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【小説】同じ空の保田(やすだ)さん~regret~ 44

 光り輝く人から受け取るエネルギーやオーラに照らされた時。
 ふと、自分の影の姿で、自分自身に気づいてしまうことがある。

 描き出されるその影もまた、美しい色と輪郭を持っていれば幸いだ。

 その姿に失望してしまったのなら、微かでも纏うことのできる自分だけの光を探す旅に出るのだろう。

 強烈な光に照らされずとも、自分の力だけで自分が存在するために。

 




 
 
 今日の座席は、前から二列目のほぼ中央。
 映画を観るには前過ぎるけど、壇上の役者さん達の表情がしっかりとわかる距離。こんな近くで舞台挨拶を見るチャンスは滅多にない。膨らむ期待と激しい胸の高鳴りが抑えきれない。

 ぜんちゃんは、後ろを振り返って、また前を向くと舞台をしげしげと眺める。

「 座席番号からして前の方だろなって予想してたけど、こんなにも近いんだな 」

 隣にいる彼のことも気になっていた。
 ただし、トキメキ、ではなく……… 見れば見るほど、どこかの知らないエリートと一緒にいるようで何となく落ち着かないのだ。

「 ……善ちゃん、暑くない?上着ちゃんと着てて……脱がなくていいの? 」

「 さっきまで、暑がりの俺ですら冷えるくらい冷房ガンガンの部屋にいたから。今は、まぁ、暑くはないからこれでいいよ 」

「 真夏でも、いつもクールビスってわけじゃないんだ? 」

 善ちゃんは、声をワントーン落とした小声で囁く。

「 ここで誰に会うかわかんねぇし、一応ちゃんとしとくか、と思って 」

「 だから、そのバッジもつけてるの? 」
 
 わたしは、彼の胸元の金バッジに目をやる。

「 そう。いつもはほとんどつけてないけどね……どういう関係者かってわかった方がいいことあるのかな?って思ってさ 」

 限られた関係者の招待客しかいない完成披露試写会。
 映画業界の人や、同じ弁護士業界の人に会うかもしれない。その時にちゃんとした格好をしていた方がいいってことか………

 金バッジと高級っぽいスーツにちょっと尻込みしたけど、くだけた話し方をするいつもの彼にどこかほっとした。

 
 まもなく開演となります、ご着席ください……と場内アナウンスが流れた。



***



 スクリーンの中で、正義の味方の弁護士タケルと法律事務所の仲間達が、すったもんだでドタバタしつつも敵側の犯罪組織を追い詰めてゆく。派手なアクションを交えつつ、コメディ作品だから所々でのシーンで客席で笑いが起こる。
 悪の組織のラスボス役・とぴ君は、冒頭からラストまで頻繁にスクリーンに映った。
 ストーリーは面白いし、とぴ君は思ったよりもたくさん登場してくれる。拳銃を構える姿は、何の役でも心が射抜かれるほど格好いい。

 気が付けば、すっかり映画の世界にのめり込んでいた。


 エンドロールとエンディングが流れる。
 『 戸久克比古 』というとぴ君の名前の字幕が流れてくる。その文字を下から上へとじっくり追いながら、あらためて自分の最愛の推しへの情を最大限に確認する。

 上映が終了すると拍手が起こった。
 通常の映画館とは異なり、舞台挨拶付きの場での拍手はわりと恒例のものだ。

 そうして、とうとう舞台挨拶の時間がやってきた。
 
 目の前でスポットライトを浴びながら、役者さん達と監督さんが会場の左前方の出入口から入場してくる。
 ───── とぴ君が来た…!
 心臓が跳ね上がって、それまで以上に拍手に力が入る。
 壇上に総勢7名が一列に並ぶ。彼は、中央に立つタケル役の30代の主演俳優さんの向かってすぐ左隣。
 ────── え、近い、近い、どうしよう、こんなに舞台が、カッコいいとぴ君が近いなんて、どうしよう………と、何をどうする必要もないのに感極まって『 どうしよう 』が心の中で勝手にリピート。
 全員同じ、映画の宣伝グッズであるTシャツにジーンズ姿。
 公開したらぜひTシャツやグッズも買ってください!!よろしくお願いします!!と主演俳優さんが声を張り上げる。

 とぴ君は…………
 …………50歳が近いというのに、すらっとした183センチの長身の細身にTシャツとジーンズが似合いすぎで、いつもと変わらない謙虚な態度と穏やかな笑顔が心地よくて、司会進行役の女性からの質問にも周囲に気遣いながら会場を盛り上げるコメントするのが頭良すぎて、…………とにかくもう、とぴ君が死ぬほどカッコよすぎて、わたしの全ボキャブラリーが破壊されて何も表現できない…………
 ………シアワセ、幸せ、しあわせ、ハッピー、……あらゆる言語でシンプルに今の気持ちを叫びたい。
 前を向く力、動く力、生きる力をくれる存在なんて、なかなか出逢えないい。
 こんなにわたしをシアワセにしてくれるとぴ君。
 わたしが高校生の時に出逢ってから、ずっと応援してきてよかった、これからも間違いなく応援する、絶対する………



***




 ────── 大盛況の舞台挨拶は20分ほどで終了し、役者さん達は退場していった。

  あちこちの出入口の扉が開き、とぴ君達がいたこの空間の空気が徐々に入れ替わり冷めてゆく。
 その空気に混じって、隣にいる善ちゃんの遠慮がちな声が静かに響く。

「 ……… 浸ってるのに悪いけど……そろそろ、ここから出ないと 」

「 …… あ、ごめん、そうね 」

 とぴ君の余韻にうっとりしていたわたしは、偶然にもこの日のチケットを持っていた隣の席の恩人の存在をすっかり忘れて去っていた。

 まだまだとぴ君がいた空間にいたいのに、と後ろ髪を激しく引っ張られる思いでロビーへの階段を上がる。

 ホールの中からロビーへ出ると、目に飛び込んできたのは一面のクリアなガラス窓の向こうにある外の景色。
 真夏の太陽の陽射しが、目の前の路地を白く照す。光に包まれたようなそこは、遠目にも熱く、眩しくて。

 でも、夏の陽射しも死ぬほどカッコよくて眩しいと思ったとぴ君には勝てないし………、なんてまだ浮かれていた。


 その時。

 一緒に歩いていた善ちゃんが、ロビーの中央ですっと立ち止まった。

「 …… じゃ、今日は、もう、俺はここで 」

 ぼぉっとしながらも、この後どこかでお茶でも、みたいな話になると勝手に思っていたわたしは、彼の言葉で少し目が覚める。

「 ………え?これからまたお仕事? 」

「 ………いや、うん、まぁ………仕事と言えば、仕事かな 」

 堂々しているいつもの彼と違う、どこか歯切れの悪い返事。

「 時間あるんだったら、お礼にどこか………今日こそ、わたしがご馳走するし 」

「 別に、お礼なんていいよ 」

 反応が悪い理由がよくわからない。
 善ちゃんの顔を見上げると、いつもは相手を真っ直ぐ見るのに、しばらく視線を泳がせている。
 それから、ようやく遠慮がちにわたしの目を見た。

「 ………俺といると、現実を見ちゃうかな、と思って。
せっかく、そんなに大好きな推しってヤツに会えたんだし、今日はこのままイイ気分で家に帰った方が幸せだろ? 」

 ───── 現実を見てしまう、とは?

 その意味を問いかけようとした時だった。

 寺崎先生、と善ちゃんを呼ぶ男性の声がすぐ近くから響いてきた。
 
 スリーピースの男性が、こちらに向かって軽快な足取りでやってくる。きちんとセットされたグレーの髪の色、見た目だけで判断すれば60歳前後くらいだろうか。
 やや丸顔で温和だけど自信に溢れた顔つき、スーツの襟には例の金色のバッジがある。

 善ちゃんはその紳士の方へ歩み寄り、あ、どうも、大変ご無沙汰してます、と頭を下げて話し始める。

「 いやぁ~久しぶりだねぇ、あれ以来?あの件はまだ担当してるの? 」「 ええまあ、順調です。先生もお変わりなさそうで 」「 いや、もう、あの時の君にすっかりやり込められて一気に老け込んだよ、ハハハ 」「 いえそんな、こちらこそ、あの時はお世話になりまして 」

 いつのどの件で、善ちゃんが紳士をどうやってやり込めたのか。
 聞こえてくる内容はよくわからないけど、二人は通じ合って会話のキャッチボールを続けている。
 善ちゃん、先生って呼ばれてる?お医者さんも先生だから、弁護士も先生って呼び合うものなの?


 ───── 紳士の隣に、微笑む女性がいる。
 ベージュのパンツスーツ。白のカットソーの胸元には、静かに光る一粒ダイヤのペンダント。丸く形作られたショートカットの髪がロビーの照明の光を艶々と美しく反射させている。
 ……… ジャケットの襟には、やっぱり例の金色バッジ。左手の薬指には太めのシルバーリング、きっと既婚者だ。

 彼女はわたしと目が合うと、自然な角度で頭を下げて会釈をしてきた。
 わたしが慌てて会釈を返すと、紳士が気付いて視線をこちらに向けながら善ちゃんに話しかける。

「 ……ところで、寺崎先生もようやく身を固めたの?」

 善ちゃんは、え?と紳士の視線の先にいるわたしをちらっと振り返る。

「 あ、いえ、そうじゃないんです。………遠い親戚のような人でして、今日はたまたまお誘いしただけで 」

「 なんだ、違うのか。素敵なお嬢様なのに。じゃ、相変わらずまだ独り身?」

「 ええ、まあ 」

 清水の伯父さんといい、この紳士先生といい。
 時代は変わったといっても、結婚結婚と当然のように口にする世代の人はまだまだ多い。

「 寺崎先生なら、紹介するアテがたくさんあるから、その気になったらいつでも言ってくれよ 」

 善ちゃんは笑って流している。
 へぇー………… 紹介してもらえる相手がたくさんいるんだ ……

「 これからアイスコーヒーの美味い店に行こうかと話してたんだ。ここから歩いて10分もしない所。時間あるなら寺崎先生も一緒にどう?」

 紳士先生がそんな提案をしてきた。

「 はい、喜んで 」

 どこかの居酒屋の店員さんみたいな愛想の良い言葉で善ちゃんが応じた。
 ……… 善ちゃん、時間あるじゃないの。仕事じゃないじゃん ………

「 もちろん、そちらのお嬢さんもご一緒に 」 

と紳士先生がわたしに気を使ってくれたのに、

「 あ、いえ、彼女とはもうここで別れるつもりでしたから 」

と善ちゃんが一方的に答えて、わたしの方を振り返る。

「 ごめん、じゃあ、また連絡するから。気をつけて帰って 」

 うん、じゃあ、またね、とわたしが返事をすると、善ちゃんは紳士先生と連れだって歩き始めた。
 もちろんショートカットの彼女も一緒。
 去り際にもう一度わたしに軽く頭を下げて、失礼いたします、と凛とした声で挨拶してくれた。
 わたしの方は、とっさに頭を下げたものの、何だか言葉が出なかった。


 善ちゃんを真ん中にして、右側に紳士先生、左側に彼女が並ぶ。
 歩きながら、善ちゃんと彼女が何か言葉を交わし、軽く笑い合う。
 身長160センチのわたしより、靴のヒール込みで10センチは高そうな彼女。身長180センチくらいの善ちゃんと並ぶとバランスがよくてお似合いだ。英国紳士は、彼女より少し背が高いくらい。

 わたしは立ち止まったまま、彼らを見送っていた。

 その三人がロビーから表へ出る瞬間、妙に眩しく感じた。
 目映い光の世界へ颯爽と向かって溶け込んでゆく、眩しい人たち。

 ──── ああ、なんとなくわかった。
 ドレスコード、ってわけじゃないけど、あの紳士と彼女と並んで歩くには、きちんとスーツを着こなしている方が断然見映えがいいものね。

 あらためて、あの彼女を思い出す。
 弁護士さん、なのかぁ…… 先生と呼ばれる人なんだろな。
 『 仕事、充実してます 』って空気の人だった。30代?それなりにキャリアがある感じの。いい表情してたな。美人だし。


 一方のわたし。
 キャリアもない。家庭もないし、働いてないのに家事すら嫌がっている。
 仕事する気持がないわけじゃないけど、きっと普通の事務のおばちゃんにしかなれないんだろうな、わたしは。

 
 ふと、とぴ君に会えてあんなに舞い上がっていた気分が、いつのまにか平坦に落ち着いてしまっているのに気づく。

 善ちゃんが言っていた、見えてしまう現実って?
 どういう意味だったの?

 ───── どんなに親しくしてくれたとしても、やっぱり善ちゃんは、本当は別世界の人間だってこと?






つづく。

(約5000文字)


*『 regret 』とは、『 心残り 』を意味するの英語です。1~34話までがnote創作大賞2023の応募作品で、その続き部分の話に『~regret~』とつけてあります。


おそろしいほど長々と連載してます。マガジンにまとめてあるので、よろしければ ↓

同じ空の保田(やすだ)さん|🟪紫葉梢<Siba-Kozue>|note


このお話の前話です。よろしければ ↓

https://note.com/shikibufree17/n/nba577c3170b5


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