延暦寺の荒業《千日回峰行》を満行した僧侶。生き仏として人々の参拝を受ける存在。
*プロ工具…プロが日頃使う道具を、お客や素人が触るのは失礼なのが基本と思う。
寒川神社と星むすび
すっかり安心してスピードを上げる。さあ、急ごう。平地ならば、早野君のペースに僕ら3人も着いていけるようだ。急ぐ理由の一つは寒川神社で待っていてくれている友人達。
蕎麦宗にて星読みイベントを一緒にやっている出口ひとみさんが、おむすびと味噌汁を用意して待ってくれているのだ。そして、共に待ってくれているのがハーレーダビットソンに乗って応援に駆け付けてくれた健ちゃんこと高田健太郎さん。実は2人とも横浜国立大時代の同級生で神奈川県在住者。
少々道に迷いながら辿り着いた寒川神社の長い参道を、4両編成の自転車トレインが行く。なんと参道の途中に信号機まである。ようやく大鳥居を括り、我先へと向かったのは本殿、ではなくひとみのおにぎり!。《星むすび》と呼ばれるそれは、全てパワースポット富山の産物で作られ、食した人の魂を虜にする。
ただでさえ腹ペコなロードバイク乗りなうえ、故障で3時間近いロスタイムを強いられた僕らは、同じ時間彼らを待たせていることなどそっちのけで、まるで戦後の欠食児童か、3日ぶりに餌にありついた猿のように貪り喰らった。きっとひとみも健ちゃんも飼育係の気分を味わえたことだろう。ありがとう、とっても美味しかった。
満腹になって、ようやく参拝へと向かう。この日は日曜日で大変な人だかり。ようやく明けたコロナ禍に、人々が神頼みしたい気分なのも頷ける。
寒川神社は日本で唯一の八方除けで知られる相模国一宮。寒川比古命・寒川比女命を主祭神とする創立1600年以上の古社で、この旅のレイラインに加えて、伊勢神宮と鹿島神宮を結ぶ冬至のレイライン上にも乗っている稀有なパワースポットである。
世の全てに祈りを捧げることはもはや当たり前で、我欲すら無くなっていることは5日目・富士山浅間大社でも書いた通り。もう、ただただ無心になって進んで行くのみ、という心境になっていた。
時刻は14:30。彼らと語らう余裕もなく、僕らが急いで出発することにしたのは、もう一つの理由。ツアーの仲間達が応援のために、15:00到着予定の丸子橋で待ってくれているからだ。どうやったって間に合わないが、地図で確認して最短ルートを探る。当初予定していた江ノ島や鎌倉八幡宮を通過するのは諦めよう。
再び機関車早野君を先頭にスピードを上げて走り出した。
横浜川崎大渋滞
神奈川県道47号線で藤沢へと向かう。順調に走って箱根駅伝で知られる旧国道1号線に移り、遊行寺や権太坂といった聞き慣れた名所を駆け抜けて横浜駅の東口前へと出た。
それにしてもだ。途中、戸塚駅付近で東海道本線や横須賀線の複々線線路を通過する際だけは呆れた。というのも、かつての開かずの踏み切りが立体交差のアンダーパス道路となったのは良いとして、自転車は線路上の歩道橋を担ぎ登って行けとあるのだ。
不良な僕一人だけならば間違いなく、自転車通行禁止の道を気付かぬふりで突破したい、という気分。しかし、品行方正な彼らと一緒なのでそうはいかない。天下の国道1号線を自転車で走り抜けられないとはいかがなものか。この道を作った国交省に告ぐ。早急に自転車通行可と標識を作り替え給え。
さて、腹を立てても仕方ない。先を急ごう。国道1号線の浦島丘交差点を左折すれば綱島街道。この横浜から川崎・東京と抜ける区間は当然の如く市街地地獄・信号地獄。下手をすると50mおきに信号機に掛かることもある。なので、実走を含めた入念な下調べをして、丸子橋を通過する綱島街道こと県道2号線を選んだ。
それでも大都会。時間が遅れたことで、行楽の帰宅ラッシュにも重なった。遅々として進まない。自転車はまだ良い方だ。このクルマ達は今日のうちに帰れるのかしら。そう思いつつ武蔵小杉付近に差し掛かった時、一台の黒いダッジバンが目に入る。
『おい!手塚、あれ吾郎ちゃんじゃねーか!』
路上駐車していたその車が動き出し、僕らを追いかける。あのヤンチャな爆音は間違いない。やがて追いついて窓が開く。やはり橋村吾郎氏だ。クラファンメンバーの一人で、韮山高校の後輩でもある。
『先輩!スゴイ、凄すぎる!出雲から走ってきたんだよ!ヤバイよ宗さん!手塚!よくここまで走ったよ』
『みんなカッコ良過ぎる!』
助手席からパートナーの敦子さんも加わり、やがて信号待ちで語らう。初対面の矢部君と早野君は、そのド派手な興奮ぶりに圧倒されている。それでも彼等の歓喜に釣られて、引き攣った顔は満面の笑みに代わった。昼過ぎから待っている小中秀子さんも、まだ丸子橋にいるようだ。よし急ごう。
『吾郎さんに会ったら急に追い風が吹いてきましたよ』
そう言ったのは手塚君と早野君で、その通りに背中を押す強い風が吹いている。なぜなら彼は龍神。きっとまたこれも《神風》だろう。
僕らは爆走して丸子橋を渡った。袂で小中さんがカメラを構えて待っている。
『あぁ〜、皆さ〜ん、よくぞご無事でぇ〜!』
よくぞまぁこんな寒空の下で何時間も待っていてくれたものだ。本当にありがたい。
そんな風に今日この一日で、たくさんの人達が沿道で応援してくれた。めいいっぱいの笑顔と共に。走りながら彼ら全員の顔が浮かんだ。
『声援は絶対にあった方がいい。仰々しいほどでいい!』
改めてそれを確信して都内へと向かった。
大都会東京
丸子橋を渡って中原街道に名を変えたその道を、龍神からの追い風を受けて45km/h超の速度で早野機関車が引く。東京都内へ入ってからは道幅も広くなり、信号のタイミングも含めて実に走り易かった。
やがて暗闇にライトアップされた東京タワーがズドンと現れる。
『東京だ!やっぱりこのルート選んで良かった、そして遅れて夜になったのも悪くない』
怪我の功名をそう喜んでいる僕とは裏腹に、なんとなく前を引く早野君の覇気が薄れた気がした。どことなく都心に近づくにつれ楽しげでないのは、職場が近いからかもしれない。そんな背中に見えた。
早野真史。出会ったきっかけは手塚君で、同い年の友人。14歳も年下の彼に、僕は尊敬の念と特別な想いを抱いている。だから今回の旅で一区間だけであっても一緒に走れた事が嬉しい。
8年前に妻を亡くし、我武者羅にロードバイクを貪っていた頃。練習での競り合いのひと時。互いに振り落とし振り落とされ、それでも喰らい付いてくる彼に勝ったのは僕だった。人生を諦め掛けていた自分に、奮い立たせる気持ちを呼び起こしてくれたのは彼だった。
そんな早野君は郷里の小山町や沼津を離れ、丸の内に本社がある大手の会計事務所で公認会計士として働いている。
『宗さん、ちょっとだけ会社によってもいいですか』
結局は立ち寄ることはなかったけれど、そう呟いた彼が抱える心境に同情する。
どんな業種であれ、東京は都会の勝者には愉快でも、常にふるいに掛けられる厳しい場所だと思う。出世コースが保障されている彼のような優秀なビジネスマンでさえ、きっとそうだろう。
青く怪しく光る高層ビル群の前に佇む東京駅の前に立った時。その優しく暖かな灯りが、ここから汽車に乗って『田舎へ故郷へ帰って来いよ』と呼んでいる声のように聞こえたのは、僕からの彼への言葉なのかも知れない。
日本橋の夜
そうして東京駅の真横の線路下を括り、日本橋を目指す。全ての街道の起点。僕にとってはスピリチュアルなレイラインツアーの始まりの地、と言っても過言でない場所。
時刻は19:48。すっかり夜になっている。暗闇の麒麟像は黒々と鈍く輝いている。早野君とはここでお別れ。自宅のある多摩まで15km。自走で帰るようだ。
僕ら3人は今宵の宿《日本橋ホテルかずさや》へと向かい、近くのイタリアンレストランのフルコースで腹を満たした。こんな贅沢はクラファンしてくださった皆様のおかげ。つくづくありがたい。
明日はいよいよ最終日。ゆっくり9:00スタート。僅か130kmなのに色々あった。無事ここまで辿り着くことができたことに感謝しよう。
そう反芻しながら今日のGPSログデータを拾い、Instagramを開く。なぜだろう。昨日に引き続いたままに、初日と2日目の大国主命の区間が抜け落ちている。一体どういうことなんだ。調べ直しても削除されていない。なので復旧方法を調べても無意味だった。勘弁してくれ。
まっさらな白いシーツのベッドの上に、ここまで背負ってきた56枚のお札を全て並べ、祈りを捧げる。本当に神のイタズラなのならば、元に戻してください、と。
そんな不思議を抱えながら、明日明後日の参加者との連絡調整をしつつ、疲れ切った身体を休めるべく、早々に眠りについた日本橋の夜だった。
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