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アメリカ・ボストンの書店厳選5店!〜書店は消えゆかず、独立系書店開店ブームのボストン

本は紙でゆっくりと読みたい。そう考えるのは私だけではないようだ。15年前、アマゾンに代表されるネット販売や電子書籍の普及で、レコードやCDのように書店はすぐにでも滅びるのではないかと誰もが予想していた。実際、筆者も研究職でつかっている本や論文は紙では全く持ち合わせておらず、オンラインかPDFファイルで読むことが100%だ。だが、今ここにきて、アメリカでは特に個人経営の独立系書店の人気がジワリとあがってきている。ボストン市にある筆者の家の近所にも、書店が最近いくつか新規開店し、賑わっている。

私も、個人的に読む小説や歴史書、伝記などの本は、場所は取るかもしれないが、ほぼ紙媒体で保有していて、ゆっくりとページをめくりつつお茶でも飲みながら読むのを楽しみとしている。仕事柄ほぼ1日中モニタに向かっている目を休めるいい機会でもある。これに、パンデミック・ロックダウン後の「人恋しさ」も手伝って、今、書店が注目されているようだ。ボストンの独立系書店は歴史が古いものも多く、観光客も訪れるスポットとなっている。そんな書店を幾つか紹介してみたい。

アメリカで近年健闘する独立系書店

新聞や雑誌がインターネットの普及によって打撃を受けたように、ネット販売や電子書籍が書店に影を落としたのは確かだ。事実、アメリカでは、2012年に全国で16,819あった書店は2020年には10,800に減少している (1)。

想像通り、インターネットの普及前、アメリカでは昔ながらの小さな書店がバーンズ・アンド・ノーブル(Barnes & Noble)のような量販店に駆逐されてしまっていた。トム・ハンクスとメグ・ライアンの「You've Got Mail(1998年公開映画)」で描かれているように、メグ・ライアン経営の街角の書店は、低価格以外の付加価値でチェーン量販書店に勝負すると意気込むが、結局品揃えや価格競争に負け、閉じてしまうという構図だ。しかし、時が流れ、ネット販売や電子書籍が普及すると、その便利性や価格はチェーン量販店をはるかに上回った。確かに、近くにあるショッピングモールにあったボーダーズ(Borders)(2)やバーンズ・アンド・ノーブル (3)などのチェーンの書店はこの10年くらいでひっそりと閉鎖されていっていた。

2022年、時折行っていたプルーデンシャルモールというダウンタウンのショッピングモール内にあるバーンズ・アンド・ノーブルが閉店すると聞き、ああ、やっぱり書店は大変なんだ、と思っていたところ、なんとその後に入るのはハーバードブックストア(Harvard Book Store)という独立系書店と聞き、え?と驚きの気持ちを隠せなかった (4)。(追記:2024年2月2日、ハーバードブックストアのこの拡張計画はキャンセルが発表された。)そういえば、最近小さい街角の書店が開店したという話をよく聞くし、ボストンを歩いていて綺麗な小さい書店を見かけることも増えていた。どうも、大型チェーン量販書店と独立系書店に逆転現象が起こっているようだ。

なぜ、今独立系書店なの?

自分の中では、いくつか耳にする書店開店のニュースが意外だったので、独立系書店について考えてみた。2022年現在、独立系書店はアメリカに2023あるとされる (5)。2019-2021年では、2,023の独立系書店が2,506の店舗を運営しているので、独立系書店はほぼ1店舗だけしか持っていないものが大多数だ (6)。アメリカ書店協会(American Booksellers Association)によると、面白いことに、2012年から2017年に書店の数は12%減ったものの、同時期にメンバー数は13%増加していた。つまり、近年チェーン量販店ではなく、独立系書店が増えていることを示している。実際、アメリカの独立系書店は2009年には1,401(1,651店舗)であったが、2019年には1,887の書店が2,524店舗に拡大し、ピークを迎える (6)。

ここで注目すべきことは、この傾向は2019年にピークを迎えているので、パンデミックには関係なく起こっていたことになる、ということだ。パンデミックで一時的な減少がみられたが、2022年より再上昇傾向にあり現在もその傾向は持続している。ボストンのあるアメリカ北東部ニューイングランド地方独立系書店協会(New England Independent Booksellers Association)(7)によれば、2022年にはメンバーが30も増えたという (8)。2023年にもこの傾向は続いているようだ (9)。

パンデミック時には、元々危機感のあった書店オーナー達がローカルビジネスの危機を訴えたこともあり、独立系書店の回復は比較的早かった。それどころか、パンデミックは、どうも書店には逆にいい影響があったようだ。ロックダウンの反動で、人々は本を読むようにはなったが、家でじっとしていることに飽き飽きし、どこか外に出てゆっくり本を探したり、友人と過ごしたりできる心地よい場所を求めるようになった (10)。

いざ、パンデミックが終わってみると、今では多くの人たちが書店をコミュニティスペースと考えているようだ。書店は今や、本を買うだけではなく、友人と会い、お茶をし、プレゼントを買ったり、朗読会やサイン会などのイベントに参加して、人とコネクトするスペースとなった。確かに、図書館では騒げないし、お茶も飲めない。カフェでは、本を見たりギフトを買ったりすることはできない。興味を共有する友人と会うには、身近に面白そうなイベントがあれば出かけるモチベーションにもなる。書店のイベントは、本のプロモーションを兼ねているので、大概無料ということもあり、気軽に参加できるのが嬉しい。

また、ネット購入を長年続けてきた消費者は、オンラインで本を検索するのが必ずしもベストな方法ではないと感じてきているようだ。実際に書店に行って、書店に積み上げられているおすすめの本を手に取ってみたり、書棚で気になる本をパラパラ見ながら気に入った読みたい本を探す方が良い方法、と考える人が多くなっている (11)。

最近では、書店も多様化し、LGBTQ+向け書籍に特化したものも開店している (28)。新刊の著者のサイン会、トークショーなどだけでなく、近所の学校とタイアップして朗読や音楽イベントを開催するなど、いろいろなアプローチがあるようだ (12)。

ちなみに、独立系が増えてきているのは、書店だけでなく、ピザ屋も同様だ(拙著を参照されたし)。

あの映画から25年の時を経て、社会の情報入手構造が入れ替わり、大きな書店が駆逐され、逆に小さい書店が再度重宝されているという逆転現象が面白い。「You've Got Mail」の制作者もこの社会の移り変わりは予想していなかっただろう。

ボストンの独立系書店

ボストンには大学が多い。アメリカ国立教育統計センター(National Center for Education Statistics, NCES)(13)によると、ボストン近郊(半径50キロ以内)に大学は64あり、このエリア総人口500万人程度に対し学生の数は25万人程度いるとされる (14)。ボストン市だけに限っても、67万ほどの人口に対し、29の大学があり、大学生と大学院生を合わせると16万人ほどが居住していると言われている (15)。ボストンはアメリカの学術首都と言われるほど大学が多く、学生が多いので、市民の年齢も若いが(2021年に中央値が32.6歳)、2016年にはこれらの大学は35,000ほどの雇用を生んでおり、大学に勤める研究者や教授の数もそれに比例して多い (27)。街を歩けば「学者」にあたる感覚であろうか。このような、書物に近い人たちが密集していることも書店には追い風なのだろう。さて、ボストンにある代表的な独立系書店を5つ、紹介してみたい。

1. ハーバードブックストア(Harvard Book Store) (16)
1256 Massachusetts Avenue, Cambridge, MA 02138

ボストンの独立系書店といえばここ。ハーバード大のすぐわきにあり、1932年より営業している。学術参考書、全国的な新刊や、ハーバードやMITプレスの書籍のほか、この地方の歴史書など地域に根ざした本も取り揃える。ハーバード、ボストン関係のお土産物を買ったりすることもできる。

ハーバードブックストアは、ハーバードスクウエアのランドマーク的存在。
綺麗に整理された店内は、別世界だ。
高いところの書物は、ハシゴを使って
アクセス。
イベントはほぼ毎日のように、書店の一角で開催されている。

個人的にはイベントに価値を見出している。ハーバード大をはじめとした大学、ボストン近郊、アメリカ東海岸に住む著者の新刊が発売されると、1時間ほどのトークショーとサイン会が開催される(17)。

「ハーバード白熱教室」で知られるマイケル・サンデル(Michael J. Sandel)教授のイベント (18)。独立系書店は、サンデル教授のいう共同体の形成に役に立つのかもしれない。
世界的チェリストのヨーヨー・マ(Yo-Yo Ma)も友人の出版に駆けつけた。演奏しながらのトークに慣れていて、音楽に深い知識を披露した。彼はハーバード大の卒業生だ。

2. ビーコンヒルブックスアンドカフェ(Beacon Hill Books and Cafe) (19)
71 Charles Street, Boston MA 02114

ボストンの観光名所、ビーコンヒルにあるレンガ5階建て。オーナーは2019年より計画を立てていたがパンデミックにより遅延をへて、2022年9月に開店。1階はカフェになっており、寛いで本をみたら、ここで地域の食材を使ったメニューの食事ができる。カフェ、カフェの中庭の屋外のスペース、書店が見事に調和された空間だ。4階に子供向けの本のコーナーがある。常に行列ができている。イベントも頻回に開催されている (20)。

ボストン観光の名所、チャールズストリートに面している。周りにも綺麗な煉瓦造りの建物が連なる。
店内の綺麗さには息を呑む。掃除が行き届いており、心地よい。暖炉の横で腰掛けて本が読める。
ジャンルは多岐にわたるが、最近話題の本が多いようだ。
別世界に迷い込めるように、店内は美しく装飾されている。

3. トライデントブックセラーズアンドカフェ(Trident Booksellers & Café) (21)
338 Newbury Street, Boston, MA 02115

ボストンの「銀座」ニューベリーストリートにあり、1984年より営業している。カフェスペースが本棚のすぐ隣にあり、食事、コーヒーを楽しみながら本を選ぶことができる。ギフト、ボストンのお土産物なども非常に充実しており、買い物スポットとしても魅力的。常に混雑している。タロット占い講座、詩の集いや、毎金曜夜のトリビアなど参加者が楽しめるイベント(22)も頻回に開催されている。

人気のショッピング通り、ニューベリーストリート沿いにある。
お勧め書籍は入り口に並べられている。
店内は所狭しと書籍が積まれている。
オリジナルのギフトやお土産も置いている。
書籍の隣はすぐカフェだ。

4. ブラットルブックショップ(Brattle Book Shop) (23)
9 West Street, Boston, MA 02111

ボストンダウンタウンにある、非常に魅惑的な古本屋。1825年にルーツがある、アメリカで最も大きく古い古書屋の1つ。250,000もの古書を扱っている。

インスタ映えする書店。立ち止まって写真撮影する観光客も多数。
綺麗な装丁本を多数扱っている。
たくさんの古書を扱う。

1-2階では通常の古書、また3階では希少本、初版本や骨董品的な本、豪華な装丁本などを扱っている。私も高校時代に虜になったホメロスの「イリアス」と「オデュッセイア」の装丁本を購入した。ハガキや地図など、お土産になりそうなものも売っている。

すぐ横の屋外で古書が売られている。$2-$6と値段も手頃。

飲食したり、座ってくつろいだりすることはできないが、横の屋外スペースの書棚による販売(ここにあった前の店舗が焼け落ちた後、オーナーが焼け跡の屋外で書籍を売り続けた伝統が今も続く)や、書店全体の装飾など、インスタ映えする景色を作り出すセンスが光る。ボストンの絵葉書にもよく写真が登場する。

5. アイアムブックス(I am books) (24)
124 Salem Street, Boston, MA 02113

地域に根ざした本屋の代表格。ボストンのイタリア人街「ノースエンド」に2015年に開業した。このノースエンドは234エーカー(東京ドーム20個分ぐらい)ほどの小さいエリアであるが、200以上のイタリアンレストランがひしめいており、イタリア人コミュニティも健在。イタリア系の著者の本の販売、イタリア書籍の英訳本、イタリア語の本を輸入するだけでなく、地域のイタリア語作家の本の出版やイベントを開催している (25)。イタリアの旅行、料理などの本も豊富。筆者が訪れたときは、近所の小学校のイベントが開催されていた。

親しみのわく外観。
個人経営的な雰囲気がある。

上の写真は移転前のもの。2021年12月に、少し大きめの現在の店舗(下の写真)に移行した。

新店舗(1階の部分)。ぐっと大きくなった。
イタリア産のギフト、料理の本も多い
カードコーナーもある。
子供コーナーも設置されている。
イタリア語の英訳本が置いてある。

番外編. ポズマンブックス(Posman Books)(29)
127 Neubury Street, Boston MA 02116

最近の独立系書店のブームを担う。ニューベリーストリートの中央に位置し、買い物客で賑わう。店内は非常に綺麗で、ぬいぐるみなどのギフトのセレクションのセンスが光る。

イベントは多くなく、飲食できるスペースはないが、本が大好きな家族の経営によるニューヨークで人気の小さい書店だ。ビジネス街では、旅行の本を、レストラン街では料理の本を売るなど、特殊化した小さい書店を営んでいた。仕事の合間に時間を潰すスペースとしては、綺麗な店内で、楽しく過ごせそうだ。本を買うときに目を楽しめることができるほか、誕生日カードを買ったり、ギフトを買ったりする需要にフィットしたためニューヨークで存在感を示していたが (30)、2021年、ついにボストンにも出店した (31)。

ボストン店は、綺麗な装丁の小説などが多い。村上春樹氏の本も置いてある。
かわいらしいギフトが多数。

独立系書店の今後

シビックエコノミクス(Civic Economics)とアメリカ書店協会の調査によれば、アマゾンに比べ、地域の書店での買い物はその地域に4倍の経済効果をもたらしている (26)ため、独立系書店が地域に大きく貢献していることは間違いない。ビーコンヒルブックスアンドカフェが開店した2022年、ビーコンヒルに80年代当時には3つあった書店はもう1つも残っておらず、この地域での唯一の書店として期待された。地域の住民は、書店がなかったため、遠くニューベリーストリートまで行って他の買い物も一緒にする傾向があったが、それが今は徐々に戻って地元で買い物をするようになったとも言われている。

ただ、現在、アメリカの独立系書店が健闘はしてはいるものの、書店の収益は全体的にみると2016年以降、年に5.7%程度下がり続けているとされ (32)、今後このブームが続くのかどうか、不明ではある。本販売の利益率は低い。特に、ボストンは家賃が高く、書店を開業するには長らく不適とされていた。今後、独立系書店が経営を成り立たせるためには、地域の書店をサポートするという住民の継続的な参加が必要となるだろう。ハーバードブックストアのイベントの冒頭にはいつも「本書店のイベントに参加してくださり、ありがとうございます。本書店のような独立系書店が生き残るには、今日参加してくれたみなさんのような方々が、今後も独立系書店で本を買ってくださることが非常に重要です」というアナウンスがされる。メンバーシップで多少安くはなるが、ここでは本は大概定価で販売されるので、量販店またはアマゾンで買う方が安いことは確かだ。ただ、小さい書店で得られた作者との会話、人との交流やイベントの思い出、そこでじっくり選んだ本から得られた感動は、お金では買えないものだろう。


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